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37.兵科対抗演習:騎兵突撃

 騎兵突撃が開始された。

 先鋒で失った四騎と、替え馬の準備が間に合わないドレッドを覗く二十三騎が、楔型になって前進する。

 蹄の音も重々しい、勇壮な騎兵突撃だ。演習場の外縁に作られた座敷席に座る見学客から歓声があがる。この座敷席にいるのは騎兵科の身内だ。

 そこからかなり離れた場所に、敷物を敷いたり地面に直に座って騒ぐ平民の集団は工兵訓練校の身内だ。しかし、彼らとて重騎兵の突撃には強い印象を受けている。重騎兵がまたがるのは、平民の彼らが使う、車や鋤をひく荷馬とは、大きさも力強さもまるで違う、戦うための軍馬である。しかも、幾日も行軍を続け、戦場の泥に汚れ果てた現実の戦場での馬と騎士ではない。この日のために、鎧も馬具も磨き上げられた馬と騎士だ。


「父ちゃん父ちゃん、きらきらしてすげえきれいじゃ!」

「おおう、ほんますごいのぉ」

「わし、兄ちゃんとちごうて騎兵科入りたい! なあ、父ちゃん、ええじゃろ?」

「あかんあかん。騎兵科ゆうたらナンボかかる思うてんねん。身代つぶれるがな」

「すごいなー。ボンとこの、もうダメちゃいますか」

「ここらで白旗あげた方がええんじゃないか。あんなん、穂先がついてない槍でも突かれたら大けがするで」

「損切りや、損切り。見極めが重要やな」


 身内が野戦陣地にこもる工兵訓練生の身内ですら、こうだ。


「お父様、すごく綺麗ですわ!」

「そうだね。こらこら、身をのりだしては危ないよ」

「お兄様はどれかしら? あれですか?」

「うーん、どれだろうねぇ……これ、どうだ?」

「は。先頭から三番目、右の外側におられるのがそうです」

「なるほど、あれか。ううん、ご先祖さまの御代であれば羽織りに家紋を大きくつけてよいということであったのに、全員が同じお仕着せなのはちょっと不満だねえ」

「でもさっきの魔法が飛んできませんの? お兄様、大丈夫かしら」

「うーん、どうだろうねぇ……これ、どうだ?」

「あれは弩でございます。魔法ではなく、矢を飛ばす機械です。本来ならば連射ができるものではありません。城側が数を用意したか、自動装填の技術があるかだと思われます」

「うーん。……つまり、どういうことだ?」

「つまり、こういうことですわね。一度に突撃をかければ、何人かはその弩とやらにやられるでしょうが、装填の間に残りが敵陣に突入して勝てると」

「お嬢様のおっしゃる通りでございます」

「なるほどねぇ」


 座敷席と立ち見席との間には、木々が生い茂って両者を遮断している。

 その木々の中に、魔術学校の制服を着た少年と、侍女服を着た少年がいた。

 オーガ族王子ゴランの花嫁のアッシュと少年帝バルガイアである。


「うっわー。重騎兵科って、頭でなく筋肉で考えるって陰口たたかれてたけど、本当に脳みそまで筋肉なんだ」

「そうでもないぞ。こいつはいい手だ」

「なんで?」

「弩は連射ができない。二十騎で突っ込めば何騎かがやられる間に、野戦陣地に突入できるだろう」

「そうなの。でも半分はやられそうだよ」

