逃走
ちょっと短いですが…。
アルバス、ショーン、クレイの三人と俺を乗せた馬車は三日目の旅を終えた。
未だに彼らと話すとき若干の緊張があるが、すこし気分は晴れてきた。
自身の生きる意味は未だにわからないが、生きてきたことに意味が見いだせただけでも心は軽くなった。
王都からの追手は未だ見えない。彼らも処刑日までに捉えると息巻いていることだと思われるが、今日まで特に目立って追っ手が来たということはなかった。かなりの速度で移動しているとは言えこちらは馬車だ。魔法を用いた移動方法を行えば、圧倒的に早く追いつかれているはずであるし、光国の秘蔵戦力である飛竜隊を用いれば更に発見されるのは早くなるだろう。
三人には言っていないが俺の予想では明日頃には見つかる可能性が高いと思っている。なにせ人数がこちらは少ない上に、頼れるものは何もない状況だ。疲労も皆ピークを迎えている。俺は牢屋の時から体調が悪化の一途を辿っている為、既に起きている時間の方が短いぐらいだ。殆どを馬車の中で臥せっている。
このままでは俺は体調不良で死んでしまうのではないかと思うほどである。しかし風邪ではないようで、三人もよくわからないということだ。そもそもこの世界は治癒魔法で解決してしまうため医学はほとんど発達していない。
ショーンが少し治癒魔法を使えるようなので、頼んだが変化はなかった。
逃亡から四日目の朝―――。俺の予想は裏切られなかった。
「――――起きてください!!」
アルバスの声で目覚める。朝日が出る間際の時間。馬車は街道をそれた茂みに停車していたが、その場所から移動を開始していた。
周囲を偵察に回ったところショーンが怪我をして帰ってきたのだ。怪我自体は大したものでなく自身の治癒魔法で直したが、どうやら光国側の手配した者と遭遇したようだ。今すぐにでもこの場を離れるべきだと考えたようで馬車を走らせる。
「…俺を置いていけ。俺が目当てにしているなら三人を追う手間は渋るだろうから」
「―――な、何言ってるんですか!勇者様。それじゃ僕らが助けた意味がないじゃないですか」
「でも、逃げたところで俺の体調が悪くなる一方だ。このままだとニケリアまで持たない。どうせ死ぬなら役立って死にたいからな…。もう命を無駄にするのは嫌なんだ…」
しかし三人は結局首を縦には振らなかった。俺を乗せた馬車はそのまま進む。
一時間ほど経つと馬車は自然と停止した。
道の前には光国の兵士が道を塞ぎ、左右は森に囲まれている。後ろも時期に塞がれるだろう。
「大人しくそこの罪人を渡してもらおうか。君たちの仲間とやらも皆既に捕まっている。そこの勇者だった男をかばったところで何一つ得すること等ない」
そう高らかに述べたのはゴルーグ中将その人だった。
すっかりと白髪が混じったその姿はどうしてか不憫に見えた。俺はふらつく体にムチを打ち馬車を降りた。
周囲は囲まれ、もうどうしようもない。大人しく投降するしかないだろう。そう思っていたらアルバス達三人に視線を向けると彼らの目はまだ諦めていなかった。立っていられない俺をクレイが担ぎ上げた。まるでここから逃げるかのように。
「な、何をやっている!早くあの者たちを捉えよ」
ゴルーグの命令が飛ぶと周囲を固めていた兵士たちが一斉に近づいてくる。
するとショーンは馬車に向かって火種を投げ込む。
小さな火種は馬車の中で跳ねると荷物の一つに引火した。
―――――――――――――爆音が響く。
凄まじい衝撃が体を襲う。
王都を抜け出す際に持ってきていた火薬の一部が未だ残っていたのだ。
馬車は炎上し、近づいてきていた兵士は皆吹き飛ばされていた。
アルバスたちは爆発の瞬間のみ地面に伏せ、爆風が過ぎると直ぐさま森に紛れる。俺はクレイに担がれながらそれを見ているしかなかった。道中走らせ続けた馬が爆発に巻き込まれ瀕死になってしまっている。
馬の悲鳴が聞こえつつ、ゴルーグが叫んでいるのも聞こえた。
追いかけっこの始まりだ。
そもそも人数差が果てしない。相手は100人はいるだろう。
それに比べこちらは疲労がたまった三人+身動きのとれない俺だ。
