力こそ全て
「陸くん。 動機はなんだい?」
「……イライラしてやりました。 どうにでもなれと思いました。 言い訳はしません」
「……はぁ。 まさか、君がこんなことをするなんて……… 」
壊れたおもちゃを持って泣く小学生コンビ。なぜ泣いているのか、なぜおもちゃが壊れているのか。 それはそう、俺の犯行だ。 目の前には呆れ顔の駐在さん。たまたまお茶っ葉を買いに来たところ犯行現場に遭遇し、俺を事情聴取している、なう。
なぜ、こんなことになったのか。 それは約10分ほど遡ることになる。
§
「おにーちゃん、これ出来るぅ?」
「出来るぅ?」
学校帰りの大和と遊がそう言って、俺におもちゃを手渡した。 これは…… 知恵の輪か?
「こんなんどこから持って来たんだよ」
「パパにもらったぁ」
「ゆうも! ゆうも、もらったぁ!」
そう言ってはしゃぐチビども。 知恵の輪ねぇ…… 久しくやってないな。 これなんか難易度とかあったよな、説明書見たら一発で解けた気がするんだが。
「やまとねぇ、わかんないの。だからお兄ちゃん出来るぅ?」
「ゆうのもやってぇ」
……ふふっ。 そーかそーか、お前たち。やっと立場をわきまえたようだな。 紫乃ちゃんばかりにへこへこしてたが、よーーやく! 俺が偉いということに気づいたようだな!
「まったく…… こんなもん、俺なら1分で解けるぜ! 見とけチビども!」
「うんうん、見てるぅ!」
「ゆうも見てるぅ!」
そうして俺は知恵の輪に挑戦を始めたのだ。
§
かちゃっ、かちゃっ、かちゃっ……
「出来ないねぇ」
「ねぇ、暇だねぇ」
かちゃっ、かちゃっ、かちゃっ…
「おにーちゃーん」
「まだぁ?」
……かちゃっ、かちゃっ、かちゃっ…
「おねぇちゃんに頼もうかぁ?」
「頼もうかぁ?」
かちゃっ、かちゃっ。 ………プチン。
「うぉぁぁあぁぁあぁぁぁああ!!!」
俺は怒号をあげて知恵の輪を捻じ曲げた。 カラン、と外れたリング。 ………ふっふっふっふ、な?
「ほら、取れたぞぉ。 俺、すごいだろぉ」
「……う。 うぅあ、うぁ……うぁぁぁぁぁぁぁぁん! ごわじだぁぁぁぁ!」
「うぁぁぁぁぁ! おにいちゃんの、ばがぁぁぁぁ!」
瞬間、大泣きし始めたチビども。 い、いやまぁ落ち着けお前ら。 ほ、ほらね? 取れたよ、知恵の輪攻略したよ? ち、力技だけどさ、あれじゃん? よくやるだろ? 機械とか調子悪くなったらとりあえず叩く、みたいなさ。 ち、力技も立派な知恵だろ?
チリンチリーン!
「陸く〜ん。 お茶っ葉買いに……。 んん。 陸くん、ナニヲ、シテルノカナ?」
「……羽多野さん。 その…… しゃ、社会勉強?」
そんな言い訳、通用するはずもなかった。
§
「まったくねぇ。 子供泣かせたらだめでしょ!」
「……ほんとね、俺もね、最初は頑張ったんだけど。 ダメだった、思った以上に俺、ダメ人間だった」
俺は正座をして、駐在さんこと羽多野さんに謝る。 もうどうとでもしてくれ、刑務所行きですか? 取り調べですか? カツ丼は出ますか?
「……ぐすっ。おまわりざん、もう、いいよぉ」
「ぐずっ。 おにいぢゃんも、わざとじゃ、ないと思うぅ」
お、お前ら。 なんて出来た子供たちだ! 将来有望だ! こんっな大人になんなよ! こんっっな24にもなって正座させられてる大人になんか、なるなよぉ!!
