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27.飛竜と第一〇一空挺団


 骸骨城の中庭に、飛竜ワイバーンが降り立つ。

 右の翼に大きく白く塗られているのは、帝国軍第一〇一空挺団のマークだ。

 中庭には、防寒具でモコモコになった王子、花嫁、王妃の三人が並んでいた。

 飛竜の背から、同じようにモコモコな服装の乗り手が降りてくる。ゴブリン族だ。

 ゴブリンの乗り手は口を覆うマフラーを下ろした。三十過ぎ。ゴブリン族としては、もう若くない年齢だ。


「第一〇一空挺、第三輸送大隊第一中隊のグ・スグ飛騎長です。皆さんを帝都へ運ぶよう、命令されております。ですが、最初に言っておきます。空の上では何が起きるかわかりません。中隊飛騎長として私は飛竜を守るためにあらゆる手段を尽くす権限を皇帝の名の下に与えられております。その中には余分な積み荷を空中で捨てることも含まれます。そして余分な積み荷とは、人も例外ではありません」


 そして何か文句があるなら言ってみろ、という目で三人をにらみつける。

 しかし、予想した反発や恐怖はなかった。


「了解した」デカいオーガ族の男がうなずく。

「うん」真ん中のサキュバス族の娘が言った。

「よろしくね」エルフ娘までいる。


 グ・スグは困惑した。反応が想像していたのと違ったためだ。

 数日前、帝都から駐屯地に飛んできた伝令役の飛竜が今日の長距離飛行訓練計画の変更を伝えてきた。

 こうした変更そのものは、さほど珍しくはない。不確実性の高い軍隊においては物事が予定通りにいくことはまずない。現場には理由のわからない命令変更が、上からいきなり飛んでくることが、絶対に『ある』と思わなくてはいけない。

 平民出身で一兵卒からスタートし、軍で士官教育を受けたグ・スグにはその理由もわかる。視点の違いだ。空を飛ぶ飛竜乗りなら誰もが実感しているように、高いところから見下ろせば、視野が広がる。視野が広がれば、入ってくる情報も、それに基づく判断も違ってくる。現場という下層では得られない視野が、上級司令部にはある。

 だからといって、上級司令部が正しい判断を下すとは限らないのが、軍隊の難しいところだ。視野の広さと、有能無能は別の問題である。

 ましてや今は平時だ。三百年続く平時。それが帝国軍の改革をどれだけ遅らせているかは、グ・スグのような職業軍人にとって、考えるだに恐ろしい。

 もし今、帝国が戦争に突入したならば。

 果たしてどれほどの損害が生じることか。

 常日頃、そのようなことを憂えているものだから、「おエライさんの便宜をはかる」的な計画変更がきた時、グ・スグは憮然とし、ここはひとつ、出会い頭に一発かましてやろうと思ってきたのである。


「上空ではすべて現場指揮官にお任せするわ」

「はっ。それで、お荷物は?」


 グ・スグは周囲を見回す。中庭には三人の他におらず、床に旅行鞄が積み上げられている様子もなかった。目に入るのは、三人が背中に負っている鞄だけだ。


「私たちが背負ってる分だけよ。もし運ぶのが無理なら言ってね。事前にここに置いていくから」

「はっ」


 調子が狂う、とグ・スグは思った。

 三人の中で、リーダーなのはエルフの娘のようだ。堂々として、落ち着いている。飛竜に対しても、恐れる様子がない。

 外見からエルフの年齢はわからないが、意外と年長者なのかもしれない、とグ・スグは考えた。


「では、橇を下ろします。乗ってください」


 グ・スグは、白と赤の手旗を取り出し、空に掲げた。

 上空を円を描いて旋回している飛竜のうち、一羽が輪から抜けて降下してくる。

 飛竜の腹帯から伸びるロープには貨物や兵員を運ぶ『橇』がつながっている。人員輸送であれば、武装した兵士十二人が、ひとつの橇で運べる。

 グ・スグが手旗信号で高度と角度を調節すると、空を飛ぶ飛竜はぐっと速度を落とし、橇を切り離した。地上に落下した橇は、二度、三度と大きくバウンドした後、その名の由来となった橇で滑りながら地上を滑走し、そして止まった。

 橇を切り離した飛竜が再び空に舞い上がる。


「うわあ……あれに乗るんだよね……うわあ……」


 サキュバス族の娘が青ざめるのを見て、グ・スグは少しだけほっとした。

 これが普通の反応である。

 橇を下ろした飛騎手とはあらかじめ打ち合わせをして、わざと乱暴な落下をするように言ってある。中に入っているのが荷物だけで、乗客がいない時の落とし方だ。飛竜を空の旅を提供してくれる単なる便利な足としか考えていない貴族なら、これを見ただけで乗るのをやめてくれる。


