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14.ハナとタマ

 次の日の早朝。

 出発の準備を整えた王子と花嫁を、昨日と同じように国王と王妃が見送る。

 スギヤマも、やはり少し離れた場所で、見送りの列にいる。


「父上、母上、叔父上。それでは行ってきます」

「うむ」

「気をつけてね」

「朗報を期待しているぞ」


 王子と花嫁が並んで礼をすると、三人とも、内心はともかく形の上では、こころよく送り出す。

 今回の旅に出るのは、昨日戻ってきた王子と花嫁、執事とウッドゴーレム三体、石化したドワーフに加えて――ふたり。


「父上、母上、行ってくるね!」

「父様、母様……行ってくる、から」

「う、うむむ……」

「気をつけてね」

「その……何もふたりが行かなくとも……」


 旅装の妹姫ふたりが挨拶をすると、王妃はそのままだが、男ふたりが、渋い顔になる。


「大丈夫だよ! それにハナがいないと、このドワーフのおっちゃん、石化から戻せないでしょ?」

「タマも……ハナちゃんの護衛、がんばる」


 ハナ姫は、羽織った外套のポケットと、肩掛けカバンに、これでもかと薬を詰め込んでいる。ハナ姫は、錬金術士なのだ。

 タマ姫が持つのは、身長と同じくらいの槍だ。動きやすい、体にぴっちりとした革のスーツの上に要所を守るすね当て、籠手、ベルト、兜を装着している。

 大好きな兄王子と一緒に旅に出るのがうれしいのか、妹姫ふたりは溌剌としている。

 対照的に、父王は心配でならぬという様子だし、スギヤマは、さっきから苦虫を噛み潰した表情になっている。

 スギヤマが、じろっ、と花嫁に目を向ける。花嫁は素知らぬ風に顔をそむけた。


「大丈夫です、父上、叔父上。私がついております」


 王子が大きな拳で分厚い胸を、どん、と叩く。鼻の上の丸眼鏡が、きらり、と朝日を受けて輝く。


「タマも、最近はずいぶんと腕をあげております。迷宮のモグラぐらいであれば、ひとりで撃退できるほどに」

「兄様には……まだ一本も取れないけど」


 槍に赤くなった顔を隠すようにして、タマが体をよじらせる。


「それに、叔父上にいただいた資料をみても、手がかりがあるのはすでに周囲を探索済みの、安全な区画です」

「う、うむ……」


 スギヤマは目をそらして咳払いした。


 ――やっぱり、この探索行って、相当に危険なんだろうな。父親似のゴラン様は罠にかける気なのに、母親似の妹姫は可愛いから助けたいあたり、すごくわかりやすいゲスだよね、こいつ。


 花嫁はポケットの中に入れた鏡を意識する。

 鏡にかけた《伝声》の魔法が、花嫁側から回路を活性化させないと通話できず、盗聴器としては使えない術式になっているのは昨夜のうちに確認してある。術式は驚くほどに精緻で、魔法をかけたスギヤマの力量がうかがえる。ただし、起動させるにはかなりの魔素が必要で、たとえスギヤマでも、おいそれとはかけられない。本来は、帝国軍が魔素の消費が少なくなる夜間に定時連絡で符丁程度の文字列をやり取りするための呪文なのだ。


 ――さっそく夜中にかけてきたし。んで、周囲に人がいる時の対処方法とか、細かいところまで決めて命令してきたし。


 花嫁は思う。


 ――スギヤマって、基本的に陰謀に向いてないんじゃないかな。その人が作った術式みれば、だいたい人となりがわかるけど、こいつ、有能で合理的で……つまり、実力に裏打ちされた自信家だもの。


 常に強者の側にいる、自信家でいじめっ子気質な人間は、陰謀と相性が悪い。

 派閥抗争と陰謀渦巻く全寮制の名門魔術学校で、将来の帝国指導者層の子弟と暮らしてきた花嫁は、そう思っている。

 陰謀とは、弱者の戦術である。

 他人を力や利で動かせないから、陰謀を使うのだ。

 陰謀家に必要なのは、他人の顔色を読み、腹の内を探る資質になる。

 そして強者になるほど、腹の内を探るような真似は必要なくなる。なぜなら、強者の周囲には、彼の腹の内を探ってその意に沿おうという連中が集まるからである。強者にとって、口にしない内心の思いをおもんばかるのは、常に相手の側なのだ。


