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今日も更新できた。
森の中、木々の間から差し込む木漏れ日が少女を幻想的なものに魅せていた。
ふんわりと広がる栗色の髪の毛はおとぎ話に出てくるキャラクターのようだ。
体は未だ幼く、せいぜい10歳程度だろうか。クリッとした両目が俺を見つめていた。
「――――」
何日間も木の根の元で身動きを取っていなかったためか体は動かない。体調も限界だ。
少女は俺と目が合うと、すぐさま背中を向けて消えてしまった。
やはり、何日も風呂にも入っていない。麻布一枚身につけただけの不審者は怖かったのだろうか。しかしながら少女の目に怯えはなかったように思えたが、気のせいだったのだろう。少女が居なくなった今となっては、あの子は幻だったのではないかと思えてくる。
暫くすると、少女が一人の男を連れて戻ってきた。
「こんなとこに何がいるっていうんだ…っておいだいじょぶか!?」
髭もじゃな男だった。体はしまっており、森の木こりか何かだろう。
俺の何日にも及ぶ木の根生活は終を迎えた。
「はは、あんちゃんも大変だったみてーだな!!体調も悪そうだけど、病気か何かか?」
髭もじゃな男は名をデールと言った。少女の方はアリアだそうだ。
デールは森の外れに住んでいるらしい。昔は冒険者をやっていて現在は引退し、森の管理人をやっているとのことだ。アリアの方はよくわからない。殆ど話さず、ただ俺を観察している。手に持っているのはクロッキー帳のようなもので常に絵を描いている。
デールは俺にスープを渡し、丸椅子に器用に座る。
「あぁ、病気では無いみたいだが、体の底から熱が止まらない状態だ。もしかすると俺の体質的な問題かもしれない。助けてもらったのに死体の始末まで頼むわけにはいかないから俺はもう行くよ…。スープありがとう」
無理やり体を動かそうとすると軋んで悲鳴をあげる。
外傷等はないが、本格的に自立して動くことが不可能になってきている。
「おいおい、そんな状態じゃこの家を出たらすぐに倒れちまうぜ。玄関先に死体がある方がこちとら迷惑だってもんだ。いいから少し休んでけアンちゃん」
「あぁ、済まない。迷惑をかける。一つ聞きたいんだが、最近森に光国の兵士たちが入っていったろう。それらは今どうしているんだ?」
「光国だぁ?そういえば数日前に兵士たちが入ってきてたな。あいつらは土足で森を踏みにじっていきやがるからな、ほんっと迷惑だぜ。で、兵士だったか。あいつらならもう森にはいないと思うぜ。俺が追っ払っちまったからな」
「追っ払った?」
「おうよ。まぁ、あいつらも何を探して森に入ったのかわからねぇが、そうそう時間も無かったみテーだしな」
そういうデールはニカッと笑った。これは少なくとも俺がその探されていた原因であったということは分かっているのだろう。流石に俺が勇者かどうかまで知っているかはわからないが。
「なら、なおさら迷惑をかけるわけにはいかないな…。問題が起きないうちに出て行くさ」
「ったく頑固なやつだなぁ…。じゃぁ、一つだけ試してもいいか?さっきアンちゃんの体の中に熱が篭るような感覚だって言ってたな?」
「あぁ、大量の熱が体を蝕むみたいな感覚だ」
「合っている保証は無いんだが、それはもしかすると――――魔力飽和じゃねーか?」
デールの言った魔力飽和とは、滅多に発生しない出来事である。
本来魔力は食事や睡眠といったモノから生物の生命活動の余剰エネルギーから作り出されると考えられている。魔力の生成量は個体差が存在する。一日で魔力を全魔力を回復出来る者もいれば、できない者もいる。
そして魔力は体に存在する魔力穴と呼ばれる器官から体外へと放出され、魔法は放出された魔力を練り上げ、再構成することで発動するのである。何らかの事情で魔力穴がふさがってしまった場合等で、魔力が体内に溜まりすぎてしまうことが原因で発生するものらしかった。