「さ、乗りましょ」


 エルフ娘は平然とした様子で橇に向かう。そしてオーガ族の男に手伝わせて橇に乗り込んだ。その時に、ちらっとグ・スグの方を振り向く。

 くすっ、というエルフ娘の笑い声が聞こえた気がした。


 ――見抜かれてるか。やはり見かけ通りの年じゃないな。


 上空に上がってからも、雲の中に突入するなどして脅かしてやろうと考えていたのだが、止めておいた方が無難だ、とグ・スグは判断した。

 グ・スグは手旗信号を持ち上げ、部隊に合図を送る。三羽の飛竜が、下降しつつ、フックのついたロープを腹の下に伸ばしていく。橇を持ち上げての離陸に必要な揚力を得るには、一羽では足りない。三羽で持ち上げ、空中では一羽が運ぶ。疲弊しないよう、数刻ごとに地上に下ろして交代で運ぶので、橇ひとつにつき、三羽から四羽の飛竜が必要とされる。今回の訓練には、グ・スグの一個中隊が予備飛竜も含めて十二羽で三つの橇を運んでいる。そのうちのひとつを、民間人に奪われたのだ。


 ――しかし……何者だ、あの奇妙な三人組は?


 自分も飛竜にまたがって空に上がり、グ・スグは考えた。

 グ・スグのいる航空軍は帝国軍正規部隊だ。かつての帝国軍は各自治国の長が、自分の種族の兵を率いて参加する封建的な軍制をとっていたし、今も形式上の主力はそのままだ。

 正規部隊と自治国部隊の仲はよくない。それどころか、接点がほとんどない。


 ――白角国は、オーガ族の国。あのデカいのは自治国部隊の上級将校……にしては若いから、下士官か、下級将校か。


 平民上がりのグ・スグはオーガ族の白い角が王族を示すものであることを知らない。


 ――あのオーガは、エルフ娘とサキュバス族の娘の護衛といったところだな。エルフ娘が三人のリーダーなのは間違いないが、エルフがオーガ族の自治国に何の用なのか。それにサキュバス族……帝都ならともかく、こんな辺境にサキュバスの娘?


 金持ちの貴族が道楽で旅をしているのではない、ということはグ・スグにも感じられた。


 ――道楽でないとすると、仕事……それも、諜報関係か。あまり深入りするようなことはしない方がいいかもしれんな。


 ならば、奇妙な三人組のことは忘れ、最近は十分な予算がつかないので回数をこなせない、長距離輸送訓練に集中しよう、と気持ちを切り替える。中の三人について配慮しないですむ、というのならば、それはそれでありがたいことだった。気分が悪くなったから今日はもう空を飛ぶのはやめろだとか、空中に尻を出して排泄なんかできるか地上へ下ろせだとか、泣き言を言わない乗客なら、訓練メニューを完全にこなすことも可能だ。


======


 第三輸送大隊が、帝都の北東にある駐屯地上空へ到着したのは、日没からさらに時間が過ぎた、深夜に近い時間帯だった。


「飛行物体! 三時の方角、高度五〇〇! 数……三! 識別……一〇一、第三、第一! 後続、有り!」


 きらきらと輝く翼を見つけ、見張り員が声をあげる。夜間飛行する飛竜は翼に蛍光塗料を塗り、足にカンテラをくくりつけてある。

 やがて数は十羽にまで増えた。

 駐屯地が受け入れ準備を整えている間、十羽の飛竜は空を旋回し続ける。

 本部建物の長椅子で眠っていたオーク族の壮年の軍人は、従卒に起こされ、太った腹の上にのせていた制帽を持ち上げ、頭にかぶった。太めの体に似合わぬ機敏な動きで、飛竜の滑走場へ駆ける。

 滑走場には狼耳をした獣人族の中佐が、すでに来ていた。


「モウトン将軍。こちらへ」

「ずいぶん遅かったな。おい、橇の数は?」

「二つです……信号では、けが人がいるそうです。治療師を用意しています」

「ブウ」


 オーク族のモウトン将軍は大きな鼻を鳴らした。あれこれ問い質したくなるのをぐっと我慢する。

 今日の長距離輸送訓練は、開始直前になって中央から横やりが入るなど、最初からトラブルの予感に見舞われていた。被害があっても、横やりを入れた連中が責任を取ることはない。腹を切るのはモウトン将軍ひとりだ。鼻を鳴らしたくもなるというものである。


