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22.王子の求婚

「ボクの本当の名前は、アッシュ・ド・イリスタ・クスト・メーラ・オル・サキュバシリオ。エミリアの……弟です」


 花嫁の告白は、オーガ族とサキュバス族、ふたつの種族の婚姻話を根底から揺るがすものだった。

 まだまだ帝国内では結婚とは家同士の結びつきという考えが強い。

 まして、王族同士の結婚というのは、政治と密接に結びついている。だからこそ、種族間婚姻法が定められ、安易な結婚による結びつきが禁じられているのだ。

 少し前の時代であれば、これで両者が断交になってもおかしくない。

 現代においても、これが世に知られれば大きな醜聞となる。特に騙された側になる白角国とオーガ族が受けるダメージは深刻なものだ。世の物笑いの種になるだけではない。他国との外交においても、簡単に騙される、頼りにならぬ相手と侮られる危険があった。

 騙す側よりも、騙される側のデメリットが多いのが、外交というものだ。

 それほど重い告白に対し、王子の反応は――


「わかった」


 たいへん、薄いものであった。


「あ、あの、ゴラン様……驚かないの?」

「驚いている」


 王子は腕を組み、花嫁をじっと見た。

 ここにいる王子と花嫁は、実体ではない。《魂結合》で、花嫁は王子の精神世界に入っている。両者共に、己の写し身をイメージしている。

 王子の目に映る花嫁は、服を着ていることもあって、男女の性差がほとんどない。

 幻覚魔術で作り上げた豊かな胸や、滑らかなカーブを描く腰つきがないが、それでも全体的な印象は、女性寄りである。

 見知らぬ人に花嫁を見せて、男か女かと質問すれば、十人中九人くらいが女と答えるだろう。


「まるで、気付かなかった」

「うん。ゴラン様はそうだよね。うん」


 喜ぶべきかどうか、花嫁としても迷う。


「あなたのご両親、つまりサキュバス族王家は、この件をどう処理する気なのだろう?」

「こっそりお姉ちゃんを探して見つけて捕まえて、それから、何食わぬ顔で、ボクと入れ替えるつもりだと思う」

「だめだ。あなたの姉との結婚は断らせてもらう」


 ためらいも、動揺もなく言い切る王子に、花嫁は一瞬、目の前が暗くなる気持ちだった。


「そう……だよね。そんなムシのいい話を受けることは……ありえないよね」


 花嫁は、まさにその、ムシのいいことを考えていた。

 もし、姉が王子と結婚すれば、自分は王子の義弟である。

 サキュバス族の王統は女系であるから、自分に回ってくることはない。

 王子と結婚した姉と一緒に白角国に行き、たとえば宮廷魔術師のような立場で、王子を支え続けることができるなら、と。結婚できなくとも、良き友人として、王子のそばにいれられたら。