過剰に溜まった魔力は体を蝕み、次第に熱を持つ。普通の人ならば、魔力の回復力そのものが小さいため問題にすらならない。
俺の場合はおそらく神器が影響しているのだろう。
神器は使用者の体内に存在する魔力を自動的に吸い上げる構造をしている。魔力穴から放出した魔力を用いるのでなく、直接である。その方が魔力の消費効率、変換効率が良いためらしいが今回俺にとっては弊害としかなっていなかったということだろう。
俺の体の魔力穴は殆ど使われてこなかったせいで、殆ど閉じてしまっている。
故に神器を失ったことで魔力を放出することが不可能になってしまったのだろう。
デールの話を聞いて俺も納得してしまった。
ならば話は単純である。体に溜まった魔力を放出すれば良いとのことだ。
「そういえば俺魔法使ったことないな」
「はぁ!?それで今までどうやって生きてきたんだよ!!」
デールはありえないといったような表情で見つめるが、
「でもそうでないと魔力飽和になんてならねーか。じゃぁ、一先ず詠唱ありの点火の魔法からやってみるか」
デールの提案に乗り、初級魔法を俺は覚えることになった。
最初は中々上手く魔法を扱えずに苦労した。
五回ほど失敗して、諦めかけた時にアリアが隣でいともたやすく点火を発動させて俺を見つめてきた。自慢してんのかコラとも思ったが、こんな小さい子にできて勇者ができないなんてありえないと思い、再び挑戦する。
要するに魔力を使うのは神器と同じ要領だ。体から勝手に吸われていた魔力を自身の意志で動かし、魔力穴から放出する。それに合わせて呪文を唱えれば、魔力が変換される。その理論でいくと呪文を唱えずとも魔力穴から魔力を放出していればいいのだが、俺の場合本当に魔力が放出されているのかわからないので、確認するには魔法を発動させることが一番の近道である。
また、少しでも魔力が放出できれば、呪文が自動で魔力を引き出してもくれる。それで感覚を掴んでいくようだ。
異世界に来たというのに魔法を使うというのが思い浮かばなかったのは、どうしてだろうか?
確か最初に冒険者として登録した時同じように点火の呪文を教えてもらった気がする。しかしながら全く上手くいかずに投げ出したのだったか。それ以来俺は神器があればそれで戦えると分かってしまったから自身で魔法を使うことを諦めたのであった。
あの時に物臭らずにキチンと魔法を覚えておけば、神器を失ったあとももっとうまく戦えたのではないだろうか。
王都を逃げ出した時もアルバス達を犠牲にしなくて済んだのだろうか?
後悔後を立たず、思考を振り切って俺は右手人差し指に集中する。
イメージ、イメージだ。火、炎。どこかの戦争時に共に戦った魔道士が言ってた気がする。「魔法とは想像!イっメージング!我に不可能はナいっ、ふは、ふはははっはごほっごほ」と…。彼はその後に大魔道を魔族にぶちかまし直ぐさま意識を失っていたが。
揺れる陽炎。ロウソクの先に揺れる炎を想像する。
「人の英知の一歩目、周囲を照らせ、明日を灯せ、点火」
ちょっと恥ずかしいセリフを述べ、俺は六度目の挑戦をする。
すると指先が仄かに光を灯、「やっ―――――――へ?」爆発した。
ボゴンと音がした。アリアは驚き目を真ん丸くし、違う部屋で作業をしていたデールは何が起きたんだと焦って部屋に入ってきた。
「ちょーっと失敗してしまいました。はは」
■■■■
次第に点火の魔法は安定して使えるようになってきた。
予想外に暴発してしまったおかげで俺の魔力穴がきちんと開いてくれたようで、二回に一回は成功するようになってきた。確か神が昔、俺は魔力が多いとか言っていた気がする。だからこそ神器を使いこなせていたのだろうが…。
これからは魔法技術を積めば、再び魔王を討伐出来たりするのだろうか?