 ――芝居でもよくあるよね。「皆までおっしゃいますな」って相手の腹の内を読むのは、弱くてずるい人間だよ。


 自慢ではないが、十六年の人生で、花嫁は常に弱者の側だった。

 幼い頃から、姉がいた。自由奔放、傍若無人。フリーダムにすぎる姉の下で酷い目にあいつづけたせいで、ヤバそうな時にはそれを察して逃げる能力が発達した。

 十三才の時に家から出て入学した帝都の魔術学校でも、同じだった。三大の御曹司連中と、その取り巻きが作る派閥の隙間を縫うようにして日々を過ごした。

 魔術学校で目立たぬように生きるのは難しかった。花嫁の美しい外見と、魔術の才能は、むしろ不利に働いた。全寮制の学校では、逃げ場も限られる。そこで、庇護者を作った上で、なおかつ、その庇護者の取り巻きからのイジメをかいくぐる必要があった。


 ――もし、ここにいる中で、ボクよりも陰謀に向いている人がいるとすれば……王妃様だよ。一族から遠く離れ、身寄りのない外から来たお嫁さんだもの。


 城門を出る時に、ニコニコと笑顔で送り出す王妃に目で挨拶してから花嫁は空を見上げた。空気が澄み、空が高い。


 ――あの王妃様が、弟の企みに何も気付いてない、なんてことはないよね。でも、ここまでボクに匂わせるようなことすらないのは……放置が悪手なのはご存じだろうし。娘をふたりまで同行させてるのも、妙といえば妙……うーん。


 花嫁は、その日は悩みつつ歩いた。

 鏡にかけられた《伝声》が盗聴器でないのは確実だったが、もし自分がスギヤマだったら、こちらには知らせてない別の手を用意する。


 ――使い魔にボクらをつけさせているか……持ち物かウッドゴーレムに、何か仕掛けをして、こっちの動きを探っている可能性がある。気をつけないと。


 だが、警戒心もあらわに周囲を探る花嫁の様子が、周囲にどう見えるか。

 その配慮が花嫁には欠けていた。


「ちょっと、アンタ」


 太陽が少し傾きかけた頃、一行は中央山脈の麓の森にある小屋に到着した。

 ふだんは炭焼や、狩人が使う小屋である。今夜はここで一泊し、明日はドワーフの迷宮に入る。

 王子と執事が水くみに沢へ降りた時、それは起きた。


「ん? ボク?」

「そうだよ、アンタ」

「タマちゃん……ダメだよ……」


 ハナ姫が花嫁に指を突きつけ、糾弾する。

 後ろから、ハナ姫の外套をタマ姫が引っ張っている。


「ハナたちと一緒でつまんないのはわかるけど、そーゆー態度はないんじゃないかな」

「えっ?」

「タマがすっごい勇気だして話しかけたのも、がっつり無視するし!」

「えっ、えっ」


 そういうつもりがなかった花嫁がタマ姫に目を向けるが、タマ姫はプルプルと首を振っている。


「ごめん、気付かなかった」

「気付かなかったって?」


 ハナ姫の眉がキリキリとつり上がる。

 耳もつり上がっているが、こちらはエルフの血をひくせいで、元からである。


「なら言うけど! アンタ、全然、可愛くない! 目つき悪いし! いつもキョロキョロしてるし! 時々、じっと人のこと観察してるし!」

「あー……」


 花嫁は今日一日の自分の行動を思い出していた。

 思い当たることが多すぎた。


「本当に、ごめん。心配ごとがあったんで、ちょっと不審人物みたいになってたかも。ハナちゃん……ハナちゃんでいいよね? ハナちゃんのこと、邪魔に思ってたわけじゃないから、許してくれる?」

