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4.種族間婚姻法と例外措置

 魔帝国。

 およそ千二百年の昔に初代魔帝アストラギウスによって建国された国である。

 帝国は、いくつもの種族で構成されている。各種族は自治国を持ち、それらが集まって帝国となっている。

 魔人族、龍族、不死族の三族が『三大』として頂点に立つ。

 巨人族、妖精族、獣人族、機人族、鬼族の五族が『五強』として軍事や経済を支える。

 オーガ族は、鬼族の支族だ。帝国の北方に住み、北の異界門を守る武門の種族だ。

 サキュバス族は、妖精族の支族となる。帝国の西方に住み、魔術に携わる種族だ。

 『三大』と『五強』の王族の種族間婚姻は、勢力バランスの関係から、帝国に届け出て許可をもらうという婚姻法がある。

 オーガ族の王子ゴランと、サキュバス族の姫エミリアの婚姻も、事前に帝都に書類一式が提出されている。


「それがなぜ、今になって取り消しになったんだ?」

「それについては、まだ……」

「急使の方はどちらに?」

「王が執務室で謁見なさっておられます」


 王子がゴブリンの執事と相談している間、花嫁はナーガのメイドと部屋の隅でひそひそ話をする。


「ど、どうしよう……もしかしてお姉ちゃんのことがバレた?」

「さて、どうでしょう。ちぃとばかり臭いものを感じますね」

「あれ、臭い? 朝に沐浴したよ?」

「そっちじゃないよ、このポンコツ。……って、おい! 胸どうした!」

「あー、ちょっと……」

「ちょっとじゃないよっ! 何があった! 言え!」

「落ち着いて。大丈夫だから」

「お前の大丈夫は、昔っからアテにならないんだよ。バレたのか。バレたんだな」

「胸がないのはバレた」

「神に呪いあれ! それで?」

「バレて、慰められた。ゴラン様、おっぱいがちっちゃい方がいいんだって」

「マジか。あのデカいなりで、幼女趣味か。犯罪じゃねえか」

「そんなことないよ。いい人だよ」

「フン……だが、急使が来て結婚の流れが中断したのはチャンスかもしれん」

「チャンス?」

「何があったかは知らないが、結婚まで時間が稼げる。その間に、逃げたアイツがとっ捕まってここまで引きずられれば、オレらは帰れるんだからよ」

「う、うん……そう、だよね。最初から、その予定だものね」

「まあ、お前は今のうちに魔術で胸、直しとけ。他のヤツに気付かれたら、バレるかもしれんし」

「うん」


 花嫁は王子たちに背を向け、胸に詰めたタオルのようなハンカチを引き抜いた。

 ハンカチを口元にもっていって、すん、と匂いをかぐ。


「ほれ、予備の魔石だ。使い捨てだから終わったらよこせ」

「うん。ありがとう」


 花嫁はメイドが用意した魔石を使い、幻覚魔術でおっぱいを元に戻す。ハンカチは、自分のポケットにいれた。

 タイミング良く、おっぱいの復元が終わった後になって、部屋に城の従者が入ってきた。

 従者がゴブリン執事に何事かを報告し、執事は王子に、そして王子が花嫁のところにやってくる。


「急使の方が、私たちに会いたいとのことだ」

「ボクたちに会いたい? なんで?」

「理由はわからないが、父上の執務室に行ってみよう」


 王子と花嫁が移動しようとすると、すうっ、と部屋の温度が下がった。

 そして、声が聞こえた。


「それには及びません」

「何者だ」


 若いとも、年寄りともつかない、男の声だ。

 王子が花嫁を背中にかばうように立つ。

 王子の視線は、声が聞こえてきた空中に向けられている。

 王子の握った拳に、パチパチと雷が宿っているのをみて、花嫁が息を飲んだ。


「失礼――今、姿を出します」


 空中に靄のようなものが見え、ぼんやりとした人の形となった。

 不死族のひとつ、霊族だ。肉体がなく霊体だけの種族で、通常の意味での繁殖はせず、数は少ないが、寿命が長いので官吏などの仕事に就いている。


「私は、帝国監察官マーフィーです。オーガ族とサキュバス族の婚姻申請の件を担当しております」

「私が白角国王子、ドル・ゴラン・ドットーリオ・バレス・アグラ・オーガリオスだ。こちらがサキュバス族のエミリア・ラ・ユーラルジール・フォルアスト・メーラ・オル・サキュバシリオ姫だ」

