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18.封じられていたモノ

 魔装具が封じられている蔵の場所に近づくにつれ、道幅が広くなっていく。

 同時に、気温も上昇してきた。

 王子と花嫁の額に、汗の玉が浮かぶ。


「ゴラン様、なんだか暑くなってない?」

「うん」


 タオルで汗を拭い、王子は周囲を見回す。

 変わっているのは、気温だけではない。

 迷宮内に明かりがほとんどなく、闇に閉ざされているのだ。

 メンテナンスされずに数百年を経過しているので、迷宮内の人工の明かりはほぼ消えている。だが、地上の光を鏡とガラスを組み合わせて採り入れる仕掛けは、それなりの割合で残っていた。

 前回のソリウムとの往復で街道として整備した通路も、採光の仕掛けが多く残っている区画を選んでいる。


「暑いっていうより、蒸し蒸しするよね」

「うん」


 花嫁が、襟元をぱたぱたと仰いで風を送る。

 カンテラの赤みがかった明かりで、花嫁の胸元が陰影を強調する形でのぞけてしまい、王子は視線をそらした。

 一呼吸。二呼吸。

 もういいかと、視線を戻す。


「……じー」


 花嫁が、こっちを見ていた。


「……ゴラン様、ボクのおっぱい、幻覚魔法を使ってるって知ってるよね」

「はい」

「ちっちゃい方がいいって言ってたのに、やっぱりゴラン様もおっぱい好きなんだ。ぷんっ」

「いやその……凹凸があると、つい目が……すまない」


 王子が頭を下げて肩を落とすと、花嫁はくすっと笑った。


「ごめん、冗談。怒ってなんかないよ。それと……空気が蒸し蒸しするの、このへんの換気が悪いせいかも」


 花嫁の指摘を受け、王子は壁を調べた。

 換気は、採光と同じく通路に仕掛けがしてある。


「ここも塞がれている」

「こっちも、塞がれてるよ」

「採光窓も、通風口も、こちら側から蓋をして施錠してある」


 採光窓や通風口は、地上で嵐になるなどすれば、水や土砂が入ってくる危険がある。

 それを塞ぐ蓋があるのは、当然のことだ。

 これまでは、そう考えて特に疑問には思っていなかった。


「ゴラン様、どうしたの?」

「一昨日、ハナが言ってたことを覚えているか?」

「えーと、確か……迷宮を呪いか毒が満たしてた可能性があるって……あ」

「このあたりが、その中心だったとすれば、ドワーフたちが採光窓や通風口を塞いだのかもしれない」


 王子の言葉に、花嫁は息苦しさを感じて喉に手を当てた。


 ――今は消えてる。けれど、密閉されていたら? たとえば、封印の中とか?


 しばらく考えて、荷物から、魔術書を取り出す。

 ページをめくって、強度の強い結界の呪文を選び、紙に魔術文字で記して符を作る。

 三体のウッドゴーレムを呼び、長い棒の先に符を取り付け、呪文を発動させた時には、どう動けばいいかを命令する。


「簡易型だけど、少しは効果があると思う」

「どのくらいだ?」

「走って逃げる余裕があるくらい」

「十分だな」


 準備をすませて、さらに前進。

 魔装具が保管されている蔵のあるというポイントへ到着する。

 そこは、魔装具の蔵という言葉から想像されるものと違い、ただ、通路を断ち切って、入口も何もない、のっぺりとした壁があるだけだった。


「この奥か。壁そのものが封印になっているようだ」

「提案があるんだけど、言っていい?」

「どうぞ」

「場所だけ確認して、一回、戻るってどうだろう? 封印を解除してしまえば、もう一回、かけ直すことはできない。もし、まだ呪いか毒が残ってたら、危ないよ」

「ふむ……」


 王子が腕組みをして、しばし考える。

 やがて首を左右に振った。


「いや、やろう。放置はできない」

「この封印、三百年前から、このままなのに?」

「これまでは、封印の存在そのものが知られていなかった。だが、すでに叔父上を通して法務局にドワーフの魔装具の一時使用について、申請が出されているはず」

「あー……そっか」

「叔父上の判断は正しい。ここにある魔装具は、法律上はドワーフ王に賜われた帝国の宝で、他種族が触れていいものではない。最悪、帝国への反逆となる」


 対城、対軍、対神などの魔装具は、その絶大なる威力ゆえに戦略兵器として扱われる。王子が継承した《豪腕槌》も、法律の上では皇帝の私物をオーガ族に貸与している形だ。


「だが、法務局に提出したということは、ここに魔装具が収められていることが天下に知れ渡ったということでもある。よからぬ奴らが手に入れようとする危険は避けねばならない。だか、それより恐ろしいのは――」

