名前
ちょっと短いですが…。
ようやくプロローグ完結!みたいなものです。すこし雑な流れになってしまったかと思いますが、まぁ本編はこれからということで…。
「なぁ、アンちゃんの名前はなんて言うんだ?」
デールに聞かれた時俺の時間が止まった。
何もおかしなことなんて一つもない。自分の名前だ。思い出してみろ―――。そんなの分かるに決まってるじゃないか。前世の名前のままだろ。冒険者になる時登録しただろ。勇者を任命された時、名前を呼ばれただろ。
――――思い出せなかった。
俺はなんて名前なんだ――――――――――。
「ど、どうしたんだよアンちゃん!!」
「すまん…思い出せない…。思い出せないんだ、自分の名前が…。はは…は…おかしいよな自分の名前がわからないなんて…。ありえないんだよ…。ありえないはずなんだよ…」
「落ち着けって、一先ず深呼吸だ深呼吸!!」
デールに背中をさすられながら、俺は深呼吸をする。
少し落ち着いてきた気がする。
しかし自身の名前がわからないなんてことがあるのだろうか。
最後に自分の名前が呼ばれたのはいつであったろうか。
「―――――アンちゃん、昔のおとぎ話であるんだけどよ。魔王に挑み、敗れていく勇者に対して魔王は命を取らずにもっと大切な者を奪っていくっていう話があるんだ…。もしかしてアンちゃんが奪われたのは『名前』なんじゃないのか?」
思い出されるのは魔王と戦った時の最後の記憶―――――。
『まぁ、一応いつも通りこやつの大切なモノをもらっておくとするかの』
俺はてっきり大切なものとは魔眼のことだと思っていた。毎回やられていた勇者たちから神器を奪っているのかと思っていたが、魔王が奪っていたのは勇者の名前だというのか…。
「でもどうして『名前』なんて奪うんだろうか…」
「流石におとぎ話だと思ってたからなぁ、俺もわからねぇが…。というかやっぱりアンちゃん勇者だったんだな。今まで大変だったろう…」
そう言うとデールは俺の体を力いっぱいに抱きしめてきた。汗臭く、ヒゲが頬にあたって気持ち悪い。しかし彼の体にはどこか安心させる効果があった。
自分の名前を奪われ、己が誰であるのかさえ分からなくなる。自己喪失の危機、アイデンティティの喪失というのをまさか体験することになるとは思わなかった。
前世の記憶を探ってみても、自分の名前に関する部分だけがモザイクがかったように思い出せない。
デールの背中をタップすると離してくれた。
落ち着いて考えてみると今の俺には何も残ってないことがよくわかった。
名前も無い。
神器も失った。
勇者としても光国からの信頼はなくなった。
ついでに金も家もねえ。
悩んでいたことがアホらしくなるほど何も持っていなかった。
なんだよ、勇者の指名って。くそくらえ!
アルバス達には悪いが、今の俺にできることなんて本気で何もない。もう開き直るしかない。
「はは、ワハハ!!!ワハハッは!!」
いきなり笑い出した俺に対してデールはひどく驚いた顔をした。
「はは、すまん。なんだか悩んでいたのがバカらしくなっちまってさ。脳みそ弄られて勇者なんて重荷背負わされて、魔王と戦う寸前で神器盗まれちまうしよ…。魔王と戦ったら名前まで取られちまう。おめおめ逃げ帰ってきたら騙されて処刑されそうになるし、兵士たちからは無理だって言っているのにまた勇者としての重荷背負わせようとしてくるんだぜ…。これはおかしくて仕方ないぜ…。はは笑うしかねーな」
ひとしきり笑うとなんだか全てがどうでもよく感じる。いや、今まで悩んでたことが解消されたと思えた。名前も無いならいっそのこと一から始めてみるのはどうだろうか。
もう一回冒険者になって、
今度は少し魔力の多い魔法使いとして異世界を満喫するのだ。
いいじゃないか!
前世では人を信用できなくなって、自殺して、ロクでもない人生で。
今世でも人を信じず、裏切られて、最後に助けられて、危うくまたロクでもない人生にするところだった。
ごめんアルバス・クレイ・ショーン。
それだけは心に刻む。三人が助けてくれた命を、三人が望むようには使えない。俺には無理だ。
だから、いつかそれだけは謝りに行くから…。見上げた夜空に浮かぶ月に誓った。
「それで、アンちゃんはどうするんだ?名前も含めてだけどよぉ」
「とりあえず、冒険者になろうと思うよ。デールが言ってたじゃないか。流れるままに人生を任せるのもいいって。それぐらいテキトウなぐらいで丁度いいんだと思ってね。とりあえずまずは冒険者になって色々この世界を楽しんでみたいと思うよ。金もないし、力もない。勇者なんて大層な人間じゃなくて、俺一個人として生きてみることにするよ」
ようやく俺は本当の意味で転生するのかもしれないな。第二の誕生とでも言おうか(笑)
俺再誕☆みたいに。
「それでいいんじゃないか。とりあえず名前を決めるところから始めるのか?」
「そうだなぁ、デールはどんな名前がいいと思う?」
「名前ねぇ…ムーアっていうのはどうだ?」
「ムーア悪くないけど、なんでなんだ?」
「先代勇者の名前だ」
「却下」
「だよな」
デールと笑い合いながら自分の名前を決めるなんて変な事をしながら夜を明かした。
結局俺の名前は「ジュウベイ」にした。なんでかって?隻眼だからだよ。俺の前世でもオタク心が少し思い出せた。
次の日の朝。
布団で寝ているとアリアに揺さぶられて起きる。
「おはよう」
「(こくっ)」
相変わらず話さないが、妖精みたいな笑顔だ。
「なぁ、アリア。俺の名前はジュウベイだ。改めてよろしくな」
そういうと俺はアリアの頭をゴシゴシと撫でる。まるで生まれ変わったように感じた。その日の朝にデールにナイフを借りて、長く伸びていた髪を切った。髪で隠していた目の部分はかなり醜いので眼帯を付けることにしよう。一先ず包帯を巻いて隠す。
デールの仕事の手伝いをしながら初歩的な魔法を練習する。
デールはあまり魔法が得意でないようで、あっという間に技術的に追い抜いてしまった。アリアは魔法がそれなりに得意なようだ。この家にある本には初級の魔法しか載っていないが全て使えるらしい。
妹みたいなアリアと一緒に魔法を練習すること一ヶ月ほど、俺の体の調子は健康そのものとなった。
そろそろ旅立ちの日だ。
家の玄関でアリアとデールが見送りに出てくれる。
俺の腰には短剣が一本、デールの昔の装備品を一式分けてくれた。
「俺はもう使わないものだからよ。たまに顔見せに戻ってこいよ、ジュウベイ」
優しい口調で話すデールはどこか俺の親父みたいに感じた。父性とでもいうのだろうか。無償で置いてくれた恩は一生忘れないだろう。アリアにもお別れを言って俺はようやく第二の人生を歩み始める。
色々吹っ切れてしまったことで、主人公の口調やら態度がオタク風になっていくと思います。
今までの作風、とは少し変わってしまうかもしれません。あしからずん
感想お待ちしています。