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29.少年帝バルガイア

 侍女姿の少年帝は、机の上に座ってあぐらをかいた。

 露わになった黒タイツの足に、王子が眉をひそめ、目を細くする。


「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。真面目なヤツだなぁ」


 少年帝が膝を整えた。王子の眉が元に戻る。


「別にほら、歴史に出てくる悪い皇帝のような、淫……荒淫だっけ? オレはそういうんじゃないぞ。今日、ここに来たんだって、ちゃんと……うん、ちゃんと手順は踏んできている」

「宮廷の警備をされている方はご存じ、ということですね」


 王子は「失礼」と言って机に座る少年帝の後ろにまわり、奥の窓のカーテンを少しずらして外を見た。

 誰もいない――ように見えて、庭師がひとり、木陰で休んでいた。

 王子が目を向けると、庭師は、麦わら帽子のつばを掴んで、目礼した。

 宮殿の奥まった部分を預かる本職の庭師にしては、腰に下げた道具の揃え方に違和感があった。少年帝の護衛だ、と王子は判断した。

 昼間なのにカーテンが降りているのは、外から見えないようにするためだ。だが同時に、外の護衛は何らかの方法でこの室内を把握しているはずだった。あるいは連携して別の護衛がいるのかもしれない。


「どうした? なんかあるのか?」

「いえ、何でもありません」


 少年帝が机の上で膝立ちになり、王子の背中ごしに、窓をのぞこうとしたので王子はカーテンを元に戻した。


「それで、どのような御用でしょうか、陛下」

「骨竜を倒した時のこと、聞きたいんだ」


 少年帝が机に座り直すと、目をキラキラさせて言った。


「どうやって倒したんだ? 魔法か? 違うよな、オーガだものな。剣か? 相手は空飛んでたんだろ? あ、でも届かないよな?」


 少年帝の口調が早くなる。

 王子は少し考えてから、答えた。


「陛下、まず骨竜を倒したのは私ひとりの力ではありません。一〇一空挺団の将兵と、飛竜の協力あってのことです」

「そうなのか?」

「それと、骨竜に致命傷を負わせたのは、私の力ではなく、陛下にお借りした力です」

「ん? どういうことだ?」

「魔装具です。私は攻城型の魔装具《豪腕槌》を陛下からお預かりしております」

「ああ、そういう意味か。だが、オレが聞いてる話じゃ《豪腕槌》は一発の破壊力はデカくても、射程は短く、高速で移動するものを相手にするのは難しい。違うか?」

「はい」

「骨竜は、名前は竜だが、トカゲじゃなくて古代のゴーレムの一種。骨っていうのも、体を構成する無数のパイプがそれっぽいからだ。パイプから高圧ガスを噴射して空を飛び回るし、そのガスを熱したり、酸を混ぜたりして敵に吹きかけて攻撃する。そして一定のダメージを受ければ地中に潜って体を復元する。大昔に神蟲と戦うために作られたゴーレムで、スゲエ強いやつだ」

「はい。よくご存じで」


 王子が誉めると、少年帝ははにかんだ笑みを浮かべ、それからぷいっ、と顔をそらした。


「へんっ、アスタロトのジジイは、そんな細かいことなんか、大国の皇帝が学んでおくことじゃねえっていつもお小言だがな」


 ちらっ、と横目で王子の反応を探るように見る。


「宰相殿の立場であれば、その通りでしょう。私も父からは、オーガ族の王子が庭仕事ばかりに精を出すんじゃない、とさんざん小言を言われております」

「へ? 庭仕事?」

「好きなのです。作物を育てるのが。自分で育てた野菜を収穫する喜びに勝るものはありません」

「なんだそりゃ。ヘンなヤツだな」


 少年帝はぷっ、と吹き出した。


「オーガ族といえば、帝国の武の要だ。なのに、そこの王子は野菜作るのが趣味か」

「不肖の息子です」

「だけど、骨竜を倒した」

「仲間にも助けられました」

「詳しく聞きたい」


 少年帝が王子に顔を近づける。

 真剣な表情だ。

 王子は眼鏡をかけ直した。


「では、最初に。昨日、骨竜と戦い、勝てた最大の理由は、一〇一空挺団の飛竜に乗る飛騎士が、遠眼鏡とおめがねを持っていたおかげです」

「遠眼鏡? ああ、望遠鏡、筒眼鏡つつめがねか」

「はい。空挺団は輸送部隊であり、対空戦闘能力は持ちません。飛行中に敵の襲撃を受ければひとたまりもない。そこで、部隊輸送時には、必ず一騎が上空に上がり周辺警戒を行います。それが、遠方から接近する骨竜を発見しました」