「晩飯出来たぞ…。どうしたアンちゃん、そんな深刻そうな顔して」
コトリと晩飯の入った皿をデールが置く。
「そんな思いつめた顔してたら、そこそこの飯もまずくなっちなうぜ」
冗談交じりで笑うとデールは隣に座るアリアの頭を撫でながら言った。
「うまいか?アリア」
「(ふるふる)」
「このクソ生意気なやつだな・・・全く。誰に似たんだ」
傍から見るとアリアとデールはまるで親子のように見えるが、どう考えても可笑しい。似てなさすぎる。
「アリアとデールさんはどんな関係なんですか?」
「デールさんなんて使うんじゃねーよ。なんかムズ痒いだろ、デールでいいよ。
アリアとはなぁ、―――この森で会ったんだ」
森で会ったとは意味深な事を言っていると思った。どうやら森で彷徨っていたアリアをデールが保護したという形らしい。共に暮らすようになって未だに一年と比較的短い。デール自身この森に居を構えたのは1年半ほど前らしい。
「そういえば、それまでは冒険者をやってたんですよね」
「あぁ、まぁランク自体は大したことなかったけどな。クエストでヘマこいて肩をやっちまってな…。それから王都を離れてここで暮らしてるってわけだ。お前さんと会えたのも何かの縁だ、こんな家でよければゆっくりしていってくれ」
そういうとデールは蓄えている髭をなでつける。俺を見つめる眼差しにはどこか懐かしむような感情が見て取れるようだった。
俺はデールの作った晩飯をかきこむと再び点火の練習へと戻った。
夜中、アリアが寝てしまったため魔法の練習は家の外で行っていた。
夜空に浮かぶのは半月だ。ニタリとわらった形に見えて少し不気味に感じてしまう。
「点火」
今日一日練習し続けた結果として、点火というだけで魔法の発動はできるようになった。まぁ、普通皆できる魔法らしいからあまり自慢にはつながらない。
魔力を少しづつではあるが消費できたためか、体に篭っていた熱は次第になくなってきた。
夜風が気持ちいいとすら感じられる。
俺を助けるために森で別れた三人はきっと死んでしまっているだろう。
俺なんかを助けるために犠牲になった。
勇者として働いている時は、俺のために死ぬと言われてもなんとも思わなかった。そもそも勇者の時は強すぎて誰かが俺のために犠牲になるということ自体存在しなかった。もしかしたら誰かをどこかで犠牲にしていたのかもしれなかったがそれを知ることは一度も無かった。
力を失った俺のために死ぬことはどんな意味があったのだろう。
彼らの命を背負ったこの命は何に使うべきなのだろう。
やはり、世界を救う勇者として再び活躍することだろうか?
しかし、その為には神器が必要不可欠である。行方のわかっているもので4つ。
魔王の手に魔眼と神クラスの剣の一本、光国に神防のマントと神の盾。のこり六つはどこにあるのかすら検討もつかない。盗んだのがセバスだったとするなら彼を探すのが一番の手と言えるだろうが、簡単に見つかるとは思えない。光国内に隠れているのか、隣国のニケリアにいるのか、もしくはそのほかの国に逃げ込んでいるのか。広い世界の中から探すのは一苦労だ。ほぼ不可能だろう。
ではわかっている四つから手に入れるかといえば、正直そちらの方が不可能だろう。魔王には魔眼を持った状態でも負けたのだ。光国側も神器を持たない俺がいったところで返り討ちになることだろう。
答えを見つけられないまま俺は座り込んでしまっていた。
背後からデールが近づいてきた。気配を消したものであったが、歴戦の経験ゆえか偶然か俺は気がついた。
「お、バレちまったな。これでも飲まないか?外は冷えるだろ」
手に持ったカップを掲げながらデールはそういった。
男二人で並びながら月を見る。なんとも男臭いシチュエーションではある。
熱いスープはスパイスがほんのり効いていて、冷えた体には真から温まる。
ズズ、と飲みながら俺は一人話し出す。
「デールはどうしてここに住んでるんだ?」
「どうして・・・か。どうしてだろうな。冒険者をやっていた頃はとにかく有名になるんだ!っつー夢を持ってたんだよ。でもよ、続けていくうちに俺は限界を感じちまった。俺よりも若い連中がどんどんランクを上げていく。俺は置いてかれちまうって思ったんだよ…。それで無理して受けた上位クエストで肩に怪我をしちまった。ほら…右腕はここまでしかあがらねぇんだ」
デールの右腕は言葉の通り、途中までしか上がっていなかった。肩口には大きな傷跡がある。
「まぁ、その時に死にそうになったんだがな…とりわけ若い冒険者に助けられてな。そん時に思ったんだよ。俺はもう無理なんだなってな。でも、冒険者をやめて溜めた金を使いながらここで森を守るっていうのもそう悪くない生活だった。昔はきこりだなんてなりたくないと思ってたんだが、やってみると色々な発見がある。今日は動物たちがやたら騒いでいるだとか、庭に花が咲いたとか色々な。アリアと出会ったのも大きいかもしれない。あの子はどこから来たかわからない。きっといつかどこかに行ってしまうと思う。でも、それでいいって今は思ってるんだ。
流れに身を任せる。生きる意味なんてなくても構わないんじゃないか。流されるままに人生を送っても意外と楽しいものだって。
その流されてる間に人生の目的が見つかれば、それはとても幸せなことなんだって―――」
デールの話は俺の中にすとんと落ちた気がした。
生きる意味を俺は求め続けていた。
勇者の生きる意味は魔王を討つため―――――――。
力を失った勇者は、魔王を討てない勇者の生きる意味は――――。
「なぁ、アンちゃんよ。そろそろ聞いてもいいか?」
「――――何をですか?」
やはり、デールは俺が勇者だと知っているのだろうか?
「アンちゃんの名前はなんていうんだ?」
「―――――おれの・・・なまえ?」
俺の名前は―――なんだった?
感想お待ちしています