「ふんっ」


 花嫁が頭を下げると、ハナ姫はそっぽを向いた。


「タマちゃんも、ごめんね。話しかけてくれたのに、無視しちゃって」

「いえ、いいです……それに気付かなくて当然です。私、本当は、声をかけたんじゃなくて、声をかけたくて練習してたんです」

「声をかけたのもおんなじだよ! 練習するだけでも、人見知りのタマにはすごく勇気がいるんだから!」

「ハナちゃん……うれしいけど、フォローになってないよ……」

「ええっ?! ハナ何か間違ってた?」


 じゃれる妹姫たちを見て、花嫁の鼻の奥がつん、となった。

 花嫁は、自分と姉の関係を思い出していた。

 幼い頃から迷惑をかけられっぱなしで、現在進行形で迷惑をかけられてもいるが、姉が自分に愛情を注いでくれていることも、事実なのだ。引っ込み思案な花嫁を、姉が引っ張り回すようにして遊びにいき、何かあったら守ってくれた。


「ハナちゃん、タマちゃん」


 花嫁はふたりに声をかけた。


「ボクも、ふたりと仲良くなりたい。すぐには無理でも。ちょっとずつでも。友達になりたいんだ」

「そ、そりゃはハナだって……う、ううむ……どうする、タマ?」

「いいと……思う。すぐは、無理だけど」

「そ、そうだな! すぐには無理だよな! 無理ってもんだよな!」

「これからだと……思う」

「そうだ! これからだ! これからだよ!」


 ――あ、こういうところは、ボクとお姉ちゃんとは違うや。


 妹姫ふたりの関係が見えたようで花嫁は少しおかしかった。

 サキュバス王家では、いついかなる時も主導権は姉の側にあった。姉に手綱をつけるなど、花嫁には思いもよらなかった。

 オーガ王家では、元気なハナ姫の手綱は、タマ姫が握っているようだ。


 ――これはこれで、安定した関係なのかも。


「それでその……そういうことなら、ハナは聞きたいことがあって……」

「何? ボクでいいなら、なんでも聞いて」

「その……アンタ、帝都で暮らしてたんだよな? その……歌劇とか、劇場とかも……」

「いったことあるよ。セイレン歌唱団の歌劇とか」

「マジか! ナマで、セイレンの歌声聞いたのかよ!」

「劇場全体に、対《魅了》の呪文かかってるから、あれでナマの歌声と言っていいかは人によって意見が異なるみたいだけどね」

「いやいや、すげえよ! なあ、どんなだった?」


 やたら芸能関係に食いつきのいいハナ姫と会話を弾ませていると、王子と執事が水を汲んで戻ってきた。

 会話を弾ませている妹姫と花嫁の様子をみて、王子がにっこりする。

 花嫁は、それだけで嬉しくなってしまい、気付いていなかった。

 じっと、ハナ姫の後ろから、自分の様子をうかがっているタマ姫に。

 食事をすませ、早めの就寝。ウッドゴーレムは外で寝ずの番である。


「あの……いいですか」

「ふにゅ?」

「ちょっと……外で」

「うにゅ」


 タマ姫につつかれ、花嫁が目を覚ます。

 寝ぼけたまま、連れだって外へ出る。月が雲に隠れていて、真っ暗だ。


「エミリアさん……お話が」

「うん」


 姉の名で呼ばれると、どうしても花嫁の胸はチクリとする。

 自分の嘘を、自覚させられる。

 シルエットになったままのタマ姫が、何事かを口にした。


「……」

「ん? 何? 聞こえなかったけど」


 ひゅんっ。

 風を切る音がして、何かが花嫁の喉元に突きつけられた。


「タマ……ちゃん?」

「動かないで……ください。指は広げて……上に。

おかしな動きをすれば……喉を、裂きます」


 雲が動き、月が出た。

 銀色の光に、タマ姫が照らし出される。

 タマ姫は両手で槍を握り、腰を少し落とした姿勢で構えていた。

 槍の穂先はぴたり、と花嫁の喉元で静止し、微動だにしない。

 タマ姫の右の瞳が、赤く輝いていた。


「あの、えと、タマちゃん、これって?」

「母様は……放置しろって。でも……」


 ちくり、と槍の穂先が花嫁の白い喉を刺す。

 ぷくり、と赤い血の玉が花嫁の喉に浮かぶ。


「私は……兄様とハナちゃんを、守ります」


期限まで:十五日

功績ポイント:三十点(大迷宮の探検十点+郵便開設十点+ドワーフ族発見十点。百点で結婚許可)

現在地:白角国と旧ドワーフ領の国境


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