「それで、どうしたんだ?」

「一〇一空挺団のグ・スグ飛騎長は、地上への退避を命じられました。正しい判断であると私は思います」

「うーん。オレとしてはつまんねえが、そうなるよな」

「骨竜との戦闘前に、一〇一空挺団のほぼ全員が地上に降りていた。これが勝利の要となりました」

「飛竜もか?」

「はい。大きくて上空から見ても目立つ飛竜には、偽装用の網をかぶせ、カモフラージュしておりました」

「ふん。まあ、ありゃでかいだけで、火を吹くでもなし、毒もなし、だものな」

「ですが、力は強い。これが後で大きな意味を持ちます」

「それで? 地上でどう戦ったんだ?」

「そうですね。これもあらかじめ申し上げておかねばなりませんが、戦いの前半では、私は母と婚約者と共に、隠れていました」

「なるほど。戦力の温存だな?」

「いえ。戦う予定ではなかったのです」

「どういうことだ?」

「骨竜は空を飛ぶ。こちらは地上。やり過ごせるなら、それが一番でした。それに一〇一空挺団と私は、その日に会ったばかりで、連携して戦う訓練も、打ち合わせもしておりません。骨竜がそのまま去ればよし。襲ってきた場合は一〇一空挺団が自衛戦闘を行い、私たちは骨竜が去るまで隠れている。これが当初の予定だったのです」

「なーんだーよー、そーれー。つまんねー。なんでそう、つまんねーことするんだ。お前、オーガだろ? 神蟲との戦いの最前線で暴れまくった狂戦士の一族だろ? せっかくの武功をあげる機会だとは思わなかったのか」

「武功を機会、というのは思いました」

「だろ、だろ。そうでなくっちゃ」

「ですがそれは、もっと利己的なものです。我がオーガ族の白角国は、貧乏で活気を失っています。私はこれをもっと豊かな国にしたい。そのために私の名を売る機会があれば、それはありがたいわけです」

「お、おう……なんか思ってたより、ナマナマしくて切実なのな」

「田舎の自治区はそういうものです。後は個人的な理由もありますが」


 花嫁が女の体になるために、大金が必要なことは黙っていた。


「武功は欲しかったのですが、昨日の時点では骨竜と戦う気はありませんでした。準備が足りていないためです。戦うなら、もっと事前に時間をかけて準備をし、罠を仕掛け、こちらの被害を極限して、一方的に攻撃して勝てるようにして戦いたかったです」

「……容赦ないのな、お前。庭いじりが趣味っていうから、もちっと温厚なのかと」

「陛下。私は畑を荒らす害虫や獣や病気や雑草に欠ける情けなど、ひとかけらも持ってはおりません。私は骨竜に恨みはありませんが、戦うなら情けをかけるつもりもないのです」

「うーん。そういうものかー。軍記物とはいろいろ違うな。で、戦いの流れは?」

「一〇一空挺団は、二個分隊二四名が、対空陣地を作り上げて……」


 少年帝と王子が、熱心に話し込む部屋の壁に、大きな姿見の鏡がある。

 その裏側。暗い小部屋に、二人の男がいた。


「陛下も、普段からあのくらい勉強に熱心であればいいのだが」


 ため息をつく老人は、帝国宰相のアスタロト大公だ。

 すでに百才を超える高齢だが、背はしゃん、と伸びて動きも若々しい。


「それにしても、北の田舎に面白い小僧がいたものだな。オーガ族の跡取りか」

「あの烈女レディの息子だからな。血筋も、育て方もよいのだろう」


 カチカチと音を立てて答えるのは、帝国軍のトランジスタ長官だ。


「レディ……スギヤマの姉か。スギヤマめ、ロクなことをしない男だが、今回の件、あのオーガの王子を世に出しただけでもよしとしよう」


 アスタロト大公とトランジスタ長官は、少年帝と王子の様子を見ていたが、どちらも忙しい身である。すぐに小部屋を出ていき、室内を監視するものはいなくなった。


「……穴を掘って逃げようとする骨竜を、飛竜たちが絡めたワイヤーを引っ張って止めてくれたのです。最後の一撃は、それがなければ逃げられていたでしょう」

「なるほどな。うん、お前が一〇一空挺団の役割が大きいと言った意味がよくわかった」

「何より大きいのは、彼らが自分たちの役割を理解し、こちらの動きを先回りしてサポートしてくれたことです。部隊間の連携を重視し、常日頃からそのための訓練と学習をしている正規軍でなくては、ああはいきません」

