世界を守る行為とは
ユーザーさんからリクエストがあったので、それを文章化してみました。
リクエストされた内容は「痒いところをアクロバティックに掻く主人公を中心とした壮大で幻想的なストーリーを2000字以内で書く」といったものでした。
あまりの無茶ぶりに思考停止しかけましたが、何とか完成までこじつけました。
残念ながら2000字以内にまとめる事は出来ず、3000字ほどまでオーバーしてしまいましたが、よろしければこのくだらないお話を読んでみてください。
「背中が痒いな……」
四方が真っ白な色で塗りつぶされた部屋の中に、男が一人佇み呟いた。男はこの部屋で一体何をしようというのだろうか。
その答えは簡単だ。彼は今から――――アクロバティックに背中を掻くのである。それこそが彼のなすべき事であり、世界より与えられた仕事とも言える。
この一見何の変哲もない高校一年生男子、瀧澤について語るには天地創造まで遡らなければならないだろう。
創造神話は地域や宗教によって諸説あるため、正確な回答を見つけ出す事は不可能だが、結果として全ては彼の誕生に結びつく。そのため今回はキリスト教を例に上げて説明しよう。
キリスト教の旧約聖書『創世記』に記された天地創造について要約すると、以下の通りになる。
一日目、暗闇がある中、神は光を造り、それを闇と分け、昼と夜が出来た。
二日目、神は大空を造って、それに天と名づけられた。
三日目、神は大地を造り、そして海が生まれ、地には草と木を生えさせた。
四日目、神は太陽と月と星を造られた。
五日目、神は水の生き物である魚と空の生き物である鳥を造られた。
六日目、神は地の生き物に獣と家畜を造られ、神に似せた人を創造された。
七日目、神は作業を終えて、休まれた。
簡単にまとめればこうだろう。実はこの六日目と七日目の間に、神はある事を行った。そのある事とは、数居る人間の中から一人を選び、それに神自身の力を分け与えるといったものだ。
神が何故、この様な行為に及んだのかは分からない。だが確実に言える事は、力を授けられた人間は運命すら歪められる力を持っているという事と、人類の運命はその者の手に委ねられているという事だ。
その能力者が死ねば、また次の誰かが神より力を与えられる。その力を行使する方法も、千差万別だ。ある者は祈る事で、ある者は歌う事で、ある者は戦う事でその力を行使した。
そうして巡り巡り、もう何代目になったか分からない能力者となったのが、この男瀧澤だ。
さて、件の瀧澤の力の行使方法は、初めて神がその力を分け与えた時から数えても、飛びぬけて特異なものだった。そう、それこそが彼が今から行おうとしている『アクロバティックに背中を掻く』という行為なのだ……。
神の力を分け与えられた者には、その絶大な力以外にも様々な事が出来るようになる。
例えば、アニメやマンガで扱われる様な超能力の類いならば、苦労なく使う事が出来る。更に凄まじい身体能力に、世界の全てを知る神の知識も持つ。
そして極めつけは世界の危機を察知する能力だ。余談だが、彼ら曰くこの世界の危機を感じ取る感覚というのは、世界が歪むような奇妙な感覚らしい。
能力者はその危機を回避するために力を振るう事も多々ある。この男、瀧澤もその危機を回避するために力を行使しようとしているところだ。
(集中しろ……)
もし集中に乱れが生じ、動きに僅かでも誤差が生じた時には力が発動されない。酷ければ中途半端な形で中断されてしまう事もある。歴代の能力者達も、そういった失敗からとんでもない事に発展した例も数多くある。
かく言う瀧澤もかつて、そのような失態を犯している。背中を掻く事自体には成功したのだが、以前に自身の身体能力に物を言わせた無茶をした彼は、その時に痛めた首と腰にダメージを抱えたままで、アクロバティックに背中を掻く事が叶わなかったのだ。
その結果、世界を揺るがす大事件が起きてしまった。それこそが2008年に起きた世界的大恐慌の引き金となったあの出来事。
――――リーマン・ショックである。
世界が滅びなかっただけ運が良かったと考えるべきなのだろう。過去の事例を見ると、後一歩で世界が滅びる可能性があった事も多いのだ。ちなみにその後の彼は、自体の終息のために世界を飛び回ったり、お詫びの品を持って世界を飛び回ったりと大忙しだった。高校の皆も、彼の身の上を知っているとはいえ何かと大変な点もあったそうだ。
