第一章 二幕 鬼ごっこ
「沖内桃華を殺したのは、この私です」
少しの沈黙の後に飯塚姫は首を傾げて問うてきた。
「驚かないんですか?冗談とかではなく、本当に私ですよ?」
俺は至って冷静だ。葉太も同じく。用があって俺を探していたらしく、そんな冗談を言うような奴にも見えなかった。実感こそわかないが、恐らく飯塚が言っていることは事実だ。そんな気がした。
「それは信じるけど、何でそれをわざわざ俺たちに伝えたの?」
葉太の目つきが鋭くなっている。殺人犯だから警戒しているのだろうか。
「その方が話が早いかと」
意味が分からない。沖内桃華を殺した。そんな話をすれば、俺が何を理解すると思っているのか。確かに殺人事件に興味を持っていたが、こうもあっさり犯人が分かってしまうとつまらないものだ。それに警察にチクられるとは思わないのか。そんなに頭が悪いようにも見えないし。
「先程、話されているのが聞こえたんですけど、学園の裏サイトについては既にご存知ですか?」
俺と葉太は同時に頷く。すると、ゆっくりと飯塚は話し始めた。
私立夕凪学園には生徒だけが立ち入れる、裏サイトがある。サイト名は「リアルタイム」。在籍番号を所持している生徒なら、誰でも閲覧可能だ。
「ユーザー登録のことは?」
「少しなら葉太に聞いたけど」
俺は葉太の方を見て答えた。葉太もそれに頷く。飯塚はにっこり微笑んで、葉太さんも裏サイトの利用者だったんですねと。やはり、飯塚の微笑には何か狂気的なものを感じる。これが殺人犯の持つオーラなのか。
「ユーザー登録をすると、そのユーザーだけが閲覧できるサイトページがあります。そこでは学園の情報が詳細に書かれています。書き込んでいるのはサイトを利用している生徒なので信憑性に欠けると思われますが、情報は全て事実です。寧ろ、事実しか書かれていません」
何故、そこまで言い切れる。
「根拠なんて何もないだろ」
「あります」
即答で言われた。
情報を書き込んでいるのは、実体験した生徒や事実確認をした生徒であり、その証拠になる画像や動画も書き込みと一緒にアップされているらしい。書き込みは自由だが、書き込みをサイトにアップする際に条件があって、それが満たされていないとアップされない仕組みになっている。葉太が規制が厳しいと言っていたが、こういうところにまで注意していることからサイト制作者はかなり慎重な性格だと予測できる。
「ユーザー登録したユーザーだけが閲覧できるサイトにそのユーザー限定で参加できるゲームのタグがあります。そこをタップすると、ゲームのホームページに飛ぶことができるんです。まぁ、その前にゲーム参加をする登録が必要ですけど」
それは、ユーザーの殆どが参加しているゲームがあって、サイト名をそのままにした“リアルタイム”というゲーム。例えるなら、鬼ごっこ。しかし、ルールは普通の鬼ごっことは違う。プレイヤー全員が鬼。ターゲットが不定期に更新される。ターゲットになった人は時間制限がある中、ずっと鬼から逃げ続けなければいけない。捕まったらゲームオーバー。逃げ切れたら、ゲームクリアになる。因みにターゲットは暗号化されて表示される。それはターゲット自身も自分がターゲットだと気づかない恐れもあるということだ。たまにターゲットではなくミッションが出される。それぞれのプレイヤーはノルマをクリアしないとペナルティーポイントが溜まって、限界値を越えればゲームオーバー。
「今までに出されたミッションは三つ、ターゲットは一人です」
最初のミッションはプレイヤーを増やすこと。つまり、沢山の生徒を“リアルタイム”に参加させろということだ。初めのミッションだけあって、ノルマはなかったらしい。一人の生徒を参加させられればミッションクリアになった。二つ目からは急激に異常を増した。≪生き物を殺せ≫と二つ目のミッションが告げられた。種類は問わない。さすがに、プレイヤー全員がそれを行うことはなく、一部の生徒だけが殺した生き物の死骸の画像をアップさせてゲームは終わったかに思えた。
