個人的に好きなのです
カララララッ。 ゆっくりと開く扉。 その男は、尖った犬歯をちらつかせ不敵に笑う。
「……来たか。 ふ、律儀だな。 いつもこの時にしか訪れないとは」
「それが男、ってもんだろ? なぁ、マスター」
「そうだな」 俺はそう答え、後ろの棚からいつもの『ブツ』を取り出す。 この男がここに求めるもの、それはこれしかない。 レジカウンターに置かれたそれを見て、男はまた不敵に笑う。
「マスター、いつも悪いね。 最近じゃ厳しくなってね、手に入れるのも一苦労だ」
「いや、構わないさ。 あんたはお得意さんだ、これからもご贔屓に」
「くくっ。 マスター、あんたもなかなか悪い人だ」
二人は笑う。 男はその場でそれを開き、中から一本取り出してゆっくりと咥えた。それに続くように俺もポケットの中から一本取り出す。
「……ふう。 やっぱりこの香り、味、そう簡単にやめられねぇよ」
「ああ…… 最近うるさいからな、立場が狭くて困るってもんだよ」
「ふふ、違いない。 でもこればかりはね、俺たちの安らぎだからね」
「ああ…… そうだ、今日は他に良いものを用意したんだ」
俺はそう言って、冷やしてあった『あれ』を取りに行った。
「……マスター。まさかこれは?」
「ああ、あんたも一杯どうだい?」
「……こんなお天道さんが沈む前からかい?なんだか悪い気がするね」
「だが…… あんたも好きだろう?」
鋭い犬歯、それがまたチラリと顔を覗かせた。 二つ並んだコップ、それに注がれた黄色い液体。 そして真っ白な泡。
「良いのかねぇ。 客にこんなもの進めて」
「でも、あんたも嬉しいだろう? いいじゃないか、このくらい。 お天道さんも許してくれるさ」
そうして二人は、グラスをチンッ、と鳴らしてお互いに喉へと流し込む。 日差しの強いこんな日、汗もジワリと噴き出す中。 この一杯の旨味は極上であった。
「……ぷはぁ。 美味いねぇ、なんだか今日はいつもより美味く感じるよ」
「それは良かった。 それで? 最近どうなんだい、あんたは」
俺の質問に、二本目を口に咥えながらぼんやりと外を見つめ始めた。 そしてゆっくりと口を開く。
「……ふぅ。 どうもこうも、退屈ばかりだよ。 俺は孤独な狼だからね、群れるのが好きじゃない。 だけど周りのやつらは群がってまるで蟻のようだよ」
ふっ。 こいつも苦労しているんだな。 でもしょうがないことだろう、若いうちは悩んで迷って、答えを出さなければならない。 それが大人への階段を上る、と言うことだ。
「いいじゃないか。一匹狼、大いに結構だ。居場所探しに夢中で自分を見失うよりも、ここにいる! と明確にする方が大事だと思うね、俺は」
「マスター…… ふ、やっぱりマスターの言葉には重みがあるよ。 俺の小さな不安もかき消してくれる、ありがたいね」
カララララッ。 おや、こんな時にお客さんかい? まぁ、こんなダンディーでハードボイルドな空間だ。 きっと踏み込んではーー
「あ! てんちょー! また店内でタバコ吸って! もー‼︎ 臭いって言ったじゃないですかぁ」
あ。 そういえば今日バイトだったっけ、紫乃ちゃん……
§
「まったく…… 男二人で何コントしてるんだか」
「あのぉ、し、紫乃ちゃん? コントじゃなくてね、これはその、人生相談と言うかーー」
「言い訳は聞きたくありませんから!」
はい。 ごめんなさい、すみません。 店ん中で吸ってごめんなさい、後で消臭剤置いとくんでその、ほんとすんません!
「ふふっ。 姉貴、そんな怒んなって。 ここはマスターの城だ、マスターが何をしても問題は、ないだろ?」
そう言って、タバコ(ココアシガレットだけれども)を咥えながら余裕ある表情の男の子。 剛くん、紫乃ちゃんの弟くんだ。 絶賛不良中(そして若干の厨二病を患っている)である。
「つーよーし〜? あんたねぇ」
「何? 姉貴、やんの? 悪いけど俺はもうあの頃の俺じゃないぜ? 生まれ変わったんだよ。剛転生第二幕!ちょうどいい、姉貴には俺の新たなステージの前座となってもらおうか?」
おお! いいぞ剛くん! 厨二病が進行してるぞ! 痛いぞ、痛いぞ剛くん! お兄さんは面白いから止めないぞ!
