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2 花婿はオーガ

 白角国の首都、骸骨城は巨大なカルデラ湖のほとりに位置している。

 北の異界門から侵攻してくる神蟲の群れに備え、およそ千年前に第三代魔皇帝がオーガ族をこの地に送って守らせたのが、骸骨城と白角国の始まりである。

 オーガ族はよくその任を果たし、数多の血と魂を代価に、神蟲をこの地で食い止めた。

 しかし、異界神の眷属を相手としたいさおしほまれも、三百年前まで。三百年前の大侵攻を最後に異界門は長く閉ざされたままであり、オーガたちが国をあげて戦う相手がいなくなって久しい。

 魔皇帝から賜った魔装具を収めた塔は蔦に覆われて扉すら見えなくなり、きら星のごとき豪傑たちが集い騒いだ大広間は、ネズミが駆け回っている。

 そして、各地から集められた若者を鍛える練兵場には、木々や草が生い茂っていた。

 その練兵場で、背丈ほどもある雑草をやぶこぎしながら執事が主を探す。


「王子! どこにおられますか、王子! ドル・ゴラン・ドットーリオ・バレス・アグラ・オーガリオス王子!」


 執事はオーガではなく、ゴブリン族だ。オーガ族は統治にまつわる細々とした仕事を苦手としており、ゴブリン族が家宰を務めている。


「ここだ、ア=ギ」


 低いが、よく響く声を頼りに、執事はやぶをこいで進み、そして抜ける。

 練兵場を埋め尽くす雑草の一部を刈って作られた小さな空間は、菜園となっていた。

 野良着を着たオーガが、執事に背を向け、しゃがみこんで苗の植えつけをしていた。

 せっせせっせと、太い指を器用に動かして、育苗箱で育てた野菜の苗を、黒い土の上に丁寧に等間隔で植え付けていく。


「ゴラン王子! まだそんな格好で! もうすぐ花嫁が到着しますよ!」

「む、もうそんな時間か」


 オーガ族の王子は顔をあげて太陽の位置を確認した。庭いじりに集中していて、時間が経つのを忘れていたのだ。

 よっこいせと立ち上がる。

 正面を向いていた執事ゴブリンの首が、ぐううっ、と仰角を上げる。

 小柄な執事ゴブリンと比べると、倍近い背丈だ。額の中央には、王族であることを示す、三本目の白角があった。

 ズリ落ちていた度の強い分厚い丸眼鏡を押し上げ、王子は執事に謝る。


「すまない。今日のうちに苗の植え付けをすませておきたかったのでね」

「花嫁よりも優先することですか、ソレ」

「うむ。まあ、なあ」


 眼鏡を外して手元でいじりながら、もにょもにょと王子が口ごもる。

 顔の造作はいかついが、整っている。アラクネ族の祖母、エルフ族の母がいずれも美形であり、その血をひいているためだ。


「はぁ……まあ、わかってますよ。ゴラン王子が女性を苦手としておられるのは」

「うん」


 王子は素直にうなずいた。

 戦においては無類の勇気と果断さを示すオーガ族だが、家庭にあっては役立たずも同然となる。ゴラン王子の父王も、先代も、家の中のことはすべて奥方が差配している。


「だからこそ、礼儀が大事です。苦手の克服には時間がかかりますが、礼儀さえきちんとしておけば、関係の悪化は最小限ですみます。礼儀とはすなわち、相手のことを尊重する、ということですから。夫婦の間で愛を育むのは、それからでよいのです」

「うん、きみの言う通りだ」

「おわかりいただけて何よりです。では、着替えがありますので。あ、ここはそのままにしておいて結構です。後でドム爺さんにやらせます」

「あー」


 少し困った様子で王子が眼鏡をいじる。

 王子の幼なじみでもある執事は、それだけで察する。


「まだ苗が残っておりますか?」

「うん。私の部屋にね。育苗箱がもうひとつある」

「わかりました。そちらも植え付けさせておきます」

「ありがとう」


 王子がほっとした笑みを浮かべる。

 気立てのよい人ではあるのだよな、とゴブリン執事は考える。

 武張ったことよりも土いじりが趣味であるのも、戦から遠ざかった今の白角国にとってはマイナスではない。農業は国の根本だ。長く続く平和の中で、ゆっくりと衰退しつつあるこの国を建て直すには、むしろふさわしい。


「少し派手ではないかな、これは」

「そんなことはございません。よくお似合いですよ」


 突っ立ったままの王子に執事が礼服を着せた後、ふたりは城の中庭に向いたベランダのある二階の部屋へと移動した。

 王子は居心地が悪そうに首まわりを緩めようとしては執事に怒られる。


「花嫁は、先ほど到着しました」

「そうか」

「今は控え室で準備を整えられています。もうすぐこちらにこられます。王子、額の角飾り、いじらないでください」

「すまない。でも、この角飾りについている魔石に神蟲のものがあるけど、私ではなくてご先祖様の武功だぞ。私が倒したのは、菜園を荒らすイノシシやモグラくらいだ」

「いいんですよ、ほら、根元の黒い輪は、先祖の武功であることを示すもので、これつけとけば、自分の武功でなくても問題はない習いです。だいたい、三百年の平和で、武功をあげる機会なんかありゃしないんですから」

「服も胸や腕や太ももがきつい。かがんだら、弾けそうだ」

「先代様の衣装を仕立て直したんですが、ギリギリでしたからね。それ着ている間はあまり動かないでください。背も丸めないで」

「ううむ」

「あ、眼鏡をはずしてください。私が持っておきます」

「これないと、ろくに見えないんだが」

「また近視が進んだんですか。夜中に本ばかり読んでるからですよ。お、花嫁の準備ができたようです。ここでお待ちになっていてください」

「え? 私だけなのか?」

「まずは、お見合いです。結婚は決まってますが、相手の格式に合わせてしきたり通りに進めないと。魔帝から竜車の使用を許されてるサキュバス族が相手なんですから」

「何を話せばいいのかわからないんだが」

「挨拶だけして、後は相手に任せてください。王子が気の利いたことを言おうとするよりは、花嫁に任せた方がうまくいきますって」


 コンコン。

 扉が叩かれた。

 すっ、と執事が後ろに下がる。

 ぎっ、と扉が開かれる。

 扉の向こうにいるのは、赤いドレスを着た花嫁と、そのお付きのメイド。


「サキュバス族が姫、エミリア・ラ・ユーラルジール・フォルアスト・メーラ・オル・サキュバシリオ様でございます」


 メイドがよく通る声でおとないを告げる。

 花嫁が、小さくぺこり、と頭を下げた。

 執事とメイドは、顔を見合わせてうなずき、部屋の外に出ると一礼した。

 扉が閉じ、部屋の中にはオーガの花婿と、サキュバスの花嫁が残された。


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