7.眠れる迷宮のドワーフ
道標となる杭を打ち打ち、一行はドワーフの大迷宮を五日間かけて踏破した。
二日目に甲冑モグラに遭遇した後は、たいした危険もなく、難所もなかった。
「夕刻には神聖都市ソリウムに出るな。エミリア、ア=ギ、もうひとふんばりだ」
「外が見えないまま歩いてきたけど、ここまで、けっこうな距離だよね」
「地上は山脈が続いていますが、高低差なしの、舗装された道を一直線ですからね。本格的に街道として使われるようになれば、こいつは便利ですよ」
「三十三号、八十二号、七十号。ウッドゴーレムたちも、お疲れさま」
花嫁にねぎらわれた三体のウッドゴーレムが、目をちかちかと点滅させた。
ウッドゴーレムが背負う道標用の杭も、残りは少なくなっている。
そのかわりに、ウッドゴーレムにはドワーフの大迷宮で見つけた品を背負わせている。
運んでいるのは金目のものではなく、書物や呪巻だ。
「大迷宮をこれからも街道として使うなら、どうしてドワーフがいなくなったのか。そこを調べておかないと」
花嫁がそう主張したからである。
「たとえば疫病。たとえば呪い。種族ひとつが戦争もなく消えるには、それなりの理由があるはずだよ」
「だが、ドワーフが消えて数百年になる。その間、ここは危険なモンスターの巣窟にもならず、静かなままだ。心配のしすぎではないか?」
「何も起きてないからといって、これからも何も起きないと考えるのは、よくないとボクは思う。ちゃんと調べておこうよ」
「だが、どうやって? 消えた理由を聞こうにも、ドワーフたちはもういない」
「ドワーフの声は聞こえなくても、ドワーフが残した記録は残ってるかもしれないよ」
ドワーフの大迷宮には、幾つかの階層がある。
一番上の階層が通路だ。一行が歩いてきたのもここで、高低差が少なく、直線が多い。
二番目の階層が農業区画だ。ドワーフの農耕はキノコなどの菌類が中心で、日光の代わりに大地の魔素を栄養源とし、豊富な地下水を利用した水耕農場が広がっている。数百年を経て菌類のジャングルのようになっている区画もある。危険の有無はともかく、通り抜け困難なため、ほとんど足を踏み入れることはない。
三番目の階層が居住区画だ。記録が残っているかもしれない、ということで一行は何度か通路から降りて居住区画に足を運んでみた。
しかし、巨大な空洞は空っぽで、竃が並んだ炊事場や、水道などのインフラをのぞけば、何も残されていなかった。
「何もないね。ドワーフってここでどんな風に暮らしてたんだろ?」
「オーガに伝わる昔話では、テントを張って暮らしていたらしい」
「テント? なんか、ボクの中のドワーフのイメージと違いすぎるんだけど。ドワーフなんだからもっと立派な石造りの建物に暮らしてるのだとばっかり」
「それを言うなら、この地下都市自体が石の建物みたいなものだろう?」
「あ、本当だ」
「地下都市だから雨風はしのげるし、気温も一年を通して変わらない。ここで暮らすのなら、頑丈な建物は必要ないんだ」
「だからって、テントで暮らさなくても……」
「ドワーフが暮らしたテントの布には、それぞれの一族に伝わる伝承が刺繍で記されていたらしい。親から子へ受け継がれていき、家同士の婚姻では両家の刺繍をひとつにまとめたテントが作られたとか」
「へー。じゃあ、どこかでテントが見つかれば、ドワーフたちがなぜ消えたのか、わかるかもしれないね」
「残念だが、これまでこの大迷宮の中ではひとつも見つかっていない」
「何百年も前だから、腐ってなくなっちゃったのかな」
「ドワーフの黒油織は、腐らないことで有名だ。我が城にも、先祖伝来の黒油織の陣羽織があるが、今も新品同様だ」
黒油織は、大地から染み出す黒い油をドワーフの技術で加工して作った布だ。
ドワーフがいなくなると同時に、その技術もなくなったため、最低でも三百年前に作られたということになる。
「日程からすると、ここが最後の探索場所だね」
「そんなに時間はかけられないぞ」
「わかってるよ。えーと、こっちが中心部……あ、ダメだ」
居住区画の中心部分へ向かう道は分厚い壁で行き止まりになっていた。
「ここもそうだね。どの居住区も、中心部へつながる大通りが塞がれてる」
「何かあるとすれば、この奥だな」
「うーん、どこか抜け道みたいなのはないかな。ん?」
道の脇に、布をかけられた何かが転がっていた。
花嫁が何の気なしに布をめくろうとするのを、王子が太い腕で止めた。
オーガの膂力と身長差があるので、半ば花嫁の体が浮いてしまう。
「わっ」
「すまない、エミリア。だが、迷宮の中のものに不注意に触ってはいけない。ア=ギ」
「はいはい、お任せを」
執事が慎重に周囲の床や天井を調べる。
何もない、とみて今度はウッドゴーレムに指示を出す。
ウッドゴーレムが長い棒を手に、布に近づき、棒で布を引っ掛けて動かす。
布の下にあったものを見て、執事と王子が驚きの声をあげる。
筋肉むきむきな、背は低いが幅も厚みも尋常ではないヒゲ面の男が仰向けの姿勢で転がっていた。表面は黒い光沢のある物質で覆われている。
「これは……ドワーフの彫像か? よくできている」
「いえ、王子。これは彫像ではありません。石化したドワーフです。かけられていたのは、外套ですね。黒油織なので、そのまま残っていたのでしょう」
執事は片眼鏡を取り出してかけると、つまみをひねって石化したドワーフを見る。
「これは驚いた。石化した状態ですが、生きていますよ」
「石化を戻す方法はあるのか?」
「今はありません。ですが、これから向かうソリウムは帝国全土から難病や怪我の治療に人々が訪れる町です。あそこなら、何か手立てがあるかもしれません。こいつは思いもかけないお宝を見つけましたね。何百年も消息不明のドワーフ族を発見したわけです。ポイントになりますよ」
「よし、ウッドゴーレムに運ばせよう……エミリア、どうした?」
布が取られてドワーフの姿が見えると同時に、くるり、と後ろを向いた花嫁に、王子が聞いた。
「どうしたって……その……」
「ん?」
「王子、裸ですよ、こいつ。レディにはちっとばかり刺激的な象さんがむき出しになっています」
「おっと。すまないエミリア。運ぶ時には布を巻いておくので安心してくれ」
「う、うん……ごめん、ちょっとボク、どうかしてた」
「いや、私の落ち度だ。母上からサキュバス族といっても、下ネタが得意な人ばかりではないから、セクハラには注意しろと言われていたのだがな」
「あーうん、いや、そうなんだけど、そうじゃなくて……うわあ」
赤くなった頬をおさえて、花嫁が悶々とする。
――これは演技だよ。そういう演技! 象さんなんか、見慣れてるし! だから、ドキドキしてるのは、演技なんだってば! でも……なんだか、演技じゃなくなってる……かも。
その日の午後。
一行はドワーフの大迷宮をぬけ、神聖都市ソリウムに入った。
帝国直轄領であるソリウムには、あらかじめ監査役のマーフィーが憑依魔法で先回りして、功績ポイントの査定を行う手はずになっていた。
期限まで:二十三日
功績ポイント:街道敷設八十点+ドワーフ族発見十点(推定。百点で結婚許可)
現在地:神聖都市ソリウム