「負傷者のいる橇を先に下ろします。よろしいですね」

「ここの指揮官は君だ」

「はい」


 半ば破壊された橇が滑走場へと降りてくる。

 先端に、ひしゃげたところ、穴のあいたところがある。何かに掴まれ、突かれたのだ。

 担ぎ出されたのは、ゴブリン族の空挺兵だ。

 ゴブリン族の中佐が橇のところへ駆け寄り、空挺兵の分隊長と会話をする。

 担架で運ばれる空挺兵に声をかけて励ました後、中佐はモウトン将軍のところへ戻ってきた。


「マシュー山の骨竜です」

「神よ呪われよ! 何人やられた?」

「飛竜二羽が翼を酸で焼かれました。地上退避させています。これから回収班を送ります。兵の負傷は一〇。うち重傷は三。死亡〇です」

「そうか。骨竜の現在位置は? 部隊を送って、ここで仕留めるぞ」

「部下の報告では戦果は骨竜一。完全破壊です」

「ブウ?」


 モウトン将軍が鼻を鳴らす。

 骨竜は、外見の類似から竜と名前がついているが、ゴーレムの一種だ。酸を吐き、鋭いクチバシや爪で攻撃する。

 対する飛竜隊は、あくまで輸送部隊。空挺団を橇で運ぶのが仕事で、空中戦で骨竜にはかなわない。

 常識で考えれば、報告は何かの勘違いだ。確認のための偵察部隊には、十分な重火器を持たせて出発させるべきか。

 考え込むモウトン将軍の前で、続いて二機目の橇が降りてきた。

 ゴブリンの空挺兵がハッチを開け、外に降りる。そして橇の外板に向かって手をつく。

 続いて、エルフ娘が出てきた。先に降りた空挺兵の肩を踏み台にして、地面に降り立つ。


「あのエルフは……いや、まさか。レディか!」


 モウトン将軍は慌てて立ち上がり、橇に向かって駆け出した。

 エルフ娘が、踏み台になったゴブリン空挺兵に礼を言う。空挺兵は顔を真っ赤にして直立不動だ。


「レディ! 閣下!」


 駆け寄りながらモウトン将軍がエルフ娘に呼びかける。

 エルフ娘はあら、という顔で近づくオークの将軍を見た。

 懐かしい、という柔らかな笑顔が浮かぶ。


「あなたはモウトン君ね。まあ、立派になって」

「覚えていただき、光栄であります閣下!」


 いかついオークの将軍が急停止。エルフ娘に背筋を伸ばして敬礼する。


「私はもう、予備役ですらないわ。敬礼はいらなくてよ。それと閣下も」

「は。では、何とお呼びすれば……」

「トモエで――とはいかないでしょうから、王妃で。今の私は、白角国のオーガ王、グランの妻です」

「わかりました、トモエ王妃」


 グランの名前を聞いたモウトン将軍の顔が苦虫をかみ潰したものに変わる。

 トモエ王妃に続いて橇から、出てきたのは背の高いオーガの青年と――「わっ、わっ、いいよ、ひとりで降りられるってば!」――その腕に抱かれたサキュバス族の娘だ。

 オーガの青年の顔を見たモウトン将軍の顔が、驚愕に歪む。


「グランっ! いや……」

「息子よ。ゴラン。抱いてるのが婚約者のエミリアね」

「そうでしたか。いやしかし、体つきとか、あのクソ餓鬼に……し、失礼しました!」

「いいのよ。モウトン君は、グランと仲がよかったものね」

「よしてください」


 本気で嫌そうな顔になってモウトン将軍が首を振る。

 花嫁を抱いた王子が橇から飛び降りた。着地する。

 着地の衝撃で、眼鏡の位置がズレたので、腕に抱かれた花嫁が手を伸ばしてかけ直す。


「ありがとう、エミリア」

「どういたしまして、だよ。ゴラン様」


 続いてゴブリンの空挺兵が降りてくる。分隊ごとに二列に並ぶ。各分隊長が全員の名前を確認し、最初の橇で降りた負傷者の名前もチェックする。

 モウトン将軍がトモエ王妃に話しかける。


「骨竜を落としたと聞いた時には、疑う気持ちもありましたが、閣下……いえ、トモエ王妃がおられたのならば、納得です」

「今回、私は何もしてませんよ。やったのは、あのふたりです」

「は? いや、本当に? ですが……相手はあの骨竜ですぞ?」

「もちろん、第一〇一空挺の皆さんの力添えがあってのことです。よい部下を育てましたね、モウトン君」


 残りの飛竜が降りてきた。

 飛騎長が乗り手と飛竜の点呼を取る。

 そして、それが終わった後、全員が王子と花嫁に向いた。


「マシュー山の骨竜を倒した、偉大なる竜殺しのオーガ族王子、ドル・ゴラン・ドットーリオ・バレス・アグラ・オーガリオス殿下と、その婚約者で魔術の使い手たるエミリア・ラ・ユーラルジール・フォルアスト・メーラ・オル・サキュバシリオ姫に、全員、敬礼っ!!」


 王子が泰然とうなずき、花嫁がうれしそうに手を振る。

 モウトン将軍は唖然とした表情で、トモエ王妃を見る。

 トモエ王妃は、くすっ、と笑ってウィンクした。


「私の自慢の息子と、そのお嫁さんよ」


 飛竜たちが、自分たちも空挺団の皆に負けまいと、夜の空に鳴き声をあげた。

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