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12.嘘の中の真実

 都市エルフは、文字通り、都市で暮らすエルフだ。

 エルフ族は、かつて神々と共に深い森の中で暮らしていた。その頃はこの世界は魔素がふんだんにあり、神々の加護による神気も濃かった。この時代に暮らしていた種族を古種族と呼ぶ。

 豊かな自然の実り。無尽蔵に使える魔法。

 古種族は、望むがままに生きられた。お腹が空いたと思えば、食べ物があった。食べ物を口にするのさえ億劫ならば、魔法で肉体に力を取り込めた。寿命は無限に近く、飽いたら何年でも眠って過ごした。

 そういう時代だから、技術も、社会も、発達させる必要がなかった。神の神殿はあっても、都市のようなものは、どこにも存在しなかった。

 しかし、楽園のような日々は、楽園であるからこそ、永遠ではなかった。

 豊富な神気と魔素を狙って、異界門が開いた。

 異界門から出てきたのは神蟲だった。

 神蟲は、かつて神だったものの成れの果てだ。世界から神気と魔素というふたつの資源が枯渇すると、神は力を失い、知恵を失い、最後には理性を失って神蟲になる。

 神蟲は、巣を作り、神気と魔素をくらって増え、巣を作る。巣には女王神蟲がいる。

 女王神蟲は神気と魔素で膨れ上がり、やがて異界門を通って“出荷”される。

 “出荷”されてしまえば、その神気と魔素はこの世界から永遠に失われる。

 神々と古種族は、神蟲に立ち向かい、そして敗北した。

 この世界の神も、古種族も、あまりに戦いというものに不慣れであった。

 生きる苦労がなく、何もかも望むがままの世界で、戦争の技が発達するはずもない。

 敗北に敗北を重ね、世界からはどんどん神気と魔素が失われていった。

 やがて、十分な収穫を終えた神蟲は異界門を通って去った。

 そして、荒廃した世界だけが残された。神々は力を失い、古種族の多くは滅びていた。

 もはや、かつての楽園が戻ることはなかった。

 残された神気と魔素を巡って、生き残った古種族通しが争い、さらに数を減らした。

 その後も、千年に一回の割合で、異界門が開き、神蟲が侵攻してきた。

 最初のように、複数の巨大な群れが押し寄せることはなく、小さな群れが単独でやって来ては、巣を作り、収穫をし、そして去った。

 そのたびに、世界から神気と魔素が失われた。

 生き残った古種族の多くは、異界門から学んだ技術で小さな隠れ里を作り、その中に逃げ込んだ。隠れ里の中では時間がゆっくりと流れる。その中で、眠って過ごすのだ。もはや彼らは、時の果てまで生き延びること以外に、望みを失っていた。


 都市エルフは、それを良しとしなかった妖精族の一派の末裔である。

 数万年、あるいは数十万年前に分派した都市エルフは、この世界で戦い抜く覚悟を決めた。異界門の向こうにいる連中にとって、この世界はもはや“出涸らし”のようで、やって来る神蟲の数も、質も、最初に比べてずいぶんと落ちていた。

 ここにきてついに、この世界の住人にも勝ち目が出てきたのだ。

 都市エルフは、力が衰えた神々と協力することにした。

 かつてこの世界では、神々も肉体を持っていた。美しく、巨大な肉体を。

 しかし、神気も魔素も失われた今、神々は肉体を維持できなくなっていた。神々は肉体を捨て、精神体となった。そして抜け殻となった虚ろな肉体を、都市エルフがもらい受け、兵器とした。

 武具をまとい、搭乗者と同調して動く“虚神兵”。

 巨体を宙に浮かせて移動し、上に砲台を並べて戦う“虚神城”。

 膨大な演算能力を活かして儀式魔術を支援する“虚神脳”。

 千里万里を見通して敵の動きを探る“虚神眼”。

 神の肉体は、虚ろとなっても有益で、決して滅びることはない。

 都市エルフは、虚神と共に、不定期に押し寄せる神蟲と戦い続けた。


「これらは帝国の人間にとっては帝国建国の一万年も前の神話、伝承だ。しかし、我ら都市エルフは知っている。これが事実であることを」


 骸骨城にやってきた、トモエ王妃の弟、都市エルフ評議会議長のサコンノスケ・スギヤマはそう語った。


「そして、白角国が皇帝から賜った魔装具も、虚神兵器の末裔なのだ」

「私の《豪腕槌》も、かつて神の肉体だったのですか」

「《豪腕槌》は攻城用魔装具だな。“虚神兵”の一部だろう。神の肉体は滅びぬが、それを使うためには大量の魔素を消費する。神の肉体のすべてを動かせたのは遠い昔。今の我々にできるのは、結界の中に神の肉体の一部をしまっておき、召喚して一時的に使うだけだ」


 興味深そうにスギヤマの話を聞いていたのは王子、父王、執事ら男たちである。この三百年、実戦から遠ざかっていたといっても、一朝いっちょう事あれば、真っ先に異界門から来る神蟲と戦うのが、オーガ族と白角国に与えられた使命だ。