「騎兵突撃ってのは、そのくらいの損害は覚悟でやるものだ。おい、そっち側の枝を曲げてくれ。手が届かん」

「……ねえ、そんな格好してるのに木に登るってどうなの?」


 少年帝はスカートをはいている。

 木の下にいるアッシュは、結界の魔法を紐のように伸ばして木の枝を曲げた。

 少年帝が、枝を掴み、さらに上へと登る。


「大丈夫だ。こう見えて木登りは得意だ」

「そうじゃなくてさー。丸見えだってば。誰かにのぞかれたらどうするの」

「のぞくものなど、おらんではないか」

「まあ、そりゃそうなんだけどね」


 アッシュは周囲を見た。

 少年帝のスカートをのぞくものはいない。

 左右のどちらにも、大勢の見物……見学客がいるが木の茂ったこの場所には近づかない。

 少年帝の警護の者が、何かうまくやってるのだろう、とアッシュは考えた。


「この場所だと遠くまで見えるが、やはり陣地の中は無理だな。おい、お前も来い」

「はいはい」


 アッシュは紐状にした結界の魔法を太い枝と、自分の腕の両方に巻き付けた。そして結界を縮める。幹がしなり、枝が揺れ、驚いた鳥がバサバサと飛び立つ。アッシュは紐をたぐりながら木をよじ登っていく。アッシュは木登りは苦手だが、これなら短くなる結界に半ば引っ張り上げられるようなもので、あまり力がいらない。

 枝の上にいた少年帝が、目を丸くしていた。


「結界の魔法というのは、そんな使い方もできるのか」

「学校の授業の受け売りだけど、結界魔法の真髄は、力の向きを変えることだよ。敵の力を止めれば、守りになる。味方の力に沿って使えば、移動や攻めにも使える」

「むむ……世の中にはオレの知らないことがたくさんあるな」

「誰でもそうじゃないかなぁ。だから専門の師匠や教師について学ぶわけだし」

オレはそうはいかない。皇帝の専門家は、亡くなった婆様だけだ」

「どんなお方だったの?」


 アッシュの問いに、少年帝は少しだけ動きを止め、続いて紐で吊した双眼鏡を取り出して顔に当てた。

 そしてぶっきらぼうに言う。


「うるさい婆ぁだった」

「ふーん」


 アッシュはそう言って、自分も手をひさしのようにして演習場を見渡す。

 重騎兵の突撃は、道のりの半ば。そろそろ弩の射程だ。


+++重騎兵科SIDE+++


「そろそろ来るぞ!」

「盾を構えろ!」

「ぶっころーす!」

「俺に当たるものかよ!」

「盾あげろ、盾!」

「ぶっころーす! ぶっころーす!」

「盾だ、盾!」


 二十三の重騎兵が口々に叫ぶ。

 馬が地面を蹴り、鎧がガチャガチャと鳴る騒音の中では、言葉をかわすのは一苦労だ。

 戦闘の興奮の中では、全員が自分の言いたいことを大声で叫び、他人の声には耳を傾けないこともある。今がまさに、そうだ。

 先鋒隊の時は、リーダーのドレッドが残りの七人を選抜したので馬を走らせながら各自が好き勝手にしゃべることはなかった。しかし、全員で突撃となれば、抑制などききはしない。これでは会話による指揮はとれるものではない。

 だからこそ事前に決めた陣形が有効になる。仲間が倒れても、その隙間を仲間が埋めることで、部隊としての戦闘力を保持するのだ。重騎兵科の学生は代々が騎士の家系。馬の扱いには馴れている。


