1 花嫁はサキュバス
花嫁が乗った竜車が、首狩り大通りをガタガタと音をたてて進む。
“竜”車といえば聞こえがいいが、実際は“トカゲ”車である。南の大湿原でリザードマンが調教して輸出するトカゲたちは力が強いが愚鈍で、畑をおこすのには向いているが、車を曳くには今ひとつだ。馬や牛の方がまだしもであろう。
しかし、結婚には格式が付きものだ。まして、王子が異国から迎える花嫁である。トカゲを竜と呼ぶ言葉遊びも、必要なのである。
そうでなくともこの国、すなわち深き山奥にある北の要たる白角国は、慶事に乏しい。こたびの結婚は、多少は無理をしてでも祝う必要があった。
「こりゃあ、えらいベッピンさんな花嫁じゃなあ」
「そらあ、サキュバス族のお姫様じゃ。ベッピンに決まっとる」
「おっぱいも大きいなあ」
「そらあ、サキュバス族のお姫様じゃ。巨乳に決まっとる」
「なんでも、花嫁さまは魔帝さまの由緒ある血筋らしい」
「やあ、ありがたいのう」
「それで、おっぱいも大きいのか」
「まったく、ありがたいことじゃ」
大柄で、額に角を持つ木訥そうな住人たちが街道の脇に立ち、竜車を見送る。
白角国の住人の多くは、オーガ族だ。戦では恐れ知らずの狂戦士と化すが、普段はごくごく温厚で気のいい種族である。
竜車をトカゲが牽引していることも、花嫁が乗る車体がずいぶんと古く、補修の跡がいたるところにあることも、オーガたちは気にしない。
そして、竜車に乗る可憐な花嫁の顔が、さっきから引きつり気味なことも、オーガたちは気付いていなかった。
ガッタン。
割れた石畳の上で、車体が跳ねる。おっぱいが弾む。
「うわっ」
車の中で、きらびやかな衣装をまとった花嫁が悲鳴をあげた。
向かい合わせの、外からは見えない一段低い場所にとぐろを巻いて座っていたナーガ族のメイドが小さく舌打ちする。
「これ、姫様。はしたない――というか、口を開くな、バカ」
「つい驚いちゃっただけだよ」
「だから口を開くなっつうてるだろうが、バカ」
「バカバカいうなよ。こっち側、高くなってるから、揺れるんだってば」
「そうだ。そっち側は高い。つまり、周囲からよく見える。まあ、そのための車だからな、これは。だからしゃべるな。笑顔だ、笑顔」
「わかったよ」
花嫁はため息をつき、言われた通りに笑顔を作ってオーガたちに手を振る。
オーガたちも花嫁に笑顔を返し、手を振る。
「今のところ、気付かれてはいないようだな」
メイドは、車体についた周辺警戒用のスリットからオーガたちの様子をのぞいて言った。
「オーガたちが愚……純朴でよかった」
「今、愚鈍って言いかけたよね……まったく、もう」
花嫁は、はぁ、と小さくため息をついた。
ギロリとメイドににらまれ、あわてて笑顔を作り、何も知らないオーガたちに手を振る。
――どうしよう。とうとう、ここまで来ちゃったよ。
旅の間は、身内だけなのでごまかせた。
今も、花嫁衣装と化粧と魔術でごまかせている。
でも、この先は無理だ。
結婚式ともなれば、間近で見られてしまう。会話も交わす。
バレる。絶対にバレる。
――だけど、もし。
花嫁が本当に恐れているのは、真実が露見することではない。
結婚式前に、バレてしまえば、この結婚は破談となる。そうなれば大騒動だが、そこまでいけば、花嫁だけの問題ではなくなる。
だが、もし。もしも――
――もしも、結婚式が終わるまで、バレなかったら……どうしよう。
結婚式が終われば、自分はオーガの花婿を迎えることになる。
新婚、初夜だ。
ぞわぞわぞわっ。
背筋に鳥肌が立つ。笑顔が強張る。額に冷や汗が出る。
サキュバス族とはいえ、花嫁はごくごくノーマルで、どちらかといえば、かなり奥手の方である。姉と違って、性的な奔放さとは無縁の人生だったのだ。
――無理、無理無理、無理っ!! ぜーったいに無理っ!
オーガたちの出迎えに笑顔を向けたまま、心の中で花嫁は煩悶する。
花嫁を乗せた竜車を曳くトカゲは、のったりのったりと前進していく。
オーガ族の花婿がいる骸骨城は、もう目の前だった。