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言葉のキャッチボールなんて







土曜日。 今日は紫乃ちゃんは休みである、なんでも友達と隣町まで行くのだとか。 電車で1時間ほど、こーんな田舎に比べればそこそこ栄えてる。 俺も月に一度行くくらいなもんだがな。 ここら辺スーパー無いしね、うちの商品を毎回拝借してたら自分の首締めることになるし。 それに俺のエルグランドちゃんもたまには動かしてやらないと拗ねちゃうかもしれんし。愛車もかまってやらんとね。




カララララッ。



「重盛? しげもりぃ、いるかーい?」

「あぁ。 近藤さんとこのおじいちゃん。重盛さんは今日もいないよ」

「ん? お前さん、重盛か?」

「んーん。 違うよぉ、俺はねぇ、陸って言うんだよぉ。 今月入ってもう7回目かなぁ、自己紹介は」

「そうか。 おまえさん、どこかあの頃の重盛に似とるのぉ」

「あはは、どの頃の重盛さんかなぁ。 皆目検討もつかないなぁ」




ヨボヨボのご老体。 この近くに住む近藤さんとこのおじいちゃんである。 もうボケが進み過ぎていて正直会話は成立しない。言葉のキャッチボールなど出来ない、もはやドッチボールである。 そして俺は全力でそれを受け止めなければならない。 でも別に苦ではない、俺って実はお年寄り大好きだから。




「それで? おじいちゃん、今日はなにが欲しいのかな?」

「お婆さんがな。目玉焼き焼いてな。 それを食べてな。 だからな、片栗粉が無いんじゃ」



なるほど。つまり片栗粉が欲しいのだな。 その前の会話はスルーしよう。 要点を捉えるとは大事な事なんだと最近気づいた俺である。



「片栗粉かぁ。 何に使うのかな?」

「重盛がな。言うとったんじゃ、あの熊は山のヌシだと。 絶対仕留める、そう言っててのぉ…… なのに、重盛…… 今度結婚するらしくてのぉ」



片栗粉かぁ。 なんだろ…… あんかけとか?とりあえず料理に使うんだろうな。 うーん…… しょうがないな。 いつも通り聞きに行くか。



「おじいちゃん。 俺ね、今から家の人に聞いてくるから! ちょっとここで休んでてね?」

「あぁん?」

「あははは。 おじいちゃん、それもしも俺以外に言ったら喧嘩売っちゃうことになるからね? 気をつけようねぇ」

「重盛、わしゃ焙じ茶が好きなんじゃ」


「行ってくるねー!」




俺は駆け足で店を出た。




§





ピンポーン。


「すみませーん。 佐久間商店ですが」



「はーい」と言う返事とともに、中から現れた美人さん。 あのおじいちゃんの娘さん。 確か奈美さんと言ったか。 うん、俺もこんな奥さんが欲しい、切実に。




「あら。 陸くん、どうしたの? ついに経営難で配達でも始めたの?」

「いやぁ、ははは…… 実は、おじいちゃんがまた来てまして」




なんですか、あのJKと言いこの町の女性たちはグサッと一刺しが得意なのですか。そう言う遺伝子でも存在するのか?



「あー、そうなの。 ごめんなさいねぇ。 行ってくる、って出かけたのは知っていたのだけど」

「それで。 片栗粉が欲しいと言ってまして」

「片栗粉? それならまだきらしてないけれど…… ごめん陸くん。 お父さんには要らないと伝えてくれないかしら」

「分かりました。 では、お邪魔しました」



軽く会釈をし、俺は急いで店へと戻った。おじいちゃーん、頼むからおとなしくしててねー!





§





「お、重盛。 帰って来たか。 暑かったろ、ほれ、冷たいお茶じゃ」

「…… はぁ、はぁ、はぁ。 っふぅ! おじいちゃん、これで7回目だねぇ」




万引きが。 おじいちゃん飲んでるお茶、それうちの商品だからね。 「冷蔵庫に沢山あった」じゃないんだよ。 てか当たり前でしょ! 商品なんだから! 見えてない? え、その¥150と書かれた物が目には入ってないの!



「おじいちゃーん。 まぁ、いいけどさぁ。 あんまり知らない所から物取っちゃいけないよ?」

「ん? ワシの家じゃろ? だからある物は取ってええじゃろ」



もはや佐久間商店は別荘ですか? あなたのお家、なかなかご立派なお家なんですけども。 こんなボロい店が別荘でいいのかい? とグダグダ考えながらも、用意してくれた(お店のだけど)お茶を遠慮なく飲んだ。






「あっついねぇ。 おじいちゃん」

「あぁ、重盛も暑いと言っておるかものぉ」

「……おじいちゃん、重盛って、複数人いるのかな?」

「なに言っちょる。 重盛は重盛じゃ」

「じゃ俺は?」

「お前さんはあの頃の重盛じゃろ? 耳のあたりで分かるじょ」




すげぇ。 俺ってタイムトラベラーとか言うやつなのか。 てか、あの頃ってどの頃なんだよ。 そのうち気になって寝れなくなりそうだから早めに答えを求む!



「重盛さんは、どんな人なの?」

「そうじゃのぉ…… あの、あれだ。 『おフクロウさん』で有名なあの人、あの人と友達なんじゃ」



フクロウ? え、なに野生の王者的人なの? …… ああ、おふくろか! え! じゃあまさか森……



「なんてったっけのぉ。 森、森、森…… そうじゃ! 森野熊さんじゃ! その人と友達なんじゃ」





うん、マジで野生の王者説が高まってきたぞ。 森野…… 熊さん? え、それってある日森の中現れる人? でしょ? え、そんな人? と友達なの⁉︎ てか、それ人じゃなくもう完全に熊だよね。 熊と友達なの重盛さん!なんだ、あの有名なお歌はノンフィクションなのか⁉︎主演重盛なのか⁉︎ 熊とお礼にブレイクダンシングだったのか‼︎




「へ、へぇ。重盛さん、凄いんだねぇ」

「じゃろ? おお、もうお天道様もあんな所に」

「そうだね。 もう15時だしね」

「重盛が帰ってくるのぉ。 じゃ、わしゃ帰るぞ」




重盛帰ってくんの⁉︎ え、もうなんなの重盛って! もはや一大ブーム巻き起こす勢いだよこれは。




「じゃーの、豊久」






……だれぇぇぇぇぇぇぇ! 豊久って、だれぇぇぇぇぇぇぇ‼︎ てか、片栗粉のくだり忘れてるからぁぁぁぁぁ!



なんだか一瞬、近藤さんとこのおじいちゃんの背中がカッコ良く見えたのは気の迷いなんだろう。



しかし今日も謎は解けなかった。むしろ新たな謎が増えてしまった。 近藤おじいちゃん、恐るべし。 なにが一番恐ろしいかって……





今月すでに2千円程万引きを行ってる事実である。恐るべし近藤おじいちゃん。 恐るべし重盛。 そして誰だ、豊久って……






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