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40話:近寄らないで

 私は何とか平常心を保とうとした。

 こんな顔のままで舞台に立てないよ……。

 そう思って、気を引き締めようとしても顔が二やついてしまう。



 「あれって、き、キス……だよね」



 そう呟いて、自分の唇を少し触った。

 どうしよ。思い出しただけで恥ずかしくなるよ。

 何とか、赤くなった顔を鎮めた。

 すると、セナがひょっこり顔を現す。

 やば……。意識しちゃうよ。



 「何? もしかして、緊張してる?」



 いつも通りの口調でセナは言った。

 意識してるのは私だけかぁ……。

 そう思うと、セナは何か面白いようなことを期待してるようにくすりと笑った。



 「それとも、他の事?」



 こいつ、からかってるんだ……。

 


 「緊張してるんなら、またキスしてあげようか?」



 ぼん。音が鳴るほど、私の顔は真っ赤に染まる。

 な、何を!?

 そんな私を見て、セナはまた意地悪な笑みを浮かべた。



 「でもさ、代償がキスじゃ物足りないなぁー。もう、しちゃったし……」



 そう言って、セナはすっと目を細めた。

 今度は何を言うつもり!?

 セナが驚くほど真剣な瞳になったため、私の不安はさらに大きくなった。



 「いや、今言う事じゃないね。って、もう出番だよ!!」

 「えっ? あ、急がなきゃ」



 私は急いで上に羽織っていたパーカーを脱ぐ。

 わっ、やばっ。



 「どうしたの?」

 「えっと、ファスナー引っかかって」



 そう言いながら、必死で直そうとするが戻らない。

 どうしよ、どうしよ。間に合わないよ!!



 「そんな無理にしない。貸して」



 そう言って、私の体を引き寄せた。

 どきっと胸が音を立てる。



 「うっわ。ややこしいね。ちょっと待って」



 そう言いながら、ファスナーと苦戦しているセナの顔がいきなり赤くなった。

 そして、セナは私を傍から離す。



 「やっぱり自分でやって」



 驚くほど冷たい声に体をびくっと震わせた。

 それからなんとかファスナーを元に戻す事はできたが……セナの様子がおかしい。



 「大丈夫? 様子が変だけど……」



 そう言って近づこうとしたとき、セナは冷たい目で私を見た。



 「近寄らないで」



 え? 何怒ってるの?

 怖くなって、涙が出そうになるのを堪えた。

 


 「えっと、ごめん。私、行くね」



 そう言うと、足早にその場を去った。早くその場を離れたかった。

 私……嫌われたの?

 さっきの冷たい声や目も怖かった。だけど……

 セナに嫌われるのが一番怖い。

 私は震える体を何とか支え、舞台に向かった。





 

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