4 うそつき
今日はここまで。
意外と疲れた…。読んでいただけると光栄です。感想もお待ちしています。
土の味がする。
歯の間に細かな砂利が挟まり、不快な音がなる。同時に血の味もする、ペッと吐き出す。
・・・ここは?
立ち上がり周囲を見渡すと一面森であった。魔大陸のような周囲一帯が暗闇に包まれることもなく、新鮮な空気が漂う空間である。耳をすませば鳥や動物のさえずる音、鳴き声が聞こえてくる。
木々に覆い茂った葉と葉の間から漏れる日差しが天使の階段のように見える。
地面は幾千もの根が絡み合い、複雑な模様のようになっていた。…模様?
魔眼を発動させ、この模様がなにかの意味を持つのか確かめようとした。
しかし何も起こらない。それどころか右目が見えない。恐る恐る右手で目を触るとそこには何もなかった。
格好は魔王と対峙した時と同様、将軍から借り受けた装備が申し訳程度に引っ付いていた。胸部の鎧は留め金が飛んでしまっていてブラブラしている。靴はところどころ穴があいてしまっている。
とりあえず…どうするか。勇者は呆然としてしまった。
神器は最後の一つである魔眼さえも奪われてしまった。それ以上に先程まで感じていた勇者としての責務・魔王を討ち果たさんとする意志はすっかり無くなってしまっていた。魔王の言っていた通り俺の脳内巣食っていた蟲によるマインドコントロールがなされていたからなのだろうか?それとも神器を全てなくしてしまったことから無気力になっているだけなのだろうか。
魔王が述べていたこと全てが正しい訳でもなかろう。
一先ず、あの戦いの後どのような状況なのか確かめに行くとしよう。この森で佇んでいても何も起こらないし、何も変わらない。
とにかく足を進めることにした。
一ヶ月程度だろうか。
森の中でサバイバルしながら歩いているとようやく森を抜けた。村を見つけ寝る場所と飯を恵んでもらう。大きな町の場所を聞くと心置きなく教えてくれた。しかしもしかするとこの村人も俺のことを騙しているのかもしれない。情報は吟味して選ばなくてはいけない。
村人の助言を元に進む。
二日程度で俺でも知っている大きな街にやってきた。
街に入るや否や、街はどこか空気がおかしかった。悲壮感に溢れているというか、慌ただしいというか。門のところに立っていた兵士に何があったのか聞いたところ、
「どうも魔族側との戦争に大敗したようでな…その責任問題が王都の方で発生し、貴族の粛清が始まっているらしい。ウチの領主様も今回出兵していたからな…無事に戻ってきてくださるといいのだが」
俺は簡単に礼をいうとその場を去った。
やはり魔王軍に壊滅させられたのは間違いなかったようだ。人間同士の責任の擦り付け合いなど興味も無い。勝手にやってくれという気分だ。所詮俺なんて既に死んだ者扱いされていることだろう。その上で俺は今後どうしていくべきなのだろう。
神器も失った。
勇者として生きる意味も失った。
人を信じることもできない。
生きてることに意味なんてあるのだろうか?
死んでもいいのではないか?
とぼとぼ歩いていると声を後ろからかけられた。
「――――――もしかして勇者殿じゃないのか?」
しわがれた声で、疲れきった声だった。
振り返ると10歳は老け込んだように見える男だった。どこかで見たことあるような…こいつは…。
「おまえは・・・」
「ゴルーグです。ゴルーグ・ゴーン中将です!!!」
街の食事処に入る。俺は金なんて殆ど持っていなかったがゴルーグはこの街の領主と昔から懇意にしていたため、戦場から逃げた時に逃げ込んだらしい。ゴルーグから王都の状況をより詳細に聞くことができた。魔大陸から逃げ延びれたのは最初の突撃で逃げ出したものが殆どであり、戦闘に参加したもので人間の領域に戻ってこれた者は俺を除いていないらしい。俺もどうして戻って来れたのかわからず、近くの森をひと月近く彷徨っていたことと魔王に敗北したことを伝えた。
「勇者殿!吾輩と共に王都に来てはいただけないか!この地の領主である吾輩の甥が先の戦争の責任を取らされ、命を捧げるハメになろうとしているのです。私が本来取るべき責任。戦線において敗走してしまったことを勇者殿にも証言していただきたい。吾輩は自身の命を以て此度の戦の終止符としたいのだ。」
一人で勝手に行ってくれとも思ったが、どうも王都の中でも政治的策略があるようでとある貴族がゴルーグの甥にどうしても責任を取らせたいらしい。それ故にゴルーグの発言を取り上げられないようにシャットアウトされてしまうらしい。
そこを勇者としての発言が合わされば、流石に王様も聞き入れてくれるだろうとのことだった。