 逆に女たちは、興味を示さなかった。王妃は毛糸で編み物をしていたし、妹ふたりは床にクッションを置いて座って、兄である王子の膝に両側から寄りかかるようにしていた。そして妹たちは胡散臭そうにスギヤマを、そして、ときどき、花嫁の方を見ていた。

 その花嫁は、隅っこに据わり、うつむいて目立たないようにしていた。本当はスギヤマのそばには一瞬もいたくなかったのだが、ここで逃げるわけにもいかない。頼りのナーガ族のメイドも、王子と花嫁がドワーフの迷宮に向かって出発した翌日に骸骨城を出て、姿を消したきりだという。


 ――ボクの気のせい? ううん、そんなことない。あの人は絶対に、知っている。ボクを見る目でわかる。アレは、壊してもいいオモチャを見る目。ちっちゃい頃、エラい人の子供と遊んだ時、そいつがボクのオモチャを壊す時に、あんな目をしてた。自分は絶対に安全な場所にいて、抵抗できない相手の大事なものを壊す……そんなことに悦びを覚える、目だ。


 そんなことを考えていたから、スギヤマの言葉は、半分も頭に入ってこない。

 それでも、スギヤマが言葉巧みに王子を誘導しているのはわかった。


曰く「ドワーフ族は、少なくとも二つの魔装具を持っていた」

曰く「魔装具は決して破壊されない。そして、ドワーフの王族以外が召喚することはできない。今も蔵に結界があり、魔装具もある」

曰く「魔装具を収めた蔵のある場所には、ドワーフの生き残りがいるか、あるいは彼らが消えた手がかりがある」


 そして――


「私は、帝都に残る古き記録を調べた。そして、ドワーフ族の魔装具を収めた蔵の場所についての重要な情報を持っている」

「……」

「ゴランよ、その情報をお前にやろう。失われた魔装具の発見は、間違いなく第一級の帝国への功績になる。そこにいる花嫁との結婚も、問題なく認められるであろう」


 ちらり、とスギヤマが花嫁に視線を向ける。

 花嫁は唇をかみ、うつむいた。怖くて、スギヤマの目を見ることはできなかった。


「父上、母上。私は叔父上の薦めに従いたいと思います」


 王子は父王と王妃に向かって言った。

 父王は傷だらけの顔で「むう」と唸り、ちらりと編み物を続ける王妃を見た。

 王妃は編み棒を止め、まずスギヤマを見た。


「サコン、この件については家族だけでお話がしたいから、一度、席をはずしてくれる? あなたが好きだったクルミのパイを焼いて、隣の部屋に置いてあるの」

「お気遣いありがとうございます、姉上。姉上の手作りパイを食べるのは五十年ぶりでしょうか。もちろん、いただきます」


 スギヤマは立ち上がり、部屋を出るかと思えば――花嫁に近づいてきた。

 花嫁は顔を強張らせ、スギヤマを見る。

 スギヤマは美しい顔に優しい笑みを浮かべて花嫁に手をさしのべた。


「では、エミリア姫。ゴランに代わり、私がエスコートさせていただこう。家族会議の邪魔はできないからね」

「え、あ……」


 ここまで、スギヤマの行動や言葉には、何ひとつおかしなところはなかった。

 花嫁は、スギヤマに手を委ねるしかない。拒否することはマナー違反だ。


「エミリアさんは、ちょっと待って」

「え?」

「あなたには、少し確認したいことがあるから」

「はい」


「――!」


 王妃の言葉に、一瞬だけスギヤマが動揺した。

 花嫁にさしのべた手に、無意識に力が入り、何かを掴むような仕草をする。

 何かを? 花嫁の手を、だ。まるでここから力ずくで連れ去りたい、という風に。

 もちろん、スギヤマはそのようなことはせず、花嫁と王妃に紳士的に礼をして部屋を出た。ゴブリンの侍従長と執事が後に続く。

 残ったのは、王子と花嫁の他に、父王、王妃、そして妹姫がふたり。

 王妃が、優しく微笑んで、花嫁を呼んだ。


「さて、エミリアさん」

「は、ははは、はいっ!」

「そう固くならないで。私が確認したいのは、ひとつだけだから」

「えーと、なんでしょうか」

「今回の結婚、種族間婚姻申請が却下されたりとか、イロイロあるでしょう? 何もあわてて、今すぐに結婚って形にまでする必要はないと私は思うの」


 王妃の言葉に、真っ先に妹姫が反応した。


「ハナは賛成! お兄ちゃん、結婚する必要なんかないよ!」

「タマも……急がなくていいと思う……」


 はいはいはい、と手を上げて元気よく王妃に賛同するのが、ハナ姫。

 ちら、と花嫁の方を見てぼそっ、と呟いたのが、タマ姫。


 ――顔はそっくりだけど、性格はずいぶん違うのかな。ボクとお姉ちゃんみたいだ。


 ふたりの妹姫を見て、花嫁はここにいない、そして本当ならば、ここにいるはずだった姉を思う。


「婚姻申請が通る通らないとは別に、今回は婚約だけに留めるとかもできるわ。あなたの望みを聞かせてくれる?」

「ボクの――望み?」