「魔装具と一緒に、中にある呪いや毒が噴出したら、だね」

「そうだ。まだ残っているかどうかはわからないが、もしあるのなら、危険はちゃんと認識し、把握しておきたい」

「わかった」

「では、封印を解除する。離れていてくれ」

「うん」


 とことこと、花嫁が二十短里(約二十メートル)離れ、魔術書を手にする。

 花嫁を中心に、三体のウッドゴーレムが三角形を作る。ウッドゴーレムの手には符をつけた棒がある。


「もう少し離れていてくれると、安心なのだが」

「ダメ。ゴラン様を支援できる距離でないと意味ないもの」

「そうか」


 花嫁の、口を引き結んだ表情を見て、王子は無駄な問答はせず、壁に向き直る。

 右手に、スギヤマが用意した封印解除の護符タリスマンを持ち、呼吸を整える。

 オーガ族の王族である証の、三本目の白い角が、輝く。

 王子は魔法は使えないが、体内に蓄えた魔素のキャパシティは大きい。

 その魔素が、手にした護符の中に流れ込む。

 王子は、護符を壁に押しつけ、封印解除の言葉を唱える。


『時はきた。

 眠りから目覚める時が。

 時はきた。

 再び立って戦う時が。

 地中に眠りし同胞たちよ。

 いざ、我らと共に戦わん』


 言葉を唱えると同時に壁が震えはじめる。

 さらさらと、壁の表面が崩れ、小さな埃となって舞い。散る。


「ゴラン様! これから、このあたり一帯に魔法をかけるから!」

「何の魔法だ?」

「《暗闇》の魔法! 周囲が真っ暗になるけど、驚かないで!」

「わかった」


 《暗闇》は、対象の周囲を影で包む幻覚系の魔法だ。

 人にかける魔法は抵抗されて無効化される危険があるが、対象が床や地面なら、魔法が発動さえすれば確実に効果を発揮する。

 花嫁が精神を集中させて魔法を発動させると、床から黒い影がにじみ出て、王子と花嫁、三体のウッドゴーレムを包んだ。

 視界が閉ざされる。互いの姿が見えなくなる。


「ゴラン様!」

「ここにいるぞ」

「愛してる!」

「私もだ」


 王子の声に動揺はなかったが、花嫁は王子がくすぐったそうな顔で眼鏡をいじっているのが見える気がした。

 ふふっ、と暗闇の中で唇をほころばせる。


 ――ありがとう、ゴラン様。何も言わずにボクの魔法を受け入れてくれて。でも、周囲が見えないから、解除のタイミングが難しいな。スギヤマは、この後、ハナちゃんタマちゃんと一緒に逃げろ、って言ってた。逃げろっていうのは何から……あ?


 光が、見えた。

 普通ならば《暗闇》の中に、光が届くはずがない。

 それでも、光は見え、どんどんと強くなる。

 まぶたを閉じ、腕をあげて目を隠しても、なおもまぶしい。


 ――何これ? 光じゃなくて神気? ううん、魔素も入ってる。うわっ、吸収する気がなくても体の中に魔素が入ってくるよ。なんて濃度……ていうか、すごいもったいない! たぶん、帝国全土で一日に使う魔法の総量よりも多い魔素がこのあたり一帯に無駄に放出されてるよ! これで魔石合成できたら、大富豪に……ううん、そんなレベルじゃない。


 最初に花嫁の脳裏に浮かんだのが、地脈の魔素噴出口だ。

 地中を循環する魔素が流れる地脈から、地上へ魔素が吹き出す場所がここなのだと。


 ――でも、これって魔素よりも神気が多いよね? 神様でも降臨したの? 魔装具は元は神様の一部だから、それを触媒に一時的に顕現したとか?