捕まるのは時間の問題だろう。
しかしアルバスたちはあきらめない。
止まらない。
なんでだよ。
なんで諦めないんだよ。
「く、見つかりましたか。ショーン、クレイ。先に行ってください、僕が足止めをします」
「や、やめろ!あんな連中に一人で捕まれば殺されるのがわからないのか」
俺の言葉を聞くと苦しそうに笑顔を作るアルバス。
クレイは一度立ち止まるが、直ぐさま走り出してしまった。ショーンも何も言わずについてくる。アルバスだけが少しずつ離れていく。一人だけ担がれ後ろが見えるためアルバスの背中を見つめ続けた。
直ぐさまアルバスの背中が見えなくなってしまった。しかしながら交戦する音だけが聞こえてきた。数合打ち合わされた金属音と男たちの声が聞こえる。
徐々に遠ざかる音を聞きながら俺は自分に力がないことを悔いた。
なんで俺は守れない。守られたままなんだ…。
くそ…。くそ…。
クレイがいくら巨漢だといっても人一人を背負って険しい森の中を走り続けられる訳が無い。大樹の根元にある窪みで一次休憩を取る。ショーンも疲労が顔に現れている。俺は何もできない。ここがどこだかすら分かっていなかった。リーダー核であった筈のアルバスは足止めの為居なくなった。おそらくは既に殺されているか、捕縛されているだろう。
かつての力さえあれば、三人とも抱えて逃げることぐらい簡単に出来た。
百人の軍隊だろうがなんだろうが、笑って吹き飛ばせるほどの力があった。
それを失い、何もできなくなった。
どうすればいい…。どうすれば少なくとも二人を助けられる…。
ショーンが立ち上がるとクレイに何かをひっそりと告げる。
「勇者様、わかっての通り現状どうしようもない状態です。この場所は幸いかなり見つけにくいでしょう。人一人ならば隠れ続けられる程に…。僕とクレイは二手に分かれて部隊をひきつけます。勇者様が森を抜け、ニケリアへと逃亡したかのように思わさせます」
簡単に言えば囮として駆け回るというのか。そんな話は聞き入れられなかった。やめろと俺は語尾を強くして言った。俺を差し出せば全て丸く収まると―――。それはこれまで何度となく行われてきた会話の再生でしかなかった。
結局彼らにとって俺は未だに勇者なのだろう。
希望なのだろう―――。
クレイは俺に近づくと腹に拳を当てる。
ただでさえ朦朧としていた意識が持っていかれる。暗くなる。
行っちゃダメだ…。二人共…。
「ご武運を―――――勇者様」
ショーンとクレイは残っていた食料やらが入った荷物をその場に残し、腰に着けていた剣を抜くと森も奥へと消えていった。
■■■■
ひどい吐き気で目が覚める。
熱にうかされ、体は今にも爆発してしまいそうだ。腹にはクレイにぶち込まれた痛みが未だにある。
俺を助けてくれた三人はここにはいない。
俺を生かすために行ってしまった。動けない俺はただこの場所で待っているしかなかった…。
俺と関わった人は不幸になっていく。
そんな風にさえ思えてしまう。力の無さに悔しくなる。
ついつい泣きそうになる。最近は泣いてばかりな気がしてならない。
日が昇り、日が沈む。
また日が昇り、日が沈む。
食料だけは三人が残してくれていた為、今のところ困ることはなかった。
そもそも殆ど食料が喉を通らない。
死にかけの生物は動きを止め、大人しくしているが、まさにそのような状態だろう。
このまま大樹の栄養になるのも悪くないと思われる。俺の栄養分なんて大したものはないだろうが…。
また日が昇り、沈む。
こうして何日たっただろうか。現実にいるのか、夢の中にいるのか定かではない。
木漏れ日に差され目が覚めると物音がした。
がさり―――。
動物か?それとも光国の兵士か?
どちらにせよもう自力で動くことはできないのだ。三人が死んでしまったとしたら俺も死んでしまうべきなのかもしれない。
物音が近くなる。
俺が視線を挙げるとそこには一人の小さな女の子が立っていた。
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