「確認させていただきます。身の証しとなるものはございますか」

「貴公の身の証が先だ。見たところ不死族のようだが、私はあなたを知らない」


 拳に雷を宿らせたまま、王子が言う。


「ごもっとも。これでいかがですか」


 靄のようなマーフィーの体の一部が渦を描いて紋章を描き出した。紋章はうねりながら一定のパターンで変化を繰り返す。


「なんだ、これは?」

「待って、ゴラン様」


 花嫁が一歩前に出て、興味深そうに紋章の変化を見る。


「これ、呪文の合唱用パターンだ。複数の術者でひとつの魔術を唱える時に使うやつ。ちょっと待って、これなら……うん」


 花嫁はぺろっ、と舌で唇を湿らせてから指を唇にあて、その指で空中に紋章を描く。

 花嫁が作り出した紋章と、マーフィーが作り出した紋章が近づいていく。

 カチリ。

 紋章と紋章がひとつになる。描き出されたのは、不死族が持つ死の魔術刻印だ。

 発動した魔術は《合切袋》。魔術で作った疑似空間に持ち物を入れて保管する魔術で、きわめて有用だが、中に入れる物の重量や大きさに強い制約がかかる。


「王子。マーフィーさんが帝国の役人なのは間違いないよ。合唱用パターンは大規模魔術には必須で、しかもセキュリティがかかっていて帝国外では絶対に習得できないから」

「わかった。ありがとう」


 マーフィーは、輪郭がぼんやりとした腕を引き延ばして、《合切袋》の中に入れ、そして引き抜いた。引き抜いた手に、丸めた紙を握っている。

 マーフィーがそれを王子に差し出す。


「私が帝国司法局より与えられた命令書の写しです。ご確認を」

「拝見する」


 王子が握っていた拳を開いて受け取り、丸められた紙を広げる。

 最初に目に入るのが、司法大臣であるデスポエムの花押だ。子供がクレヨンでグリグリ描いたイタズラのようだが、死貴族が念をこめて書いたこのサインを真似ようとすると確実に呪われると聞く。

 書かれた内容を読んで、王子は喉の奥でうなりをあげた。


『オーガ族とサキュバス族の婚姻申請には法律上の不備がある。

 調査の上、一ヶ月以内に不備が解消されない場合は婚姻申請を却下すること』


 マーフィーの主張する通りである。

 王子はマーフィーに頭を下げた。


「失礼した、監察官殿。あなたが身の証を立てたのならば、私もそうしよう」


 王子は額の三本目の角に念をこめる。

 王族に伝わるこの三本目の角は、血筋に刻まれた魔装具と結ばれている。マーフィーが命令書を取り出した《合切袋》と似たところがあり、骸骨城の塔に収めた魔装具を、魔術で作った次元の狭間を通して取り出すことができる。

 実際に使ったことはないが、召喚は年に一、二度行う。祖霊を祀る祭祀では王族が魔装具をまとうしきたりだ。


「いざ、我が召喚にこたえよ――《豪腕槌》」


 ごうっ、とつむじ風が室内を吹き荒れる。スリットの深い花嫁のドレスの裾がめくれあがって白い太ももが露わになり、花嫁はあわててドレスを押さえた。

 風がおさまった時、王子の右腕は籠手に覆われ、手には巨大な槌が握られていた。


「すごい……攻城用魔装具だ。ボク、初めて見たよ」


 花嫁は目をキラキラさせて魔装具を見る。

 マーフィーは靄の体を丁寧に折って魔帝から賜ったオーガ族の魔装具に敬意を示す。


「拝見いたしました。確かに、オーガ族の王族にのみ伝わる魔装具です」


 王子が魔装具を消すと、花嫁が少しためらいながら前に出た。


「えーと、今度はボクだよね。といってもその……」

「いえ、先ほどの魔術合唱で確認させていただきました。サキュバス族の宗家の方であること、間違いありませぬ。さすがは魔術に携わる名門の家でございますな」

「あはは、どうも……」


 花嫁が幻覚で膨らませたおっぱいに手をあててほぉっ、と安堵のため息をつく。


 ――これ、ボクじゃなくてお姉ちゃんだったら、証明は逆に難しかったかも。


 魔術の勉強が大嫌いだった姉のことを思い出す。


「それでマーフィー監察官、婚姻の申請に不備があるとはどういうことだ? 我がオーガ族と、花嫁のサキュバス族との婚姻に、何か問題でも?」

「ふむ……そうですね。まず確認しておきたいのは、王族間の婚姻というのは、帝国法においては、本来は例外であるわけです。強い種族が弱い種族を婚姻関係で併合していく危険があったためです」

