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16.ドワーフ迷宮と石化の謎

 旅が始まって四日、迷宮に入って三日が過ぎた。


「お義姉ねえさん……この蜂蜜漬け、どうぞ」


義姉ねえちゃん、ハーピーズの新曲の歌詞教えてくれよ」


 最初はずいぶんと花嫁を警戒していた妹姫たちも、一緒に旅を続けるうちに、花嫁と打ち解けていた。

 花嫁の方も、都会っ子と違ってすれてないオーガ族の姫が可愛く、三人はすっかり本当の姉妹のようになっていた。


「妹姫さまがご一緒すると聞いた時には、少し心配だったのですが、むしろ良かったですね」

「うむ」


 目尻を下げて三人の様子をながめる執事の言葉に、王子もうなずく。

 この日は、ハナ姫のたっての願いで第二層の農業区画に足を踏み入れた。

 うじゃうじゃと菌類が生い茂った中を、ハナ姫が汚れるのも気にせず歩き回り、土や植物のサンプルを集める。

 すり潰したサンプルを溶かした水に試薬を入れ、色の変化をみる。

 タマ姫と花嫁は、ハナ姫の指示に従い、サンプルをすり潰したり、水を汲んできたりして手伝う。


「うーん」


 ノートにびっしりと数字や計算を書き入れて、ハナ姫がうなる。

 タマ姫や王子はもちろん、魔術学校で専門的に魔術を学んだ花嫁にもハナ姫が何をやっているかはよくわからなかった。

 そしてその日の夕方。

 キャンプ地となった場所で、ハナ姫は全員を集め、言った。


「ドワーフのおっちゃんの石化解除の目処がついたよ」


 ハナ姫の言葉に、皆が笑顔になる。

 ハナ姫だけは浮かない顔だ。


「それで、ちょっと気になることがあるんだ。なあ義姉ねえちゃん、《石化》って、敵を呪って動けなくする以外に、身を守るために使うことがあるって、本当か?」

「本当だよ。《石化》すれば瀕死の状態でもそのままだし、致死性の呪いや毒の攻撃も受けつけない。今でも、偉い人の護衛にはメデューサ族なんかの《石化》持ちがいて、暗殺者に襲われた時に、《石化》で守るってこと、あるもの」

「ふーん、本当だったか。でも、暗殺者の方を《石化》しちゃえばいいんじゃないのか?」

「《石化》は攻撃魔法としては、今ひとつなんだ。元素変換の術式って、がっちがちに手順が決まってて、一カ所でも阻止されると無効化する。だから、抵抗しない人にしかかからない」

義姉ねえちゃんは、ドワーフのおっちゃんがどうして《石化》されたと思う?」

「わかんないけど、寝てる時とかに不意打ちで《石化》されたんじゃないかな」

「うーん」


 ハナ姫が腕を組んで、口をへの字にして上を向いた。

 顔を戻し、王子を見る。


「お兄ちゃん」

「なんだい、ハナ」

「ドワーフの迷宮って、いつから人が入れるようになったんだろう?」

「私は知らないな。ア=ギ、何か知っているか?」

「消えたドワーフが住んでいた迷宮がある、というのは昔から知られていたようです。古老に聞いた昔話には、遭難した者がドワーフの迷宮に入って助かったが、一度出た後は、二度と中に入ることができなかった、というのがあります。ただ、いつから入れるようになった、というのは聞いたことがないですね」

「ハナちゃん、それって、重要なことなの?」

「うーん」


 ハナ姫は言おうか言うまいか悩むように唇を尖らせていたが、ついに決心して口を開いた。


「この迷宮、百年か五十年か、もっと近い前まで、呪いか毒かで、入れなくなってた形跡があるんだ」

「うぇっ?」


 花嫁が腰を浮かせて周囲を見る。

 ハナ姫があわてて手を左右に振った。


「大丈夫だって、義姉ねえちゃん。何かあったとしても、今は残ってないから」

「そうなの? でもなんかイヤだなー」

「ハナ、お前がそう判断したのは、農場で調べた結果か」

「うん。少し前まで、どの農場も、何も生えてなかった痕跡があるんだ。菌類は育つのが早いのがあるから、十年くらいでも、ジャングルみたいに茂るし」

「ふむ……私も、前から気になっていたことがある。ドワーフの迷宮の扉は、常に閉じている。鐘を鳴らして開けても、すぐに閉じる。まるで閉じているのが正常の状態であるかのように」


 王子は考えつつ言った。


「で、ドワーフのおっちゃんに話を戻すけど。このおっちゃんは、その呪いか毒かを避けるため、《石化》したんだと思う」

「それって、いつだろう。やっぱり、三百年前かな」

「そっちはわかんない。でも、おっちゃんの右手が、何かを握ってる感じだよね。これ、薬の瓶か何かを握ってたんだと思う」

「それを飲んで、横になって石化して――長い年月の間に、着てるものとか、薬の瓶とかは、なくなっちゃったのか」

「腐食型の呪いか毒だったのかもしれませんな。ドワーフの迷宮は、雨風の吹き込まない地下にあります。なのに、驚くほど何もない理由が、これで説明できます」

「ハナちゃん……今はえてる農園のキノコたちは……どこからきたの?」

「胞子とか、種とか、地下茎とか。呪いや毒をそうやってやり過ごしたんじゃないかと思う」


 皆が自分の考えを口に出すが、いずれも根拠に欠ける。

 やがて王子が結論をだした。


「こうなればやはり、先にこのドワーフの石化を解除して、事情を聞いた方がいいな。ハナ、できるか?」

「おっちゃんを見つけた場所でなら。手持ちの薬で可能だと思う」

「よし」


 そして、その夜――


『現在地はどこだ?』


 鏡から聞こえるスギヤマの声に、花嫁は硬い声で答えた。


「西三番の大ホールから、南に五帝里の場所」

『南だと? そのまま西に行く予定だったのではないのか?』

「石化したドワーフを先に戻すことになったんだ」

『なんだと?』


 そこでスギヤマの声が途切れた。


 ――近くに、誰かいるな。そいつと話をしてるんだ。


 花嫁は黙って鏡を見つめ、待った。


『やめさせろ。あるいは失敗させろ』

「どうして?」

『お前は理由を知らなくていい』

「無理だよ」

『ドワーフの石像を壊せ。腕の一本ももげば、解除は不可能だ。事故に見せかけて壊せ』

「だから無理だって。落としたくらいで割れるような石像じゃない。ボクの力じゃ、ハンマーで殴ってもヒビひとつつかない」

『ちっ……』


 スギヤマの声がまた途切れた。

 今度は沈黙は短かった。


『解除をするのはハナだな? なら、ハナの薬に細工しろ。絶対にドワーフの《石化》を解除させてはならん』

「そんなことしたら、魔術の反動でハナちゃんが危ないよ」

『……いいから、やれ』

「はーい」


 《伝声》が切れ、手の中で鏡が冷えていく。

 花嫁は、醒めた目で、鏡に映る自分の顔を見つめた。


期限まで:十一日

功績ポイント:三十点(大迷宮の探検十点+郵便開設十点+ドワーフ族発見十点。百点で結婚許可)

現在地:大迷宮


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