 でもそれにしては、と花嫁は思う。

 神々しさが足りない。

 では、禍々しいかというと、これも少し違う。

 やがて、光が急速に衰えてきた。


『来るぞ! 魔法を解除しろ!』

「え? は、はい!」


 闇の中から聞こえてきた男の声に、花嫁は《暗闇》を解除する。


 ――あれ? 今の声の人、誰? 聞き覚えはあるような……?


 魔法を解除すると、周囲の様子が見えた。

 まだ光は残っていて、明るい。神気を浴びた天井や壁が、光を放っている。

 通路を塞いでいた壁が消えると、そこには半円形のホールが広がっていた。

 部屋の差し渡しは最大で百短里(約百メートル)。半球状の天井の高さは最大で三十短里(約三十メートル)ある。元は劇場のような場所だと思われた。


 オオオン。


 部屋の中央に、『何か』がいた。

 巨大なテントウムシ――といえば、わかりやすいかもしれない。

 全長は十短里(約十メートル)ほど。頭部は美しい女の顔の形をしており、その額に、大きな斧が刺さっていた。


 オオオオオオン。


 『何か』が叫んだ。

 言葉ではない。知性は感じられない。

 顔は美しいが、これは死面デスマスクだ。

 ぐりん、と死面が動いて花嫁を向いた。上下が逆で、美しい顔だけに恐ろしい。

 口が大きく開き、中から――


 ドンッ!


 『何か』が花嫁に向かって伸ばした鋭い舌を、ハンマーが迎え撃った。

 重く、鈍い音がして、舌が止まる。

 止まらなかったのは、王子の体。

 ハンマーを両手で握ったまま、ずるずると後ろに下がる。


「ゴラン様っ!」

「逃げるぞ、エミリア!」

「はいっ! 三十三号! 七十号! 八十二号! 結界発動!」


 三体のウッドゴーレムの棒につけた符に描かれた紋様が赤く輝き、三角形の結界を作る。

 花嫁が走り出すと、三体のウッドゴーレムが、花嫁が三角形の中心に来るように移動する。


「ゴラン様も中に!」

「わかった!」


 王子は、さらに二度、『何か』の舌の攻撃をハンマーで受けてから結界の中に入った。

 王子の背中を追って、『何か』の舌が伸びる。

 ウッドゴーレムが張った結界が、舌を弾く。

 『何か』の死面が磨りガラスをかきむしるような、耳障りな声をあげた。

 ずりっ、ずりっ、と足をこするように動かして、移動を始める。


「どうやら、アレはまだ満足に動けないようだな。ひとまず距離を置こう」

「何、アレ? あんな怪物、魔術学校の授業でも出てこなかったよ」


 舌の攻撃で生じた結界のほころびを、魔素を注ぎ込んで修復しながら花嫁が問う。


「私も見るのは初めてだが――アレは敵だ」

「そりゃ、襲ってきたんだもの。敵だよ」

「そうではない――アレは敵だ。この世界の敵だ」


 王子はハンマーを背中に負い、自分の額の真ん中にある三本目の白い角に指で触れた。

 白い角が、ぱちっ、ぱちっ、と雷を放っている。


「魔装具が私に呼びかけている。我を召喚しろと。我を使えと。アレと戦えと」

「《豪腕槌》の魔装具が? じゃあ、アレって――」


 花嫁は思い出していた。

 封印を解くや、《暗闇》を貫くほどに放出された神気と魔素の奔流を。

 あの神気と魔素の量は、神そのものが顕現したかのようだった。

 だが、そんなことはありえない。

 この世界は、もうとっくに、神が肉体を維持できる力を失っている。

 長年にわたり、異界門からやってきた侵略者に、神気と魔素を奪われ続けたせいだ。

 その侵略者こそ――


「……神蟲。異界門の向こうからきた、神の成れの果ての蟲」

「そうだ。神蟲だ。この世界の敵だ」


期限まで:九日

功績ポイント:三十点(大迷宮の探検十点+郵便開設十点+ドワーフ族発見十点。百点で結婚許可)

現在地:大迷宮

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