しかし、中にとんでもない画像をアップさせたプレイヤーがいた。一部の生徒だけがアップした生き物の死骸は、昆虫や道端で干からびたカエルなどだった。明らかに自分で殺したとは思えないものばかりだ。その中で、一番目を引いたのは鶏の死骸。無惨に切り刻まれて羽はむしり取られていた。この鶏は今回のゲームミッションの為に殺されたのだと誰もが思った。そして、その鶏は学園で飼われている鶏だと後日に判明したことで、本当に学園の生徒がやったことだと誰もが確信する。その画像の効果はすさまじく、更に猫の死骸やカエルを踏み潰したような画像がアップされるようになった。一度やってしまえば、人間はそういうことに躊躇などしなくなる。
「でも、それって犯罪だよな」
俺の呟きに飯塚は当然のように頷いた。飯塚自体、人一人殺している。犯罪者なのだ。
確実に自分で殺した生き物の画像がサイトに増えたということは、今までやっていなかったプレイヤーもやり始めたということ。恐らく集団心理が働いたのだ。皆やっているから大丈夫という気持ちが自分自身を思い切った行動に移させることがある。それは、取り返しのつかない事態を招くことだってあるのだ。
「次に出されたのはターゲットでした」
暗号を解いた飯塚はターゲットと接触することでクリアできると思っていた。だが、それは違っていてルールに書かれていたゲームオーバーの意味。何故、プレイヤーたちが二つ目のミッションからも尚、ログイン率を落とさずにゲームをプレイしているか。ゲームのルールを本当の意味で理解したのは、その時だった。
――――死
つまり、ターゲットが出された時、ターゲットを殺すことが本当の意味でのゲームクリアなのだ。ペナルティーポイントが溜まったらゲームオーバー。これも同じように死を意味している。プレイヤーたちがそれを思い始めたのは、一人目のターゲットになった人物が沖内桃華で彼女が殺されたと知った時。沖内桃華はペナルティーポイントが限界値を越えたから、ゲームオーバーになった。ゲームオーバーになったプレイヤーはプレイヤー名と学年クラス、本名までサイトに晒される。それからすぐにターゲットにされた。ペナルティーポイントでゲームオーバーになったプレイヤーには復活の機会を一度だけ与えられる。ターゲットとなり、鬼から逃げきってゲームクリアすれば復活できる。暗号を解いて飯塚は沖内桃華と接触。沖内桃華はログイン率が低く、自身がターゲットになったことに気づいていなかった。
「彼女を盗撮した写真をサイトにアップしたんですけど、直後にゲームマスターからメールが届きました」
「ゲームマスター?」
俺が問う。
「ミッションやターゲットを決めている人物です。“リアルタイム”の制作者とも言います」
つまりは裏サイトを作った奴ってことか。
メール内容は沖内桃華を殺せというもの。殺した証拠を報告も兼ねてサイトにアップしろとも書かれていたらしい。
「そんなゲームやめれば良かっただろ」
飯塚は首を横に振った。
まぁ、やめられるならとっくにやめているか。きっとゲームマスターによる規制とか何かかけられているのだ。
「ゲームのリタイアは認められません。やめるにはゲームオーバーになるしかなく、それは同時に自分の死を意味します」
ゲームマスターは弱みを握っているらしい。プレイヤー全員の弱みを、だ。
ログインパスワードが在学番号なのは、生徒を特定する為のもの。ずっと気にはなっていた。規制が厳しいサイトの筈なのに、在学番号を入力するだけでアクセスでき、メールアドレスもあれば簡単にユーザー登録もできてしまう。わざと入り口を緩くしていたのだ。のんびりサイトを利用している間に制作者は生徒の個人情報を調べ上げ、脅迫の材料にしている。
「ゲームに参加していないユーザー登録者やサイト利用者は?」
