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38.兵科対抗演習:決着

 突撃した騎兵の姿が、野戦陣地の中に消えると、見学客がざわつき始めた。

 一番の見せ場が、視界の外で行われているのだから仕方がない。


「そろそろ決着がつくころだな」

「あ、マイルズ君。やっほー」

「げ」


 魔術学校のマイルズ・アスタロトが演習場に姿をみせると、木の上にいたメイド姿の少年帝が顔をしかめる。

 マイルズは恭しく少年帝に頭を下げたが、見上げる視線は冷めたものだった。


「これは陛下。ご機嫌うるわしゅう」

「この瞬間に機嫌は悪くなったがな」


 これみよがしの少年帝の言葉にも、マイルズは気にした様子はない。

 少年帝の隣にいるアッシュがマイルズに声をかける。


「マイルズ君、陛下と知り合い?」

「祖父を通してね」

「おじいさん、帝国宰相だものね」

「それで、陛下。木の上から何か見えますか。見えてますが」

「えっ? ボク見えてる?」

「アッシュ、制服なんだから君は大丈夫だ。顔を赤らめてしゃがまないでくれないか」

「そ、そうだよね」

「ふん、貴様ごときに見られてうろたえるオレではないわ」


 勝ち誇る少年帝のスカートの裾を、アッシュが押さえる。


「ダメだよ、陛下。ゴラン様は恥じらいのない足はあまり好きじゃないよ」

「えっ、そうなのか」

「うん。口には出さないけど、視線の強さが違うからわかるんだ」

「そうだったのか……」

「わざと見せるのはいいけど、ゴラン様的には見られて気にしないのはダメだから」

「むむ……難しいのだな。どう違うんだ」

「そこは自分で確かめていかないと。陛下は、せっかくきれいな足をしてるんだから、大切に使おうよ」

「わかった」


 木の枝の上で行われるボーイズトークに、帝国宰相の孫は突っ込んでいいのか、突っ込んだら負けなのか悩んだ末、聞かなかったことにして、視線を野戦陣地へと向ける。


「野戦陣地の内側は、そこからでは見えないでしょう。陛下のお許しがあれば、私が《白鴉》を飛ばしますが」


 《白鴉》は魔素を擬似生命にして操る魔法だ。

 外見こそ鳥に似ているが、遠隔操作する人形である。


「は? なんでオレに聞く。勝手にやれよ」


 少年帝がむっ、とした顔で眼下のマイルズをにらむ。

 マイルズが少年帝の顔をみて、ふっ、と鼻で笑う。


「陛下、陛下。マイルズ君が試合中に勝手に魔法使ったら、怒られちゃうよ。審判員がいるんだから」

「そういや、そうか」

「うん。陛下が許可を出せば、魔法使っても大丈夫なんじゃないかな……だよね?」


 アッシュがマイルズに呼びかけると、マイルズは頷いた。


「わかった。許可を出そう」


 少年帝は《真実の瞳》を使う。

 霧のように演習場に広がった審判員の霊族の魂が宿る“核”を見つけ出す。


「審判員の、えーと名前はラ・チュイラル・ハーか。これから魔法で野戦陣地の中をのぞかせてもらうぞ」

『御意の……ままに……』

「よし。審判員の許可はもらった。使え、マイルズ」


 少年帝がマイルズに向かって言うと、マイルズが驚いた様子で少年帝を見上げる。


「審判員の名前を……?」

「秘匿情報でもあるまい。何かまずかったのか」

「いえ……」


 マイルズはポケットから白い石を取り出して空に向かって弾き《白鴉》を唱えた。

 空中で白い石が白い鴉に変わる。鴉はカア、と鳴いて羽ばたき、空へと舞い上がる。


「お見事! きれいだね、マイルズ君の魔法」

「そうなのか?」

「うん。魔素で作られる擬似生命って、術者のイメージによるから、ちゃんとイメージできてないと、もやもやっとした粘土をこねたみたいになるんだよ。ボクだと、鳥には見えるけど、作り物みたいになって、ひとめでバレちゃう」

