プロローグ
草加部一斗(くさかべいちと)は私立夕凪学園に通う一年生。平凡な日常に退屈を覚え、怠惰に学園生活を送っていた。
そんなある日、事件が起こった。学園内で生徒の遺体が発見された。警察の捜査で犯人は同じ学校の生徒だと判明する。直ちに被害者生徒の関係者全員に事情聴取が行われたが、捜査に進展はなかった。数日の休校を経て警察は捜査の幅を広げた。そして、被害者生徒とは全く接点のない一斗も事情聴取を受けることになる。
事情聴取は使われていない会議室で行われ、中年の男刑事と若い女の刑事が相手だった。淡泊な日常に刺激を求めていた一斗にとってはこれはまたとないチャンスだ。虚偽の証言をすれば罪に問われてしまうが、少し被害者生徒と接点があるように見せようとした。少しでも関係のあるふりをすれば、今後また警察が捜査に来た時、情報を入手できると思ったからだ。
被害者生徒の名前は沖内桃華(おきうちとうか)。一斗と同じ一年生でD組の生徒だ。一斗はA組なので教室が離れている彼女とは本当に接点がなかった。名前も今初めて知った。そんな生徒とどうやって接点があるように演技すればいいのか。それは、至極簡単なことだった。何も知らないのだから知らないと言いながら意味深な態度を示せばいい。しかし、それは分かりやすくしては駄目だ。感づかれてはこの場で問いただされてしまう恐れがある。若い女の刑事は新米だろう。なら、目をつけるのは中年の男刑事。彼にだけ気づかれるような極小さな仕草。刑事の質問には本当のことを話し、女の刑事がこちらから目を離したすきを狙って男の刑事の方をちらっと見る。案の定、目が合った。ここで動揺してはいけない。何でもないふりをしてあえて目を逸らす。
一斗の作戦は成功した。女の刑事が一斗を解放しようとしたところで、男の刑事が念を押すように一斗に一番初めにしたと同じ質問をしてきた。
――――本当に沖内桃華を知らないのか?
「はい、知りません」
そう答えて一斗は解放された。一礼して会議室を去っていく。
背中に鋭い視線を感じながら、一斗は仄かに笑んでいた。