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6.ドワーフの大迷宮

 石畳の街道が、一直線に南北に伸びている。

 崖があれば、橋を作り、その上を進む。

 山があれば、トンネルを掘り、その中を進む。

 ドワーフたちが技量と労力を惜しみなくつぎこんだ街道は、彼らがいなくなってメンテナンスが途絶えた数百年後も、ほぼそのままの形で残っている。


「うわー。一日でもう、あんなに遠くなってるよ。骸骨城があるの、あの山の麓だよね」

「そうだ。湖は……この角度だと見えないな」

「西の街道を通ってきた時には、このくらいの距離に、三日かかったよ。この街道が捨てられたものなんて、信じられない」


 うわー、うわー、と感心する花嫁に、王子が説明する。


「八百年前には、ここに鉄路を敷く計画もあったそうだ。異界門からの神蟲の侵攻が一番激しい頃で、補給や兵の輸送に、そのくらいのインフラ整備が必要とされていた」

「兵の……輸送? これだけ立派な道路なら、兵隊さんなら歩けるでしょ?」

「いや、負傷兵を後送するのに使う計画だった。ドワーフ領からさらに南の神聖都市ソリウムに。それまでも負傷兵専用の馬車はあったが、足りなくなって、鉄路の計画が持ち上がった」

「ソリウムって、あの重傷患者も三日で回復する神聖温泉がある? 今はお湯がほとんどでなくなっちゃって、入れるのは皇族だけで、それも年に二回限定っていう」

「八百年前は、じゃんじゃん湧いていたそうだ。回復した兵士は、再びこの街道を通って前線に戻っていった」

「歩けない兵隊さんを鉄路で後送しないといけないほど激しい戦いだったわけ?」

「ああ。我が先祖は、何度も全滅を覚悟したそうだ。だが、死力を振り絞り、そして帝国諸部族の支援を受けて持ちこたえた」

「すごいご先祖様だね」

「だから我らオーガは先祖を誇りに思っている。戦はなくなったが、帝国への忠誠に変わりはない。だから、今回のことも、それを満天下に知らしめる、よい機会だと思っている」


 一行は、王子と花嫁に、ゴブリンの執事とウッドゴーレムの荷物持ちが三体だ。ウッドゴーレムは、かかしのような細い体だが、力は強く、多くの荷物を運べる。さらに執事が背中に、歯車などを組み合わせた複雑な機械を背負っていた。

 人の住まない場所を通るので、獣などに襲われる可能性はある。武器は王子がハンマー、執事がクロスボウを装備している。鎧は着用していないが、全員が厚手の長袖長ズボンを着用し、靴も登山用の丈夫なものを履いている。

 

「これ羊毛? ちょっと重いけど、あったかいね」

「先々代の曾祖父ひいじい様は牧畜に力を入れられた。牛も馬も失敗したが、羊と山羊はそれなりに成功して城下で毛織物を作ってる。とはいえ、輸出して帝国正貨デュカットを稼げるほどではない」

「紡績は蜘蛛織が実用化されちゃったものね。ム=ガルのジャングルの奥地には絹蜘蛛の飼育小屋があって、ずらーっとでっかい蜘蛛が並んでるそうだよ。壮観っていうか、悪夢めいてるっていうか」

「絹蜘蛛は生きたエサしか食わないと聞く。牛ほどのサイズの絹蜘蛛を食べさせるのは大変だろう」

「うん。だから、生きている昆虫なんかのエサが豊富なジャングルでしか育てられないんだって。でも、絹蜘蛛の糸で作った蜘蛛織は薄くて丈夫で肌触りもいいから、高くても売れちゃうんだよね」