「確かによくできてるが……でも白かったら鴉じゃないってバレるだろう」

「でも綺麗でしょ。擬似生命の能力は、美しさによるんだよ。美しくできているほど、高い能力を持つの」

「はーん。そういやジジイの作る《戦乙女》も美術品みたいなデキだったな。ただの趣味かと思ってた」


 少年帝の言葉に、《白鴉》を誉められて得意そうだったマイルズの顔が曇る。


「祖父のあれは……趣味です」

「ん?」

「祖父の《戦乙女》は、祖父の恋人たちの似姿です。アレを使うと、しばらく祖母の機嫌が悪いので……」

「そうか」

「しかもこの前、新しいのが増えてて……」

「お、おう……ジジイの家族も大変なんだな……」

「いえ……む、見えてきました。アッシュ、頼む」


 高度を上げた《白鴉》が、野戦陣地の中を視界におさめる。

 擬似生命が見ているものは、そのままだと術者にしか見えない。


「幻覚系なら、任せてよ。発動時に合唱してね」

「わかった」


 アッシュが指を唇につけてから、クルクルと宙に紋章を描く。

 《幻灯》。術者が思い描く映像を浮かび上がらせる魔法である。

 マイルズも白い手袋をはめて、シュッシュッと宙に紋章を描く。

 帝国軍が儀式魔法などで使う門外不出の合唱パターンだ。

 ふたりの紋章がカチリとはまり、空中に《白鴉》が見た映像が浮かびあがる。

 それを見て、少年帝とアッシュが息をのんだ。

 それは――


===《幻灯》


 八人の騎士が、半裸のオーガを囲んでいた。

 オーガは鎧がなく、手には作業用の大型ハンマー。

 一発の威力は大きいが、取り回しがよいとはお世辞にもいえない武器で、囲まれている時に使うには不向きだ。

 まして八人の騎士は、騎兵科で集団戦の訓練を受けている。


「グレッグ! バクシー!」

「おう!」「そいや!」


 槍を持ったふたりが、左右から同時に穂先を繰り出す。

 オーガが右をハンマーで受け流し、左をステップして避ける。


「ケン! キム!」

「よし!」「はいっ!」


 曲刀を持ったふたりが、前と後ろから近づく。

 オーガはハンマーをぐるっと回すように振って牽制し、その慣性で一歩、二歩、横に動く。


「ミッキー! サキ!」

「任せろ!」「了解」


 長剣を持ったふたりが、並んで進み、剣を突き出す。

 オーガはこちらも前進してハンマーで片方の騎士に力のこもったスイングをする。騎士は盾でハンマーを受けるも膝をつく。もう片方の騎士は強攻を避け、膝をついた騎士を引っ張って後ろに下がる。


「シン! 行くぞ!」

「……」


 指揮官のフォスターは、二本の短刀を持った騎士に声をかけ、自分も剣を手に進む。

 オーガは強く振り回したハンマーの慣性を殺すことなくそのまま体を回転してフォスターにハンマーで横殴りにする。ビョウッ、という風切り音が聞こえる。ハンマーのヘッド部分を布でくるんではあるが、まともにくらえば骨折は確実だ。

 もちろん、フォスターはまともに受けない。避けもしない。


「《鋼の体》!」


 敵の弩に備え、フォスターは《鋼の体》の護符を用意していた。護符を使えば、魔力の消費は大きいが、確実に魔法を発動できる。《鋼の体》は肉体を硬化する魔法だ。

 ハンマーが肩に命中し、強い衝撃が走る。魔法の効果で痛みはないが、運動エネルギーはそのまま伝わり、フォスターは地面に倒れる。

 そしてフォスターがハンマーを受け止めたことで、ハンマーの慣性は消えた。そこに、両手に短刀を持った小柄な騎士がオーガに飛びかかる。

 オーガの腕には、慣性を殺されて止まったハンマー。

 騎士がくるり、と両手の短刀を回転させ、オーガに迫る。


===《幻灯》


「わっ、わっ、わっ」

「くっ……」


 その様子を《幻灯》で見ていたアッシュと少年帝が不安そうな声をあげる。

 ふたりにとって婚約者であり、自分の騎士であるオーガが危機にあるのだから、当然の反応だ。


「いや、まだ大丈夫」


 マイルズだけは、オーガ族の王子の動きに余裕を感じていた。


===《幻灯》


 オーガはためらうことなく、ハンマーを手放した。

 だが、その後は避けるのではなく、短刀を持つ騎士に向かって自分から飛びかかる。


「つっ!」


 オーガは無手だが、長い腕と大きな拳の一撃は、決して侮れない。短刀の優位は、相手がハンマーという取り回しがききにくい長物を握っているからこそ。素手であれば巨大な獣と戦っているようなもので、騎士の小柄な体格と短刀のリーチの短さが不利になる。