特にやることも目的もない俺はゴルーグの言葉に従い、王都へと赴くのであった。
王都への旅はゴルーグの手配した馬車に乗っての移動であった。神速のブーツがあったときは馬に乗るよりも速く走ることができたし、疲れることすら知らなかった。
今では体は思うように動かないし、どうも最近体の調子がドンドン悪くなってきているようだ。右目を中心に鈍痛が走る。
体も少し熱っぽくなってきてる。今まで万能のお守りによってこの世界の病原菌やらから守られてきていたのだろうか?あまり無理の聞かない体になっているのは間違いないだろう。ゴルークが気を使って俺に薬をくれるがそれがどれほど効くのか、俺の体は受け入れられるのかわからなかったため遠慮しておいた。
馬車内で横になりつつ運ばれること二週間、聖アルデリア光国の王都、聖アルデリアにやってきた。
この街にやってくるのは勇者として認定され、叙勲式の時以来だろう。何度見ても好きになれない街並みだ。美しいことには美しい。白を基調とした城壁や街並みはどこか無機質に感じられ、人が住んでいることを忘れさせられてしまう。
おもちゃの城と言われると納得してしまうかもしれない。
聖王の権威を失わせない為というのが一番らしいが、そもそも国王よりも偉い聖王がいるってどういうことだよ、と俺は当時思っていた。政務は国王が執り行い、聖王は国王を使命したり、勇者を使命したりする。実権を持たない名誉職みたいなものだろうか。実際は実権を持ったあくどい輩かもしれないが…。
無機質に感じた王都は以前とは様相を全く変えていた。普段は静かな街並みが喧騒に紛れている。城に近づけば近づくほどである。何事かというレベルである。時には罵声、破裂音までするではないか。
場所から重い体を起し、外を覗くと怒りに狂った住人たちが城に向かってさけんでいた。内容は主に魔王・魔族の討伐に失敗したことからの鬱憤だった。
――――息子を返してくれ。
―――――旦那が死んだ。
悲痛な面持ちに俺はなる。俺が殺した訳ではない。
しかし俺が神器を盗まれるなんてことが無ければ今頃彼らは笑顔で幸せそうな顔をしていたのではないだろうか。
俺が勇者としてキチンと役目を果たしていれば。
そうは思わずにいられず、俺は罵声から逃げるように耳を塞いだ。
王城に着くと直ぐさま王様に取り次がれるようだった。何人かの衛兵は見たことがあったので会釈をすると少し驚かれた。前のときは凄く横柄な態度を取っていた気もする。あの時は思考誘導によって勇者は魔王を討つだけのものだと思い込んでいたからな。
城の中は外と異なり、貴族らしい装飾で溢れていた。さすが国王のいる城だと言わんばかりだ。王の居城の隣に正教会も並立していてそちらは白を基調としたものであるのだが。きらびやかな装飾が立ち並ぶ廊下を進む。
いくつかの階段を兵士に先導されながら歩く。
「おい、手を出せ」
一人の兵士からいきなり手錠を掛けられた。一体これはどういうことだとゴルーグに視線を向けると申し訳なさそうに視線を外す。俺は何が起きているのか理解できないまま玉座の間へと突き出された。
長く伸び、真っ赤な絨毯の上に俺は転がされる。兵士によって体をロープでも縛られる。まるで罪人に対する仕打ちのようだ。
きっとこうなるのではないか?と薄々は感じていた。ゴルーグが俺に説明した内容にはどこか不自然な点があった。おそらく事前に俺が戻ってきている情報を手に入れて、ワザとここまで連れてきたのだろう。そもそも軍の中将を命じられていたものが街中をホイホイ歩いている訳がなかったか。
彼は元から俺を王城に連れてくるためだけの役立ったのだろう。
横になったまま視線を挙げると国王が玉座に座っていた。
聖アルカディア光国、国王ヒトラス。
シワをこさえた目元は細く、長い。その表情からは一見にこやかに見えるがそうではない。彼はいつも笑っている。表情はだが。
瞳の奥ではいつも相手を値踏みしているようだ。心の奥底では何を考えているのか全く読み取れない。狸親父といえばいいのだろうか?そのような生易しいものではないが…。
「勇者よ…よくぞ帰還した。しかしながら我はソナタに聞かなくてはならない・・・戦争の結末を」
太く響く声が謁見の間に響き渡る。
「どうせ上手い事魔族とは引き分けたとかいって俺に責任を擦り付けて、殺すんでしょ?」
自虐的に放つと王は首を横に振った。