「そうなのか? すまない、そのあたりの歴史に私は詳しくないのだ」

「いえいえ。今は有名無実に近くなっておりますから。それでも、形の上では厳しく審査するのが建前となっております」

「だが、我らオーガ族は元より女子が生まれにくい。なので昔から他の種族より花嫁をいただくのが慣習だった。お祖母ばば様も母上もそうだ。いずれも問題になったとは聞いていないが」

「それについては、こちらでも調査しました。まず王子の祖母の皇太后様ですが、アラクネ族そのものが国としては滅びております。百年前の偽帝事件に巻き込まれたためですね。王族同士の婚姻という形でなければ、種族間の婚姻は許可されます」

「なるほど。では母上は?」


 王子の母親は、エルフ族の中でも有力な都市エルフの出身だ。エルフ族はしばしば帝国からの分離独立を訴える問題児である。それが帝国北方の武力の要であるオーガ族と婚姻で結びつくのだ。


「白角国の今の国王とお妃の婚姻については、帝国内でいろいろ政治的な問題が生じたことは存じております。が、法務局としては問題であると認識しておりません」


 マーフィーはさらりと流した。


「それはなぜだ?」

「オーガ族もエルフ族も、子を成しにくい種族です。そのため、どちらにも婚姻に関しては一種の特例措置があります」

「特例? どのような?」

「両者にすでに子供ができている場合、婚姻に関しては最大限の配慮を行います」

「つまり……どういうことだ?」


 察しの悪い王子は首をひねっているが、花嫁の方は顔を真っ赤にして、王子の袖をくいくいと引っ張っている。

 マーフィーは低い声に諧謔の暖かみを混ぜて言った。


「婚姻の申請時に、王子がお母上のお腹の中におられたということです。この件に関しては都市エルフの長老がことの他、ご立腹であったと聞き及んでおります」

「ん? んん? ……ああっ!」


 なおも理解していない王子はしばらく首をひねっていたが、ついに気付いた。

 いかつい顔が真っ赤になる。


「な、なるほど。そういう事情が……しかし、あの父上が……母上と……」

「私がまずここに参りましたのも、おふたりの間で、そういうことがあるのであれば、私の仕事はそこで終わるからです」


 マーフィーの視線が、花嫁の方に向けられる。

 花嫁はぶんぶんと、音をたてる勢いで首を左右に振る。


「ないない! ないからそういうの! ボクと王子、今日、出会ったばかりだから!」

「さようですか。それは残念です」


 マーフィーの声色が再び事務的なものへ変わる。


「であれば、帝国法にのっとり、厳密な審査を行うことになります」

「厳密というのは、ボクと王子の結婚は申請取り消しになるってこと?」

「資格がない、ということになれば、その通りです」

「資格とはどういうことだ?」

「帝国への、貢献です」


 マーフィーは《合切袋》から冊子を取り出して王子と花嫁に渡した。


「王子、あるいは姫が、帝国への十分な貢献をなしたとなれば、その報酬として結婚を許可いたします。貢献の度合いについてはこちらの冊子をどうぞ」

「む……字が小さいな……」

「王子、ボクに読ませて。えーと『異界門を抜けて異界へ遠征を行う』『五千億帝国デュカットの国庫への納入』『一万以上の人口を持つ領地か都市の帝国への編入』――って、無理だよこんなの!」

「そういう貢献であれば、問答無用で許可する、というものです。後ろの方に書いてあるものはもっと簡単になります。ですが、ポイントが低いので、たくさんやって貯めないと結婚は許可できません」

「期限は?」

「私が審査期間として与えられたのは、一ヶ月です」

「けっこう短いね。どうしよう、王子?」

「決まっている。最善を尽くす」


 花嫁の手から冊子を受け取り、王子は言った。


「でも、けっこう危険なのとかあったよ?」

「私はオーガだ。今は戦が遠ざかったとはいえ、帝国北方の守り手だ。その我らが帝国への貢献が少ないとされるのは、我慢がならぬ。この勝負、受けて立つ」

「勝負じゃないと思うんだけど……でも、うん。そうだね、ボクらサキュバス族だって、皇帝の血筋をひく一族なんだ。ボクもがんばる!」


 王子と花嫁が盛り上がっているのを、マーフィーは幽霊独特の生温かい空気で見守っていた。


 ――若いおふたりのお手並み拝見といきますか。ですが、この件、どこかに裏はありそうですね。ふたりがポイントを稼ぐようになれば、その裏の側が動き出すやもしれません。


期限まで:三十日

功績ポイント:〇点(百点で結婚許可)

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