 王妃の言葉は、花嫁にとって渡りに船だった。

 そもそも、ここにいるべきは、花嫁の姉の方だ。自由奔放にすぎる姉が姿をくらませたので、身代わりにここまで連れてこられたのだ。

 幻覚魔術を使って、変装までして。

 優しい王子に嘘をついて、騙して。

 王族同士の婚姻だから、いきなり取りやめはできない。

 しかし、婚約なら――姉をどうこうする時間も、うやむやにして解消する時間も、手に入る。

 そうしろ。それしかない。そうするべきだ。「今回は婚約だけで」でいい。

 自分にとっても、王子にとっても、それが一番だ。誰も傷つかない。

 花嫁の理性は、選択肢をひとつだけ提示する。


「ボクは……」


 なのに、言葉がでない。

 花嫁の中の理性が慌てる。どうした。何を迷う。

 嘘をついて、騙して。その上に成り立つ結婚など、不幸しか呼ばない。


 ――嘘は、いけないよね。


 花嫁は赤い宝玉をつけた首飾りに触れる。

 サキュバスは幻覚の魔術を得意とする。幻覚は五感を欺き、嘘をつく魔術だ。

 けれど、何もないのに、わざわざ嘘はつかない。

 自分の中の何かが本当だから、嘘をつくのだ。


「ボクは」


 花嫁は王妃から、王子に視線を移した。

 王子の顔には、もはや見慣れたと言っていい、分厚い丸眼鏡。

 近視がきついので、あれをかけていても、視力の矯正はまだ足りない。花嫁の方を見てはいるが、この距離では自分の表情までは見えてない、ということも花嫁は知っていた。

 出会ってからの、この二週間ほどで、花嫁はずいぶん王子について詳しくなった。

 認めよう。認めるしかない。

 自分の中にある、本当のことを。


「ボクは、王子を愛してます」


 その言葉は、驚くほどするり、と花嫁の口から出た。

 これが、花嫁の中にある、本当のこと。

 嘘をついて、騙して、けれども、それだけは真実。

 「なぜ?」「どうして?」「いつから?」と言われると困る。本当に困る。

 理由を求めるのならば、そうはならない理由の方が、花嫁にはたくさんあったからだ。

 何も愛まで行く必要はないのだ。友情でいい。王子がいい人だから好意を持つ。そこで止まっていれば、何も問題はない。

 だけど、仕方がない。愛してしまったのだから。


「愛してるので、今は結婚できません」


 そこまで口にした後で、花嫁の顔が青ざめる。

 言葉の前半と後半とがつながっていない。無茶苦茶なことを言っている。

 けれど、これが花嫁の中にある、本当のことなのだ。

 王妃の手の中で、編み棒がくるり、と回転した。


「わかりました」


 王妃がそう答えると、王子の膝に寄りかかっていた妹姫ふたりが抗議の声をあげた。


「わかんない! ぜーんぜん、わかんない! お兄ちゃんのことを愛してるのに、結婚できないってどーいうことよ!」

「兄様をもてあそぶなら……許しません」


 父王も口は出さないが、納得していない様子だった。


「ゴラン、あなたはどうなの? この子のこと、どう思ってるの?」


 王妃は王子に聞いた。


「好きです。彼女と結婚したいです」


 王子は一切のためらいもみせず、答えた。


「ですが母上。私は彼女が待てというのであれば、待ちたいと思います」

「いいのね?」

「はい」


 王妃は、花嫁に向き直り、ちょっと驚いたように目をみはると、クスクスと笑った。


「ちょっとお小言でも、と思ったのだけれど。そんな幸せそうな顔をされては、何も言えないわね」

「え?」


 花嫁は自分の顔を触った。

 にやけていた。これ以上なく、にやけていた。

 そのことに、気づけないほど、幸せな気持ちになっていたのだ。

 妹姫ふたりが、やってられない、という顔で花嫁を見ている。


「うわ、あ……その……これは……」

「その顔に免じて、今は許してあげるわ。でも、ちゃんと決着はつけること。いいわね?」

「はい」

「では、これから家族会議をします。結婚するまで、あなたはこれに参加できません。出ていくように」


 この人には絶対にかないそうにない、と花嫁は思った。

 ひとりひとりに頭を下げ、そして部屋を出ていく。

 扉が閉まると、王妃は編み棒を指揮棒のように振り上げた。

 国王、王子、妹姫ふたり。四人の背筋がしゃん、と伸びる。


「では、これより作戦内容の説明と、各自の役割について伝えます。心して聞くように」


 白角国の実質的な最高司令官は、静かに、しかしよく通る声で言った。


期限まで:十六日

功績ポイント:三十点(大迷宮の探検十点+郵便開設十点+ドワーフ族発見十点。百点で結婚許可)

現在地:白角国 骸骨城


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