「―――いや、ソナタが神器を失ったことは聞き及んでいる。本来、魔王を討つのが勇者の使命ではあるが本当に魔王を討たれては少々厄介でねぇ。知っているかい?戦争とは莫大な利益を生むものなのだよ。魔法薬や魔法触媒、兵の兵糧に馬や牛といった足の餌、上げていけば切りがない。消費が加速し、さらに民草へ税を上げるための最もらしい口実になる。上げていけばキリがないが、戦争は必要なものなんだよ…。故に魔王を討伐されてしまっては困ってしまうところだったのだよ」
王は一体何を言っているのだろうか?俺は理解できなかった。
昔読んだ小説で戦争は外交の一種であるとか、経済を活性化させる一番簡単な方法だとか書いてあった気もする。
しかし、俺は戦場を、現場を見てきた。
魔族と戦い死んでいった者を―――
流れ弾にあたって脳みそを吹き飛ばしていった者を―――
重傷を負ったことで味方から見放されたものを―――
家族が死んで嘆いている人を―――
その全てを今、この人間は必要だった。といった。
死んでよかったということか?国のため?いや、こんなのは国のためなんて言わない。単なる口減らしだ、なにかが間違っている。いや、そもそも間違っている。
「ふ、ふざっけんな…クッ―――このッ!!」
「神器を持たない君は怖くもなんともないさ。一応魔眼を持っていないかも確認させたところ持っていないようだしね。神器はできれば全て確保したかったところなんだけどいくつか魔族側にも奪われてしまったようだね。今我の手元にあるのはこの『神防のマント』と『神の盾』のみだ。少し部下たちに使わせて見たがすごいものだ。やはりね。しかしながらあまりにも必要魔力が大きすぎる為に使用時間の短さと効果が君が使っていた時に比べて小さいようだ。コツとかはあるのかな?」
王の左右に立つ騎士の手に二つの神器がくべられた。
確かに俺の持っていた神器に違いない。『神防のマント』《フローゼン》は見るからに魔力が行き渡らずに黒く性能を落としているし、『神の盾』《ラーカイト》も魔力をキチンと込めないと性能を十二分に発揮することはできない。
性能を十分に発揮できなくともそんじょそこらも道具に比べれば、尋常ではない性能を発揮するのだが…。
王の質問に対して無言を貫くと左右に立っていた騎士に脇腹を蹴り上げられる。一瞬息が止まり、胃から何か出てきてしまいそうである。
「まぁ、よい。どうせ聞き出せるとは思うておらんよ。勇者…いや、元勇者には最後にやってもらいことがあってのう。城下の市民の声がうるそうて仕方がない。元勇者がその捌け口になってもらおうと思うての」
ニタリと笑うと王はそのまま謁見の間を去っていった。
俺にやらせる捌け口とは一体何だ?その答えはすぐにわかるものであった。
城の正門には何百人・何千人と人が集まっていた。その誰もが親しい人を亡くした思いで集まっている。正門には時に石や瓶といったモノが投げつけられ、怒号が飛び交う。
俺は両手を改めて後ろで縛られ、猿轡を口に嵌められる。木で出来た台車に正座で乗せられる。
台車は正門にたどり着くと、ゆったりと正門が開く。徐々に開いていく正門の隙間から日差しが差し込む。この先にあるのは明るい未来だろうか?魔眼を失った俺でも見える…。確実に地獄が待っていると…。
「―――勇者殿。誠に申し訳ない…。何故このような事になってしまったのか」
俺のすぐそばで立つ一人の兵士は悔しそうにそう言った。本人曰くあの戦場にいた数少ない生き残りだったようだ。「生き残れてよかったな」俺は彼に対してそれだけ言った。
―――門が全て開く。
「この者は勇者として此度の戦争を率いた張本人である。魔王を討つと豪語しながらも約一万もの命を無駄に犠牲にしながらも己はおめおめと逃げ帰ってきた。今こそ聖なる掟に従いこの者に神の裁きを、聖なる判決を!市民の怒りを知れ!」
伝令係が毅然とした体勢で叫びを発する。俺の姿が見えた瞬間静まり返った瞬間に一言一句詰まらずに叫んだ。
俺が丁度横を通り過ぎる時にその伝令係は悔しそうに泣いていた。一人でも理解してくれるというのは、こんなにも嬉しいものなのだな…。
なんでも飛んできた。石でもビンでもナイフでも。
流石にナイフは刺さったらマズイから兵士がかばってくれるが石や物の大半は俺にそのまま当たる。「――――死ね」
神器による補正のない俺にその衝撃はかなりキツイ。時折意識を手放してしまいそうになる。「――――息子を返せ」
液体の入ったままのビンが頭に当たり中身と破片が散らばる。俺の頭部からは血が止まらない。「―――役立たず」
同時にアルコールを浴びたことになるので消毒になっているのか?などと思考する。
「―――――――偽物」
「――――嘘つき」
大通りを一周して城に戻ってくる頃には意識を失っていた。俺の心は戻りようのないぐらいまでに壊れ始めていた。いや、既に壊れているのかもしれない・・・。