「それらの人たちは簡単に裏サイトから立ち去ることができます。それにゲームに参加さえしていなければ“リアルタイム”のことは知ることはありません」
ゲームに参加するプレイヤーが絶対に犯してはいけない禁忌ルール、“リアルタイム”のことを決して他言してはいけない。因みに最初のターゲットになった沖内桃華も友人に“リアルタイム”のことを少しだけ話していたらしい。最初のターゲットにするには好条件が揃い過ぎていた。これで、プレイヤーたちはゲームマスターが本気だということを実感する。そして、ゲームのルールこそ絶対だと抗うことができないでいるのだ。
「お前はいいのか」
「一応、ルール説明だけですので」
思い切り今までのミッション内容とか話していたけどな。
「んで、“リアルタイム”って名前なんだけど」
「訊かれると思っていました。これは私の予想ですが、ゲーム自体の進行がリアルタイムで進んでいることが由来しているのかと」
サイト名と同じにしていることから何か意味はあると思っていたけど、ゲームではよくある設定だな。ゲーム内容が人を殺すとか完全にイかれているし、リアルタイムじゃないとリアルで実際に殺人なんてできない。
「警察に言えば良くない?」
ずっと黙って話を聞いていた葉太が口を開いた。
「だから他言しては駄目なんです。それにその手は既に複数のプレイヤーが行いました。すると、このサイトは消えてしまうんですよ。証拠一つ残さずに」
「学園敷地外でもアクセスできるんだから、警察署まで行って実際に警察の前でログインすればいいじゃん」
葉太の言葉に飯塚は苦笑いで返した。その手段も上手くいかなかったのだと察する。外堀を完璧に埋めているからこそ、制作者はゲームを始めたのだ。何しても制作者の手からは逃れられない。
「今更、警察に行ってもプレイヤー全員がただじゃすみませんし、私は自首する気もありません」
また、あの不気味な笑顔だ。飯塚は弱みを握られているとはいえ、沖内桃華を殺した。その心意は定かではない。制作者が“リアルタイム”を始めたように彼女もまた生き物を殺すことに快楽を覚えてしまったのかもしれない。
「それで本題に入りますが…」
「まだ入ってなかったのかよ⁉」
かなりのこと話していて本題はこれから。殺人事件の犯人だという暴露は何だったのか。“リアルタイム”のことを知ってもらうことが目的ではないのか。
「“リアルタイム”に参加してほしいんです」
あんな話を聞かした後でよく勧誘なんかできるな。普通なら、もっと隠すべきなんじゃないか。
「理由は?」
俺ではなく葉太が飯塚に尋ねた。
「それが三つ目のミッションだからです」
飯塚の話によると、三つ目のミッションに一年A組の草加部一斗を‟リアルタイム”に参加させること、と出たらしい。制作者の意図は知らないが、俺の存在を知られていたことには驚いた。ミッションが出たのは、今日の夕方。飯塚が俺を探していた理由が分かった。
「正直、クラスメイトで良かったです。声がかけやすくって」
ゲーム参加方法などの説明を聞き俺と葉太は飯塚と別れた。
喫茶店を出て俺は葉太に訊いた。
「お前も飯塚も裏サイトのことに詳しいのはユーザー登録者だからか?」
「そうだけど、それが何か?」
「いや、別に」
確かに有力な情報が転がっていることは確かだ。俺の存在を制作者は知っていた。”リアルタイム”のことも含めてやばい奴に目を付けられた。そいつの正体を暴く為にも俺は明日、裏サイトにアクセスしようと思う。
翌日、学園に登校するとパトカーが止まっていた。また訊きこみ調査かと思えば車の数は少なくない。校舎内に入ると教室に向かう前に見覚えのある中年の男刑事が俺の前に立ちふさがった。
「何か?」
「事件について話が訊きたい。この前の会議室まで一緒に来てくれるか」
俺の作戦は失敗したはずだ。なのに何でまた。
「事件についてって…」
俺が何か訊く前に男刑事は険しい面持ちで言った。
「今朝、飯塚姫が遺体で発見された」