「あんたねぇ……」
「なんだぃ? 女には手を出さないと思っているのか? だがな、血を分けた姉弟だとしても! いや、だからこそ争うのだよ! そう言う宿命なんだよ、俺とあんたはなぁ! さぁ始めよう、血で血を洗う呪われた聖戦の始まりだ!」
いいぞ! 剛くん、いいぞぉ! ただの姉弟喧嘩をそこまで痛く変換できるとは‼︎ とても面白いぞぉ! 無意識に笑われる才能があるぞぉ!
「うっさい。このコミュ障」
「あん? なんだってぇ!」
姉弟ふぁいとぉ…… レディィィ、GO‼︎
「コミュ障って言ってんの。 ったくねぇ、孤独な俺かっこいい、なんて無理矢理思い込んでんのかもしれないけどねぇ。あんたただ友達作れないだけでしょ」
「ふん。 これだから素人は。 俺はそんな弱者とは違う。 俺は望むまま生きてるだけさ」
激しい攻防だぁ! おっとしかし! 剛くん、ココアシガレットを持つ手が震えているぅ! おっと、飲み物に手を出したぁ。 アル中か? アルコール中毒なのか? アルコール無いと落ち着かないのか? しか〜し残念! 先ほどから飲んでいるそのビールみたいな飲み物は…… ○ンガ○アさんから販売されている『こどもののみもの』だぁぁぁ! これは紫乃ちゃん優勢か? 優勢なのか? どっちなんだい!
「あんたねぇ、進路とかちゃんと考えてるの?」
おーっと紫乃ちゃん! ここで現実突きつけたぁ! さぁ、どうなんだい? 剛くん、進路決まってるのかい決まってないのかい。 どっちなんだい‼︎
「 進路? はっ、俺は俺の道を行くだけだぜ‼︎」
きぃぃぃぃぃまってない! 濁しまくりだぁ、泥沼だぁ! すでに剛くん涙ぐんできたぁ!面白いから俺は絶対止めません!
「中退とか許さないからね、あたしは」
「あんたに俺の人生決める権利がーー」
「ゆ、る、さ、な、い。 分かった?」
「う、うぅ…… り、陸さぁぁぁぁん! ね、ねぇちゃんがぁぁぁ‼︎」
カン、カン、カーン! 試合終了! 勝者紫乃ちゃーーん! ふぅ、楽しかった。 さて、この俺の胸に飛び込んできた(タックルかました) 子犬のような少年をどうしようか。 プルプル震えてるしな、紫乃ちゃんご立腹だしな。
「まぁ紫乃ちゃん。 大目に見てあげてよ。 この年頃は色々悩む時期だしさ」
「そーだそーだ! ねぇちゃんのバーカ!」
おお、後ろ盾あるとこうも違うか。 てかやめろ、絶対トバッチリ食らうから。 マジやめて、紫乃ちゃんの顔見れないから、マジやめて。
「テンチョウ。 アマヤカサナイデクレマスカ」
「……はい。 すみません」
怖いよぉぉ。 なんか話し方ロボットみたいになってるよぉ。 なんだ未来から来た女子高生型ロボットですかあなたは。
「……まったく。 剛、あんた本当に進路、どうすんの?」
「……陸さんとこ、就職する」
はぃぃぃぃ? この子犬め、とことん俺を利用しやがってぇ!
「ダメよ。 私が許さない」
「なんで! ねーちゃんもバイトしてんじゃん!」
「私はバイトだからいいの。 でもこんな所に就職なんて先が見えなくて不安しか無い。だからダメ」
おおぉ、そ、そこまで言いますかい。 え、てか紫乃ちゃんアルバイトとは言えどここで働いてるよね? え、そんな風に思ってたの?マジで割り切り度100%で来てたの⁉︎
「……ぐっ! た、確かにボロくて客いないけどさ!」
ぐっは。ちょいタンマタンマ。 てか剛くん誰の味方なの⁉︎
「それでも! 陸さんがいるだけで、この店は来たい理由になる!」
ふぁぁぁぁぁぁぁぁ! 剛くん、ナイスコメント。 後でココアシガレットを1カートンあげよう。
「……まぁ、それは、分かるけど」
「ねぇちゃんもバイト無い時陸さんのことーー」
瞬間、俺に抱きついていた子犬は紫乃ちゃんにヘッドロックをかけられていた。 い、いつの間に……
「つ、よ、し〜? あ、あはは。 店長、すみませんちょっと弟のこと家まで送りますねぇ」
「こ、この前も唇触られてーー いででででで‼︎ り、陸さぁぁぁぁん!」
涙と悲しみと痛みと理不尽を抱え、剛くんは連行されて行った。 君のことは忘れない。また、来てくれよ。 …… 個人的に、見ていてすごく面白いから。