「あなたも蜘蛛織を持っているのか?」

「うん。下着とかタイツとか、ね」

「……」


 道の先に、白い山肌と、黒い門が見えた。

 道の終わり、そしてドワーフの大迷宮の入口である。


「おっきな門だね。これ鉄? あれ違う? なんか触った感じが金属じゃなくて……」

「焼き物らしい。ドワーフの秘術が使われているそうで、鉄よりも丈夫だとか」

「どうやって入るの?」

「門の脇にぶら下がっている鐘を鳴らすんだ。鳴らし方に特徴があって、時間帯によって違う」


 鐘は、一抱えもある大きなもので、木槌が傍らに立てかけてあった。


「この時間帯なら、四つか」


 太陽の角度を見て王子は木槌を持ち上げ、カンカンカンカンと四回、鐘を鳴らした。

 しばらく待つと、ガリガリと音をたてて門扉がゆっくり上にあがっていく。

 花嫁の背丈より少し低いところで、がくん、と門扉が止まる。扉全体の四分の一ほどだ。


「よし、中に入るぞ」

「はーい……あれ、この門、下がってない?」

「十分ほどかけてゆっくり閉まるから慌てなくていい」

「それはそうだろうけど……なんかやだなぁ」


 王子、花嫁、三体のウッドゴーレム、最後に執事が門をくぐる。

 ずぅぅん。

 地響きをたてて門扉が落ち、周囲を闇が包んだ。

 ウッドゴーレムがランタンを出して灯けた。

 明かりが届く足下の地面、そして一行の姿が闇の中に浮かび上がる。


「思ってたよりも、暗いね」

「入口は大きな広場になっている。天井も壁も遠くて、ランタンの明かりがほとんど反射しない。だから、自分たちと周囲の足下くらいしか見えなくて、暗く感じるんだ」

「ゴラン様は、ここに来たことがあるの?」

「何度も。安全とはいいきれないが、どのような危険があるかはおおむね把握している。慎重に行動すれば大丈夫だ」

「うん」


 一行は明かりを持ったウッドゴーレムを先頭に、前進する。

 明かりの後ろ、王子の隣を歩く花嫁は、前を行くゴーレムの肩にドワーフの文字で数字が書いてあるのを見た。


「三十三号?」


 花嫁の呟きを聞いて、キィ、とゴーレムが後ろを振り返る。

 ボタンのような目が、下からの明かりに反射して、不気味さを増している。


「わ、ごめん。キミを呼んだわけじゃないんだ。気にしないで」

「三体のウッドゴーレムは、この大迷宮で発見されたものだ。立ち去ったドワーフが残していったのだろう」

「立ち去った? 滅ぼされたんじゃないの?」

「我らに伝わる記録では、ドワーフたちは突然いなくなったと記されている」

「こんな立派な地下都市を残してどこに行っちゃったの?」

「わからん。残されたのは無人の大迷宮だ。戦いがあった痕跡はないから、なぜいなくなったのかは、さっぱりわからん」

「ここに来た目的は、それを調べる……わけじゃないんだよね」

「ああ。学術調査も帝国への貢献にはなるが、私が一ヶ月調べたところで、たいしたことは分からないだろう。それに、結果を貢献ポイントにするには、帝都の知識学会で論文を発表して審査してもらう必要がある」

「知識学会って、そもそも学会員になるのがすごい大変なはずだよ」

「そういうわけで、目的は――新しい街道の敷設だ」


 ゴブリン執事が背中に負った機械がチリンチリンと音を立てた。この箱は、歩いた距離を計測する道具だ。

 一行は足を止めた。

 王子が、ウッドゴーレムが運んできた荷物から、杭を一本引き抜くと、ハンマーで地面に打ち付けた。

 花嫁が筆を取り出して杭に文字を記した。


「入口から、一帝里(≒四キロメートル)と」

「この先に分岐があるから、そこでさらに一本打ち込んで道標にする」

「はーい。でも、これ本当にポイントになるのかなぁ」

「私どもが細則まで目を通しました。なります」


 ゴブリン執事が胸を張って答えた。

 帝国は広大な領土を結び、守るため、古くから街道の敷設と維持に熱心に取り組んできた。それに従い、帝国への貢献度も高く評価される。


「自治国同士を結ぶ新しい街道となれば、異種族間結婚許可どころか、本来なら勲章がもらえるレベルです」

「え、本当に?」

「叙勲の記録も調べました。我々が通った、白角国からドワーフ領への街道敷設工事を請け負ったドワーフ族の大棟梁ニク・ソンがミスリル十字勲章を授与されています」

「それってボクたちが通ってきた道だよね。さすがにアレと比べるのはどうかなー」

「そのくらい重要ということです」

「でも、ボクたちがやるのは、こうやってドワーフの大迷宮の中を通りながら、道標を打ち込むだけでしょ? 地下に町を作ったのも、きちんと均してあるのも、ドワーフのしたことで、ボクらじゃないよね」