 とにかく、組まれては終わる。

 騎士は後ろにステップして間合いを取るが、そこに丸太のような太い足の蹴りがきた。


「ぐぅっ!」


 カウンターで足を切ろう、などという考えを捨てたことが幸いした。

 騎士は短刀を投げ捨て、ゴロゴロと地面に転がって衝撃を逃がし、同時にオーガから離れる。


「シン!」

「大丈夫……ぐっ」


 立ち上がろうとして、ふらつく。膝をつく。

 そこに、ハンマーを地面から拾い上げたオーガが迫る。


「させるかっ!」


 長剣を持った騎士が、オーガに打ち込み、オーガがハンマーでこれをいなす。

 その間に短刀の騎士は後ろに下がり、予備の武器であるメイスを構えた。

 仕切り直しとなった。


===《幻灯》


「おおっ、やったぞ!」

「うん、ゴラン様、すごい!」


 枝の上で少年帝とアッシュが手を握ってピョンピョン跳ねる。枝がギシギシと揺れて葉っぱが散る。


「妙だな」


 マイルズは、映像を見ながら首をひねる。

 《白鴉》が羽ばたいて高度をあげ、演習場をぐるりと回る。

 戦いの様子が小さくなり、見えなくなる。


「こら、マイルズ! いいところなんだから《白鴉》を動かすな!」

「気になることがあります」


 マイルズは冷静に言った。


「今の一連の戦い、いいところ、ですますのはおかしいのです」

「は?」

「八対一のままで、そう何度もしのぐのは無理があります。今のは、せめて最後のひとりくらいは仕留めておかねば、どんどん不利になります」

「あー、そりゃまあ……な」

「そもそも、ゴラン君はなぜ足を止めて戦っているのか。鎧がないのですから、逃げて何人か引き離してから各個撃破すればよいのに」

「そりゃお前、本陣だからじゃないのか」

「本陣だからって……あ」

「あ、気付いた」


 何かに気付いたマイルズの様子に、アッシュがつぶやく。

 少年帝がそれを聞きとがめる。


「お前、何か知ってるのか」

「ゴラン様が作戦立てる時に、一緒にいたから」

「どういう作戦……おい、マイルズ。そこだ、ちょっと上の方! 何かいる!」

「ん……地面にラインが……そうか、そういうことか!」


===《幻灯》


 重騎兵科チームのドレッドは、ひとり本陣近くに立ち、仲間が戦っている野戦陣地の方を見ていた。

 負傷判定を受けて退場した者は、そのまま『包帯所』と呼ばれる区画に歩いて行くので、戦況はわからない。それでも、敵味方の何人かが野戦陣地を出て包帯所へ向かう様子は見てとれた。


 ――中で戦えないのは残念だな。おそらく、弩はもう使われていないだろうし、今からなら、歩いて行っても大丈夫かな?


 誘惑にかられたが、本陣に誰も残らないのは、事前に対抗演習で定められた交戦規定に反する。


 ――攻防がきちんと決まっている場合には、いなくてもいいのではないか?


 そう考えたドレッドは、交戦規定の書かれたマニュアルを開いて読み直した。

 だが、例外はなかった。常にひとりは本陣に残るように定められている。

 冊子を閉じ、ドレッドは大きくため息をついた。


「確かに本陣の旗を奪われれば負けだが、今回のように、片方が常に守る場合は例外として新たな規定を……んん?」


 ドレッドはそこで違和感に気付く。

 今まで、特に意識していなかった疑問がそこにあった。


「工兵科の連中は、どうなれば勝ちになるんだ?」


 ドレッドがその点について疑問に思わなかったのは、工兵科が勝つ、つまり自分たち騎兵科が負ける、という意識がなかったためである。戦えば、苦戦することはあっても絶対に自分たちが勝つ。だから、意識しなかった。