 王子の一言で、その未来図が破壊されたのだ。ショックでないはずがない。

 ここは精神世界。精神にショックを受ければ影響が出る。花嫁の周囲の空間が白黒の陰鬱なモノトーンになった。


「いや、ムシがいいのは私の方だ」


 ふらつく花嫁の手を取り、王子が握る。

 白黒の世界で、そこだけ、色がつく。


「私は、あなたの姉と結婚することはできない。私の花嫁は、あなただ」

「へ?」


 花嫁は首をかしげた。

 今のは本当に、王子が口にした言葉だろうか、と思う。

 ここは精神世界。王子が口にしない言葉を、願望ゆえに勝手に聞こえてしまうことだって、ありえなくは、ないのだ。

 花嫁が、ぼんやりとしていると、王子は繰り返し、言った。


「何度でも言おう。私はあなたを愛している。あなたと結婚したいから、お姉さんとは結婚できない」


 白黒だった世界に、色が広がっていく。

 花嫁は自分の頬を指でつまみ、つねる。痛くない。

 ここは精神世界。幸福で満たされれば、痛みなど消える。


「痛くない……やっぱり、夢?」

「夢ではない。アッシュ、私と結婚してほしい」


 王子が花嫁の手を引き寄せる。

 力がこもっていないのに、あらがえない。むしろ、飛び込む。

 王子の胸に抱かれ、このまま死んでもいいかも、と思う。


「……って! ダメだよゴラン様! それ無理だって!」

「なぜだろう」

「子供! 赤ちゃん! 王子は直系男子の最後のひとりだし、オーガ族は魔装具を継承する一族でしょ。ゴラン様に赤ちゃんができないと、大変だよ」

「あなたの言う通りだ。私の父上も、子供ができないとなれば、結婚を許可してくれないだろう」

「何か手があるの?」


 王子が自信満々なので、花嫁は希望を抱いて聞いてみる。

 王子は首を左右にふった。


「ない」


 希望は消えた。


「じゃあ……どうするの?」

「私とあなたで、一緒に考えよう。一緒に乗り越えよう。それが夫婦だと私は思う」

「……うん」


 希望は消えたが、やる気が出てきた。

 花嫁は、魔術学校で学んだこと、家で学んだことを思い出してみる。

 一般的な変身には《幻影》の魔法を使う。

 これは魔術的な霧を作りだし、光の屈折を変えてそこに望む姿を投影するものだ。人にかければ変身になるし、穴の上にかけて隠せば落とし穴になる。魔法のレベルが上がれば、魔術的な霧を増やして元の体よりも巨大な姿になることもできる。応用範囲が広く、さまざまな分野で使われている。

 しかし、魔術的な霧は探知しやすい。階梯レベル持ちの魔術師にはまずきかないし、一般人であっても、カンが鋭ければ見破られる。

 花嫁が使っているサキュバス族固有の《変容》は、皮膚から骨格、筋肉、脂肪まで手を加えて、肉体を作り替える本格的なものだ。たとえ魔術師でも、見破ることはできない。帝国では有数の高位魔術師であるスギヤマも、気付かなかったほどだ。

 だが、花嫁の使える《変容》では、子供は作れない。

 花嫁の変身魔法では、体の中の臓器までは変更されないからだ。

 たとえば、女の外見になっている時でも、花嫁の股間には、あるものがある。

 そこも《変容》で変えられるようになっても、今度は魔術の持続時間の問題が出てくる。

 今のように、毎日かけ直す必要があるようでは、妊娠はできない。


「ボクが頑張って魔術の腕を上げれば……より上位の魔法で完全に女の体になることができれば。子供を産むこともできるようになるよ」

「なら、そうしよう」

「問題は、どのくらいボクの階梯上げに時間がかかるかで……何年くらい余裕って、あるんだろ?」

「この件、父上と母上には、すべてをお話せねばなるまい」

「だよね。隠せることじゃないものね」

「その上で、父上にお許しをいただき、時間の猶予をもらう。四年か、あるいは三年か。可能だろうか?」

「うう……本当は十年かかる修練が必要なんだけど……」

「短くする方法は?」

「優れた導師に教えてもらうとか……とにかく、たくさん魔法をかけて練習するとか……どっちも、お金かかるんだよね」

「金か。それは難問だな」


 魔術学校で学んだことで、花嫁は古代の高位階梯魔術師に匹敵する魔術の知識をすでにもっている。しかし、知識と実践は別だ。

 魔法の習得には、魔素が大量に必要となる。魔人族やドラゴン族のように魔素を大量に蓄えている種族はともかく、サキュバス族の魔素のキャパシティは並だ。一日に自分の魔素で使える魔法の回数は、三~五回が限度。それ以上となると、魔石などで外部から魔素を補給しなくてはならない。これに大金がかかる。


「前途多難だね」

「そうだな。だが、私とあなたなら、乗り越えられる。私はそう信じている」

「ボクも……ボクも信じるよ。ゴラン様とボクなら、絶対に大丈夫だって」


 王子の腕に抱かれたまま、花嫁は目を閉じた。

 自分がひどく疲れていることに気付く。

 《魂共有》で生命エネルギーの多くを王子に委ねたせいだ。


「ボク、そろそろ戻らなきゃ」

「わかった」

「また、後でね」

「うん」


 花嫁は王子の胸に、自分の匂いをつけるかのように頬をこすりつけ、そして消えた。

 花嫁が去った後の周囲の空間には、色とりどりの美しい花畑が広がっていた。


期限まで:九日

功績ポイント:三十点(大迷宮の探検十点+郵便開設十点+ドワーフ族発見十点。百点で結婚許可)+神蟲討伐(??点)

現在地:大迷宮

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