彼は苦い思い出を再び記憶の底に閉じ込め、腰を低く落とした。小さく息を吸い、酸素を全身に巡らせる。張り詰めた空気が部屋中に、いや、世界中に伝わる。
――――静寂。数秒間の間、その状態が続く。肌が裂けてしまうのではないかと思えるほどに鋭い空気が、彼の周りに渦巻いているかの様だった。
刹那、瀧澤が動く。力強く地を蹴った彼は、そのまま壁に向かって走る。後一歩で壁にぶつかってしまうといったところで、瀧澤は先ほどより小さく地を蹴り、何と壁を走りだした。無駄にだだっ広い部屋だけあって、壁を走りまわることも十分出来ると言う事だ。ただ、こんな事が可能なのは、世界広しども瀧澤ぐらいだろうが。
「ふっ……!」
短く息を吐き、瀧澤は壁から足を離し宙に舞った。空中で身体を捻じり、乱回転とまではいかないが不規則な回転を見せた。そして地に落ちるところで、腕を伸ばし床に手を付くと、そこで手首を捻り全身に回転を掛ける。凄まじい勢いで回り続けると、そこで腕を押し上げ再び宙に飛ぶ。だが、今回は空中で何かを行う訳ではなくそのまま地面に足を付けると、回転の力を生かしたまま地を滑りぐるりと部屋を半周する形で回った。
そうして部屋の中心辺りで左手を付き、止まった瀧澤の右手は――――背中に回っていた。
直後、世界の色が変わる。様々な色が鮮やかに並べられた世界に、瀧澤は放り込まれる。無重力下の中を漂う彼は、真っ直ぐに前を見据えた。そこには一筋の光が見える。すると彼の身体が、そこに吸い込まれるように流されていった。
彼が次に見たのは一面に広がる木々。とても美しい緑と、様々な動物達が見えた。これはきっと、瀧澤の暮らす世界とは別の世界の光景だろう。時折、そういった別世界を見る事も出来る瀧澤には直感的にそれが分かった。
心地よい風が吹き、聞いたこともないような鳥の声もする。鮮やかな色の蝶が優雅に飛び交うその景色に、暫し見惚れた瀧澤だったがまたすぐに景色が変わる。
そうしていくつかの幻想的な世界の光景を目にし、最後に見たのは彼らが住む星、生命の星地球だ。瀧澤は宇宙からそれを見ていた。ユーリイ・ガガーリンが地球は青かったと言ったのも頷ける、とても青い水の星がそこにはあった。…………正確には、地球は青かったという言葉は間違いなのだが。
数秒、そのまま地球を見ていると身体が地球の引力に吸い込まれるように動き出した。大気圏に突入しても、瀧澤の身体が焼ける事はない。
そうして気付いた時には、瀧澤は再び自分の部屋に戻っていた。これで世界はまた救われた。暫くすれば国連からその旨の連絡が来るだろう。
瀧澤は白塗りの部屋から出て、リビングへと足を運びテレビを点けた。力を行使し、世界を救えばその見返りとして世界に多かれ少なかれ幸福が訪れるのだ。そのチェックをするのが、瀧澤の秘かな楽しみなのだ。
「おっ。さっそくニュース速報が流れたぞ」
そこに流れて来たのは、京都大学の山中教授のノーベル賞受賞の知らせだった。なるほど、小さいながらこれも世界の幸福に繋がっているのかもしれない。かのiPS細胞の研究は、これにより更に加速され、世界の様々な人々を幸福へと導く筈だ。
「よっし。次はどんな風に背中を掻くかな」
瀧澤は満足げで楽しげな笑顔でそう言った。そうしてテレビを消し、部屋を後にする彼の姿は、世界を救うヒーローの様にとても頼もしく見えた。
彼はこれからも背中を掻き続ける。世界を守るために。そして、世界に幸福をもたらすために、いつまでも背中を掻き続ける――――。
いかがでしたでしょうか。
正直、かなりくだらない内容だと思いますw
何を思って僕にこれをリクエストしてきたのだろうか……。
一応、細かな裏設定があります。
例えば、彼の存在は世界中で認知されていて、国連が味方についていたり、そこからお金が下りているので彼の口座にはかなりの額の貯金があったり、学校ではそれ以外に使える力を利用して何でも屋的な部活をしていたり、その縁あってか友人が多かったり、彼の能力行使方法は神が力を授ける時にたまたま背中の痒いところを掻いていたためにそれが反映されてしまったという事だったり……。
挙げればキリがありませんw
正直、これで連載書けるぐらいの設定を用意していたりしました。
さて、読んでみてどんな印象を持たれたでしょうか?
リクエストをくださった方が満足していただけたかが気になります。
今回の様に、リクエストをいただければ出来るだけそれに答えていきたいと思いますので、もし何かあればどうぞお声掛けください。