「お前の国の、オーガ族の兵団でも無理か?」

「無理です。オーガ族兵団の構成員は、普段は農夫や牧夫で、年に一、二度の訓練以外で戦い方を学ぶことはありません。正面から殴り合う以外の戦い方には向きません」

「そうか……うん。今日はいろいろ勉強になった」

「はっ」

「勅だからな。褒美はいずれとらす。だが、オレからも何かしたいな」

「ありがたいことです」

「何がいいかな。名を売りたいんだよな? けれど、オレがあんま先走ると、いらん嫉妬とか買うだろうしなぁ」

「実益のない、形だけの名誉があれば、それで」

「形だけ……なら、オレの円卓の騎士になるか?」

「円卓の騎士?」

「円卓騎士団ってな。五百年か、六百年か……もうずいぶん前になくなっちまった騎士団なんだが、騎士全員が円卓を囲んで種族や身分の差なく付き合うって騎士団だ」

「今はない、名ばかりの騎士団ですか。わかりました。謹んでお受けします」

「よし、じゃあオレが騎士団長だ。お前は最初の騎士だな」

「はっ」


 王子は床に膝をついて、机に座る侍女服姿の少年帝に頭を下げる。

 少年帝は、ぴょん、と床に飛び降りるとスカートをめくりあげた。

 太ももにベルトで付けた鞘から、ナイフを抜く。


「騎士団のメンバーは、互いの血を飲むんだ」


 くるり、とナイフを回して、柄を王子に向ける。


「まずはお前がオレの体のどこかに傷をいれて血をなめろ」

「陛下、それは……玉体に傷をつけるなど……」

「いいからやれ。種族や身分の差をなくすのが円卓騎士団だ。皇帝であるオレの身を、臣下であるお前が自分の意志で傷つける、ってのが大事なんだよ」

「……わかりました。では」


 ナイフは受け取ったが、王子はしばしためらい、部屋の天井や壁に目を向ける。

 少年帝に傷をつけたとたん、隠し扉から護衛がなだれ込んでくる可能性を考えたのだ。

 だが、この時点ではすでに隠し部屋のアスタロト大公とトランジスタ長官が立ち去っていたため、室内を監視する護衛がいなくなっていた。

 庭師に扮した護衛は、音と気配を読む獣人で、この時にも異常はない、と判断していた。


「早くしろ。そろそろ戻らねえと、ヤバい」

「わかりました――失礼します」


 少年帝は、ナイフを持った王子の動きをちょっと意地悪な目で追う。

 自分のどこを傷つけてくるだろう、と考える。指の先だろうか。目立たないところであれば、掌もある。服などで普段は隠れる場所であれば、足、というのもある。この体も心もどっしりした年上のオーガの青年が、床に這うようにして自分の足の先を舐める光景というのは少年帝の嗜虐心をくすぐった。


 ――よし、なかなか決められないようなら、足の親指にしよう。


 少年帝がそう心に決めると、王子の方も心を決めたのか、少年帝に近づいてきた。

 位置は――高い。丸眼鏡の奥の、けっこうつぶらな瞳が、少年帝の顔に迫る。


 ――え? 顔? こいつ、オレの顔に傷つけようというのか? マジで?


 さすがに、それは想定外だった。

 一瞬だけ止めようとするが、それは少年帝の矜持が許さない。

 それに胸がドキドキする。すごく、ドキドキする。祖母の後を継いで、皇帝の座についた時よりもドキドキする。


「陛下、では」

「ひゃんっ」


 王子に耳たぶを掴まれ、少年帝は身をすくませる。

 チクリ。かすかな痛み。

 ちゅっ。何かが耳たぶを舐める。


「終わりました」

「ふ、ふぇ?」


 王子は少年帝の耳たぶに、ポケットから出したハンカチを当てた。


「耳たぶは、痛みが少ないのです。少し押さえておけば血は止まりましょう」

「……」

「陛下?」

「な、なんでもない! 今度はオレの番だな」


 ナイフを手に、顔を赤らめた少年帝が王子を見る。

 王子は小憎らしいほどに平然としていた。

 ぶっすり深く刺してやりたい気分になる。


「じゃあ、オレは……」


 少年帝は、王子の右耳を指でつつく。

 それから、つっ、と指を滑らせて右の頬を撫でる。


「お前の顔だ。いいな?」

「はっ」


 王子は動じない。落ち着いた表情で答える。

 少年帝は、ちょん、とナイフで王子の右頬に傷をつける。

 ひげそりに失敗して作るより少し深い程度の傷。一日もあれば治る傷だ。

 じわっ、と赤い血が玉を作る。

 少年帝は唇を寄せ、王子の血を吸う。

 ちらと、王子を見る。

 王子の静かな様子に変化はない。

 一度、唇を離す。そして、再び、王子の頬に押しつける。


「これでよし。オレとお前は、円卓騎士団だ」

「はっ。身に余る光栄です」

「ではな。我が第一の騎士。また会おう」

「失礼いたします」


 王子が下がる。少年帝は机の上に座ってその様子を見る。

 扉が開いた。隣室に控えていた王妃と花嫁が立ち上がる。

 花嫁が王子の顔を見てぎょっとする。

 続いて花嫁の視線が、奥の間に。机にあぐらをかく侍女に向けられる。

 侍女姿の少年帝は、ニヤッ、と血で赤くなった唇で笑みを作る。

 扉が閉じる。向こうの間では、何やら糾弾が始まってる様子だ。

 当然の展開といえる。婚約者の顔に、血のキスマークがついていれば、それは糾弾したくもなるだろう。


オレをドキドキさせた罰と……褒美だ、オーガの王子」


 少年帝は血のついた唇に指で触れて笑った。


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