「……やまど。 わっか、かけられるの、みたい」
「ぐずっ。 ゆうも、みだい」
……はい? 輪っか、ですか? 輪っかってもしかして、手錠ですか? え、なんでなんで? なんで突然見たくなった? え、許してくれたんだよね? え、何? まだ怒ってんの? 知恵の輪壊して輪っかかけられてたまるかよぉ!
「……そうかいそうかい。 分かった、おじさんに任せときなさい」
羽多野さんはそう言って、チビどもの頭を優しく撫でている。 ……おい、これはなんだ、ドッキリか? なんだ、どこかに大成功の看板があるんだろ? あるなら出てこい、もう終わったから。 尺たりてんだろ、俺の腕に手錠かかる前に出て来いや!
「……えー。 15時27分、器物破損の罪で現行犯逮捕」
羽多野さんはそう言って、俺の手首に手錠を本当にかけた。イヤイヤイヤイヤ! ま、マジで冗談じゃないって!
「ちょ! は、羽多野さん⁉︎」
「大丈夫…… 子供たちから見えない所まで行ってから外してあげるから」
羽多野さんは ボソッとそう言った。 あ、なるほどね。ですよねぇ、え、演技っすよねぇ。 そう言ってくれないと分かりませんって! マジで捕まったのかと思いましたよぉ! 良かったぁ、フリねフリ。 なら少し演技に付き合うか。
「ほんと、すいませんした! 俺、マジで…… っぐす。 すんませんしだぁ! マジで、俺ぇ、じ、人生、やり直しまっす‼︎」
俺は泣き真似しながら羽多野さんに頭を下げた。 ……どうよ、なかなかの演技でしょ? これ何も知らない人が見たら、本当に信じそうじゃない? ねぇ、どうすか羽多野さん? 俺は少しドヤ顔で頭を上げた。 しかし…… 羽多野さんはどこかを向いてる。 ん? なに、なんかあったーー
「……店長。 そんな、まさかついに………」
あ、紫乃ちゃん。 ……ち、ちち、違うからね⁉︎ こ、これはそう、演技演技! 嘘だから、手錠かけられるくらいの大事ではないから! うっそまじそんなドン引きしないで! ちょ、マジで羽多野さんもなんか言って……… あ。
「紫乃ちゃん。 陸くんは、俺が責任を持って預かる。 少しでも罪が軽くなるように、頑張るから!」
「……はい。 店長、その。 私、頑張りますから! 店長が戻ってくるまで、このお店は私が守りますから!」
え、ちょ、ま、ま、マジでェェェェェ⁉︎
§
「……あの」
「なんだい?」
「ぎゅって、抱きついていいですか?」
「……ああ、いいよ」
「……はぁ。 あの、泣いても、いっすか?」
「……ああ、いいよ」
「……ぐすっ。 知恵の輪、もう壊さないっす」
夕日に照らされ、俺は羽多野さんの背にしがみ付きながら泣いた。 土手沿いの田舎道を、40代のおっさんと自転車二人乗り。 ガタガタ危ないから、俺は羽多野さんにしがみついて軽く半泣き。 な、なんでこんなことに…… 紫乃ちゃんマジで泣いてたし、なんかチビどもは再び泣いてたし。 俺、マジで悪いことしたみたいじゃん。
「……羽多野さん。 紫乃ちゃんに、弱いっすね」
「……僕の奥さんの若い頃に、そっくりなんだよねぇ」
……ああ。だから嘘だよぉ、とか言えなかったんすね。 見栄張りたかったんすね、かっこいいとこ見せたかったんすね。 そのせいで俺、マジで捕まったみたいになっちゃってますけどね。
「羽多野さん…… 俺、カツ丼より親子丼がいいかな」
俺は一人呟いて、沈んでいく夕日を眺めていた。 てか、明日からどうしようぅ……