 ひゅんっ。

「おごっ?」


 射程ギリギリで、先頭のひとりが胸に赤い染料を撒き散らした。バランスを崩すが、何とか鐙を踏ん張って落馬をこらえる。

 その騎士は、しばらく走らせていたが、やがて無念そうに隊から離れた。


 びしっ。

「くっ! ……くそーっ!」


 二人め。野戦陣地の動きに、盾を持ち上げようとしたが、間に合わない。

 落伍する。


 びっ。

「ぐわーっ! ……お? 今のセーフか? セーフだよな?」

「いやアウトだろ」

「下がれ下がれ」

「俺らまで減点くらうんだぞ、バカ!」


 三人め。兜に太矢をくらい、顔まで真っ赤になった騎士が周囲に叱られてしょんぼりと下がる。


 びんっ。びっ。ばんっ。

 四人。五人。六人。


 先鋒隊が引き返した場所まできたところで、六人目がやられた。

 いずれも一発ずつ確実に。外れた矢はない。

 リーダーのフォスターは、充血した目をぎらつかせ、叫ぶ。


「全速だ! 突撃っ!」


 隣にいた騎士がそれを聞いて腰のラッパを持ち上げ、全速突撃を告げる音色を響かせる。

 距離的には、重騎兵が駆け抜けられる限界ギリギリだが、時間はかけられない。

 残りは十七騎。


+++工兵訓練生SIDE+++


 距離が詰まった。

 速度が上がった。

 弩の射手は、騎兵の未来位置を予測し、太矢の軌跡を予測し、そのふたつが頭の中で一致する時に、引き金を引くのが仕事だ。


「ちっ」


 弩の射手が引き金をひいた瞬間に舌打ちをした。

 距離と速度の変化が、ふたつの要素に微妙なズレを生じていた。

 当たるかもしれない。だが、外れるかもしれない。


「よし、当たった! 残り十六!」


 《鷹の目》を使う観測役が叫び、射手はほっと息をつく。

 射手が後ろに下がる。入れ替わりに射座に入った逞しいオーガ族の転校生ゴランが、太い腕に綱のような筋肉を浮かべ、弩の弦を引っ張る。留め具に固定し、太矢をのせる。


「弦よし、留め具よし、太矢よし」


 指先でひとつずつ確認して、再び射手と交代する。ゴランの上半身の汗が湯気をたてている。


「真ん中、ちょい右。赤い兜飾り。指揮官だ。狙えるか?」


 観測役が射手に言う。


「狙える」


 射手は狙いを重騎兵科の指揮官につけた。

 敵が速度をあげたから、残り時間で狙えるのは二人か三人だ。となれば、指揮官狙いは理にかなっている。

 射手の視線の向こうで、指揮官らしい騎兵が盾を構えようとしていた。狙われていることに気付いたのだ。勘がいい。

 騎兵の未来位置。太矢の軌跡。

 一致するところで、引き金を引く。留め具を外す。弦がびっ、と鋭い音をたて、弩の上の矢が消える。

 太矢が飛ぶ。

 太く丈夫な矢は、ほとんど歪むことなく飛ぶ。矢羽根が錐のように矢を回転させて飛行を安定させる。鏃が空気を切り裂く。重力が少しずつ作用して矢の軌道を地面へと近づけていく。