 花嫁は、打ち込んだ杭の頭をペチペチと叩いた。


「これで帝国への貢献なのか、って難癖つけられたら全部無駄になっちゃわない?」

「大丈夫だ。この街道の敷設には、ちゃんと実利もある」


 王子が地図を広げてみせた。


「旧ドワーフ領は、中央山岳一帯に広がっている。そしてその周囲には、二十もの自治国や帝国直轄領がある。大迷宮を通せば、その二十の自治国と交易が可能だ」

「へー」

「今回のことがなくても、私が王になったら、ドワーフの大迷宮を街道として使い、交易を盛んにしようと考えていた。地図などの準備もしてある」

「すごい、すごい」

「問題はその交易品が白角国にはない、ということなんですがね」


 花嫁が感心するが、執事はにべもない。


「良質の木材はあるぞ。長老方を説得できて、切り出しが許可されれば、だが」

「陸路で長距離を運搬させちゃあ、輸送代だけでアシがでますって」

「他にも、昔は、鉱石の輸出もできたそうだが」

「それを精錬、加工するドワーフ領がすぐ南にあったおかげですよ」

「むう」


 執事に論破され、王子が肩を落とす。


「まあ、道がつながって交流が盛んになってから需要が出てくることもあるし。まずは街道を通すだけでもいいんじゃないかな」

「ふむ、それもそうですな。それに諸国の産物が白角国に入るだけでも、ずいぶん便利になります」


 花嫁がフォローを入れた。


「ありがとう、エミリア」

「どういたしまして、だよ。ゴラン様」


 杭を打ちながら大迷宮を進み、二日が過ぎた。

 水場の近くで、キャンプを張る。

 鈴のついた杖を持ったウッドゴーレムが外側を向いて立ち、見張り番となる。

 食事は、燃料を節約するため、冷えたままの堅焼きパンとチーズだ。これを水で流し込んで夕食は終わりである。

 王子が悠然とパンを大きな口で咀嚼し、花嫁が両手で持った硬いチーズをちまちまとかじる。

 ゴブリンの執事だけは、やや憮然とした表情で堅焼きパンをながめる。


「今の時期に焼いたパンは、どうもいけませんな。味が平板にすぎる」

「ア=ギはグルメだな。私はこれでいいと思うが」

「ボクのラードつける?」

「いただきます。ですが、エミリア様はよろしいので?」

「ボク、ラード苦手」


 花嫁が、顔をしかめる。それから、何かを思い出して執事に聞く。


「ね、味をよくする魔法があるんだけど、使ってみない?」

「そんな魔法があるのですか。このパンとチーズを豪華な肉料理に変えるような」

「パンとチーズはそのまんまだよ。味だけを変える魔法」

「味だけを、ですか……せっかくですのでお願いします」


 エミリアは、自分の持ち物からスプーンを取り出した。

 スプーンの丸い部分を額につけ、呪文を唱える。

 そして、スプーンで執事の堅焼きパンをコンコン、と叩いた。


「これで食べてみて」

「わかりました――むっ、おっ? こ、これはっ」


 パンを一口かじって執事が目を見開く。

 自分が食べているのが本当にパンなのか、確かめるようにかじったところを見る。


「驚きました。歯触りはそのままなのですが、肉……これは、跳び鹿のもも肉ですか」

「あ、執事さんも跳び鹿を食べたことあるんだ。それだと魔法がかかりやすいんだよね」

「王子が狩猟で仕留めたヤツをご相伴にあずかったことがあります。その時は焼いて塩をふっただけでも十分にうまかったですが、こいつは酸味と甘味のあるソースがかかっていて、深みのある味になっています。いや、驚きました」