「まさか、この本陣の旗を……いやいや、どうやって見つからずにここまで来る……」


 そこでドレッドはギョッ、とした顔になって野戦陣地を見る。

 野戦陣地は土塀を築き、中が見えない。

 塀があれば、見えないのだ。

 そして、見えないからには、敵の残りの数などもわからない。


「まさか――まさか、まさか!」


 ドレッドは本陣の周囲をぐるりと見回す。

 そして、見つけた。

 ゴソゴソと、地面を動いているものを。


===《幻灯》


「なるほど、上空から見れば、少し色が違う」

「野戦陣地から敵の本陣近くまで溝を掘って、その上に筵を敷いて土をかぶせたんだって。設計上は排水溝ってことにして」

「落とし穴みたいなことしてんだな」

「なるほど、野戦陣地の裏からなら、見えないように溝に入れるようになっているね」

「うん。ゴラン様だと大きすぎて入らないんだけどね。ゴブリンとか小柄な人なら、通れるから」


 上空を飛ぶ《白鴉》から見れば、工兵訓練校の作戦は丸見えだった。

 四人の小柄なゴブリン族の学生が、こっそりと重騎兵科チームの本陣へと迫る。

 狙いは本陣の旗を引き倒すことだ。


「なんかインチキっぽいな」

「ルール上は問題なし、だよ。溝もあらかじめ野戦陣地の設計図に書き込んで、審判の人たちに届けてあるし」

「それに、そうそううまくはいかないみたいだね。ほら」

「あっ、本陣に人が残ってる」

「最初の突撃で落馬したやつだな」

「どうなるかな」

「戦うのでなく、四人がバラバラに散って旗を狙えば――いや、ダメか」

「あちゃー。そこでなんで弓持ってるかなぁ」

「馬上で使う短弓だな。軽騎兵なら珍しくないが、重騎兵では珍しい」


 重騎兵科チームで、ただひとり残った騎士は、突然に出てきた工兵訓練生の姿に戸惑っていたものの、背負っていた短弓を使って、ひとりずつを射貫いていく。

 四人が倒れたところで、その様子を野戦陣地の櫓の上から見ていたニ・モルが手回しサイレンを鳴らした。


「失敗したか」


 サイレンが鳴り響いた時、ゴランはまだ立っていた。

 さすがに全身汗びっしょりで、さらに転がって攻撃を避けたりしたので泥まみれである。

 それでも、体に張った符はそのままだ。擦り傷はあっても、怪我はない。


「双方、矛をおさめよ……戦いは決した……勝者は重騎兵科チームである」


 霊族の審判員が上空に姿を見せ、戦いの決着を告げる。

 呆然としたのは、重騎兵科の騎士たちの方である。


「終わった?」

「勝った……のか?」


 騎士たちが顔を見合わせる。

 何人かが地面にへたりこむ。

 こちらも、息があがっている。


「どういうことだ」


 指揮官のフォスターが、ゴランをにらむ。

 ゴランはハンマーを地面に置いて、手ぬぐいで汗をぬぐう。


「諸君の勝ちだ」

「勝ちだと!」

「僕たちの作戦は失敗した。これ以上の戦いは益なく犠牲を増やすだけだ。だから僕の決断で降伏を申し出た。勝者の寛恕を乞う」


 櫓から降りてきたニ・モルが本陣に掲げていた旗を持ってフォスターの前に跪く。

 フォスターは納得がいかない、という顔のまま、作法に従い旗を受け取った。


「降伏を受諾しよう……その作戦とは何だ」

「ゴランが戦っている間に伏兵をね。そちらの本陣に送ったんだ。だが、本陣を守っていた騎士に弓で射られて全滅してしまった」

「本陣を守る……ドレッドか。そうか、あいつは弓が得意だからな」


 フォスターは大きく息をついた。手にした旗を見る。

 生意気な工兵訓練校の連中を、演習で打ち負かしてやる。

 その目的が果たされたというのに、思っていた満足感はなかった。

 では不満だけが残ったかというと、そうでもない。

 力の限り戦ったことで、どこか充実した思いがあった。


「あーあ。負けちゃった」

「まったく、オレの騎士のくせに不甲斐ない」


 不満が残ったのは、ただ応援をしていただけのアッシュと少年帝である。


「勝ったら、ご褒美って名目でエッチなことできたのに……」

「おけ、サキュバス。褒美ならば主君であるオレが先だ」

「いくら陛下でも、ゴラン様にエッチなことはさせないよ!」

「お前と一緒にするな! 褒美をやると言っただけで、エッチなことをするとは言っておらん!」

「しないの?」

「しないとも言っておらん」


 樹上でのやり取りにあえて耳をふさぎ、マイルズは《白鴉》を呼び戻す。

 いつもはカンの強いフォスターの、どこかすっきりした表情が印象に残った。


「最初から、こういう落としどころが狙いだったのか……いや、それほどに器用で計算高い男でもないな。自然とそうなる、というわけか」


 気難しいところのある少年帝も、オーガ族の王子には心を許している。


「それを言うなら、私もか。面白い男だ」


 マイルズの顔に笑みが浮かぶ。


「じゃあこうしようよ陛下。負けたからには、お仕置きが必要じゃないかな。もちろん、激励の意味もこめて、というか、激励しちゃおう」

「……詳しく聞かせろ」


 マイルズの眉間に皺が寄った。

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