 太矢が飛ぶ。

 射手が一息をつく間に目標との距離を詰め、命中する。太矢が砕け、赤い染料を撒き散らす。


「命中――盾だ!」


 観測役の言葉に悔しさがにじむ。

 重騎兵の指揮官が、真っ赤に染まった盾を投げ捨てていた。

 射手も唇をかむ。


「弦よし、留め具よし、太矢よし」


 ゴランが息を喘がせながら、装填を終えた。

 引き金を引けるのは、あと一回か。二回か。


+++重騎兵科SIDE+++


 さらに二騎やられた。

 十四騎が掘をぐるりと避け、野戦陣地の入口に殺到する。

 ここまで来れば、弩の射座からは死角になる。

 工兵訓練生が綱を引っ張り、入口に木の柵を立てて塞ぐ。

 先頭を行く騎兵の足が止まる。工兵訓練生が内側から槍を突き出して突く。

 が、きちんとした訓練を受けていないにわか仕立ての槍兵の突きでは、負傷はおろか、鎧破損の判定もない。


「綱だ! 綱を切れ!」


 フォスターは自分も剣をふるって柵を固定した綱を切った。

 柵を引き倒す。陣地の中に三騎が入る。

 馬の足から伝わる地面の感触が、違う。何かがあった。

 先頭を行く騎士が叫ぶ。


「気をつけろ! ここに何か――」


 ばさっ。


「うわああ!」


 地面から、網が出て騎兵を包み込んだ。

 地面に網を敷き、その上に土をかけて隠したものだ。

 網には綱が、綱の先には滑車が取り付けられ、人力で引っ張って持ち上げている。

 先頭の三騎が網に絡まれて動けなくなり、陣地内の道を塞ぐ。


「それ、やっちまえ!」

「おらおらーっ!」


 工兵訓練生が、道の両側の盛り土の上に顔を出し、槍で叩く。

 ガンガンと叩くが、なかなか有効打にいたらない。


「うわっ、すっげーかてえ!」

「こんにゃろ、こんにゃろ」


 それでも、殴るうちに騎士と馬の鎧につけた符が反応し、赤い煙をあげた。

 他の騎士は、狭い道を網と仲間に塞がれて、うまく戦えない。


「馬から下りるんだ! 徒歩で戦うぞ!」


 フォスターが叫び、自分も馬から下りた。

 騎士の鎧は、馬上で使うことを前提にしてある重いものだ。

 しかし、重騎兵科ではかちでの戦闘訓練も十分に積んである。

 そしてひとたび騎士が地面に足をつければ、陣地内の盛り土などの障害は、効力を失う。

 よじ登って、槍で突き、剣をふるう。

 突き伏せられ、打ち倒され、今度は工兵訓練生の側がバタバタと符から赤い煙を出して倒れる。

 個人の武芸による戦いとなれば、騎兵科と工兵訓練生ではものが違う。


 ただひとりを、のぞいて。


「うわあっ」


 盛り土によじ登って戦っていた騎士が、仰向けに落ちた。

 胸甲がへこんでいる。符が弾け、赤い煙が噴き出た。


「なんだ?」

「あ、あいつだ!」


 盛り土の上に、のっしりと現れたのは、オーガだ。

 手に握るのは作業用の大型ハンマー。ヘッド部分に布を巻いて紐できつく結んである。

 鎧はなく、肌の上に直接符を貼ってある。

 オーガは無言のまま、すっ、と頭を下げて盛り土の向こう側に降りて姿を消した。


「野郎っ! 待ちやがれ!」

「あ、おいっ!」


 フォスターが止める間もなく、激昂した騎士ふたりが、盛り土を乗り越えて追う。


 どん。ごん。がん。「うぐぇ」

 がごん。ぼん。「ぐはぁ」


 鈍い音とうめき声。

 二筋の赤い煙が、盛り土の向こうに立ち上る。

 フォスターは、ぎっ、と歯がみして残った七人の仲間を見た。


「あいつはオーガ族だ。鎧はないが、なめるな。全員でいくぞ」


 フォスターの言葉に、七人の騎士はそれぞれの武器を構え直した。


「よし、行くぞ!」


 こんな時だというのに、フォスターの脳裏に、引退した騎士による講義内容が浮かんだ。


 ――我ら騎兵の役割は、戦場のくるみ割り器だ。


 隻眼の老騎士が、そう言ったのを覚えている。

 戦場では個人の武芸の占める割合は小さい。隊列を組んだ歩兵・弓兵こそが軍の背骨であり、これを打ち崩してはじめて勝敗が決する。しかし、隊列と隊列がぶつかっても、なかなか結果が出ない。時間ばかりかかり、片方が崩れた時にはもう片方は疲労困憊して戦果を拡大するどころではないことが多い。

 だからこそ、騎兵の出番である。

 軽騎兵は機動力と弓矢で敵の陣を崩し、重騎兵は突進力と槍で敵の陣を崩す。

 硬いくるみの実を割るように、騎兵は敵の歩兵の陣を打ち崩す。崩れた場所に、味方の歩兵の隊列をぶつければ、より迅速に勝利が手に入る。


 ――だからこそ、騎兵の突撃は、機を見てせねばならない。


 敵が十分に備えているところに騎兵を突撃させれば、被害多くして、得るもの少なし。

 機先を制し、あるいは乱れに乗じて騎兵を突撃させれば、被害少なくして、得るもの多し。


「今になって、そんなことを思い出すとはな」


 敵が十分に備えた野戦陣地に突撃をかけたことで、二十八騎の部隊が、八騎にまで減らされた。だが、多大な被害を受けたからこそ、勝利を諦めることなどできはしない。


「勝つのは、俺たちだ!」


 フォスターは仲間を連れ、野戦陣地の奥に踏み込んだ。

 だが、彼は知るよしもない。


 この戦いの決着が、ここではない場所でつけられようとしていたことを。

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