「アスタロト公爵のところのディナーで食べた、公爵家自慢の料理を再現してみたんだ」

「三大筆頭のアスタロト公爵家ですか。そこのディナーに呼ばれるとは、さすがサキュバス族の姫君」

「ボク、あそこの末っ子と同じ男子校のクラスメイト……コホンコホン、なんでもない。とにかく、縁があって呼ばれたことがあるんだ」

「ソースにニンニクやハーブが入ってるのはわかりますが、他がよくわかりません」

「ごめん、ボクの舌で感じたのを魔法で伝えたものだから、味の再現には限界があるんだよね」

「いえいえ、これだけで十分すぎるほどです」

「いいよいいよ、そんなに頭下げなくても」


 感謝して何度も頭を下げる執事に花嫁は手を振った。

 そして、王子に向き直る。


「ゴラン様にも、かけてあげようか?」

「うむ」


 同じように呪文を唱え、スプーンで王子の堅焼きパンをコンコン、と叩く。


「食べてみて」

「わかった――む?」


 王子がパンをかじった時、ぱちっ、と口元から火花が散った。

 咀嚼した王子が首をかしげる。


「特に味は変わらないな」

「魔法がレジストされたみたい。もう一回やってみるね」


 二回目も同じだった。


「うーん、やっぱり王子は魔法に対する抵抗力が高いんだね。前に、マーフィーさんが出てきた時、王子が拳に魔力を帯びさせていたからそうじゃないかと思ったんだけど」

「自覚はないが、やはりこの角のおかげだろうか」


 王子は額の中央にある三本目の角を指で示した。


「そうだと思う。基本はサキュバス族の幻覚魔法だものね。戦場で使われたら、五感を操られて危険なことになるし、無意識にレジストしちゃうんだと思う」

「残念だな。エミリアが食べたという料理、私も味わってみたかったのだが」

「うーん」


 花嫁は、魔法の媒体に使ったスプーンをにらむ。

 当たり前のことだが、このスプーンは、公爵家で料理を食べた時に使ったものではない。大昔は貴族の会食でも、スプーンやナイフなどは客が持参してくる習いであったが、現代ではすべてホスト側が用意する。


 ――この魔法では、スプーンは象徴でしかない。ここがボトルネックになってて、レジストされちゃうわけだよね。だから、より強い媒体を使えば……でも、実際にディナーで使った食器やナイフはここにはなくて……あるのは、料理を味わったボクの……


 花嫁は自分の唇に指をあてる。

 ごくっ、と唾をのみこむ。


「もう一回、試してみたいけどダメかな?」

「かまわないが」

「じゃあその……ゴラン様は、目を閉じてくれる? それと……」


 ちらっ、ちらっ、と花嫁が執事に目を向ける。

 ゴブリンの執事は、今思いついた、というように水筒を手にすると、立ち上がった。


「では私は、水を汲んでまいります」


 気配りは、執事の基本スキルである。

 天然気味の王子の元にいれば、それがさらに鍛えられる。

 執事がいなくなると、花嫁はあらためて周囲を見た。

 三体のウッドゴーレムは、キャンプの外側を向いて、警戒を続けている。

 王子は泰然自若とあぐらをかいて座り、目を閉じている。

 花嫁は王子の前に座った。


「じゃ、じゃあゴラン様。舌をだして。ベロ」

「わかった」


 口を開き、王子が舌をのばした。


「そのまま……そのままだよ。目をあけちゃ、ダメだからね」


 花嫁は王子の肩に手をのせ、中腰になる。

 呪文を口ずさみ、魔力を自分の舌に集中させる。

 王子に顔を近づける。

 目を閉じて口を開け、舌を出しているので、どことなく愉快な顔になっている。

 花嫁はくすっと笑い、その息が王子の顔にかかった。

 吐息がくすぐったかったのか、王子が顔を少しのけぞらせるような仕草をする。


 がしっ。


 花嫁が王子の頬を手で挟んで固定した。

 花嫁自身も驚くほど、その手には力が入っている。


「ダメだよ、動いちゃ。動いたら、魔法がうまくかからないから」


 花嫁はそう言って自分も口をあけ、舌を伸ばした。

 ふたりの舌と舌が近づき――


 ずずんっ。


 震動は、下からきた。

 ウッドゴーレムが持つ鈴が、チリンチリンと音をたてる。

 次の瞬間、花嫁は王子に抱きかかえられていた。

 王子は花嫁を壁際に座らせ、ハンマーを両手に握って、それまで座っていた床にあいた穴に向かう。

 穴から、長い爪を持った生き物が姿をみせる。


「え、何っ? 何があったの?」

「甲冑モグラだ。大丈夫、すぐに撃退できる。あなたはそこにいてくれ」

「う、うん」


 王子はハンマーを振りかぶって甲冑モグラと対峙した。

 甲冑モグラは馬車ほどのサイズがあり、力も強く侮れないが、野生の獣である。戦う目的はエサを取るためで、こちらが簡単に食べられる獲物ではないと知れば、すぐに立ち去る。どちらかが死ぬまで戦う相手ではない。

 がんっ、がんっ。

 王子のハンマーと甲冑モグラの爪がぶつかり合う。


「がんばって! ゴラン様!」


 花嫁の声援を聞いた王子の口元が少しゆるんだ。

 たっぷりとソースをかけた跳ね鹿の味が、王子の口の中いっぱいに広がっていた。


期限まで:二十六日

功績ポイント:街道敷設八十点(推定。百点で結婚許可)

現在地:ドワーフの大迷宮


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