I`m a humble pivate eye
「ウチにはおけないって……どういう意味だよ!?」
僕はオヤジを振り返って、信じられない気持ちで抗議した。
「どういう意味って……そう言う意味だよ」
彼は悪びれた様子も見せず、そう返した。
僕は頭に血が上って、猛然と言い返した。
「ふざけるなよ! 由衣は訳分かんないヤクザ達に狙われて危険な目にあってんだぞ、彼女は一人暮らしで親戚の家からも離れてるんだ、少しぐらい面倒見てあげてもいいじゃないか。そうか、分かったぞ、どうせまた新しい女でも部屋に連れ込む気なんだな!? 冗談じゃないっつうの! もうウンザリだよ、あんたの薄情さには!!」
「亮……もういいよ」
叫び散らしている僕に、由衣が宥めるように言った。
「でも……!」
まだ気が済まない僕はオヤジを睨むが、由衣が制する。
「いいの。アタシのことであんた達親子に迷惑はかけられないし、それに龍之介さんだって、悪気があって言った訳じゃないと思うの」
由衣は言ってオヤジを見た。
オヤジは溜息をつき、重い口を開く。
「俺だって彼女をかくまってやりたいが、職業柄、俺はいろんなヤクザに目をつけられている。だから、俺のマンションに由衣ちゃんが来るということは、みすみす奴らの注目を集める結果になるんだ」
「だからって、しばらくは大丈夫だろう?」
僕は反論するが、オヤジは首を横に振る。
「ダメだ、奴らの行動力をなめちゃいけない。おそらく、ここに忍びこんだヤクザが捕まったことも、もう幹部の耳に届いているだろう。もし奴らが、俺に目をつけているヤクザのグループなら、次に怪しむのは俺達のマンションだ」
「………」
僕は何か言葉を言おうと思ったが、思いつかず、おし黙った。
由衣に何もしてやれない自分に段々腹が立ってくる。
するとオヤジが、沈黙を破って提案してきた。
「その代わりといっては何だが、俺の知り合いが経営しているホテルを紹介しよう。そこでしばらく身を隠すんだ。その間に、俺と中島で何とかしてみせる」
オヤジは新たに煙草を咥えてそう告げた。
「由衣、どうする?」
僕は彼女の意見を待った。
「アタシは龍之介さんの言う通りにする」
由衣はそう強く断言する。僕がそれを否定する理由はない。
オヤジは、「よし」と言って膝を叩き、ハットを被って立ち上がった。
「それじゃあ早いとこ荷造りして、奴らがまたやってこないうちにずらかるんだ」
夜の街は、狂ったようにネオン・サインの光が乱舞していた。
僕達が向かったのは、浅草の路地街にあるラブ・ホテル『ヴィーナス』だ。
「なんでよりによってラブホなの?」
ヴィーナスの駐車場にCBを停めた僕は、自分のミニ・クーパーから由衣の荷物を担いで降りてきたオヤジに訊ねた。由衣はその助手席に乗っている。
「俺の知り合いってのは、実は元ヤクザでね。もともとラブホの経営で詐欺みたいなシノギをやっていたから、これはその延長だ」
とオヤジ。
「なんでわざわざそんなアブナイ御人のところに?」
「俺はここのヤクザのカシラと友人なんだ。ここに居る限り、他のグループが手を出してくることはない」
「なるほど、ヤクザにはヤクザってことか」
僕は大きく頷いた。
「……ホントに大丈夫かな」
さすがに心配になった由衣が、僕の隣に立って呟く。
「大丈夫だ。ここのオーナーは見て呉れは極悪人だが、なかなか気のイイ奴だ」
とオヤジが自信満々に請け負う。
由衣は「は、はあ……」と、曖昧に頷いた。思うに、そういうことを言っているのではない、と言いたいのだろう。まあ、気持ちは分かるけどね。
「さあ、とにかく入って休もう」
オヤジは僕らに遠慮なくホテルの方に歩いて行く。
由衣がそれに従い、僕もついて行こうとしたが、オヤジが言葉ではねのける。
「お前は先にマンションに帰ってろ」
「え、なんで?」
僕は分からず訊き返す。
「後でミーティングだ。すぐに俺も向かう」
オヤジは背中越しに言った。
僕は少し考えたが、「ラジャー」と了解してバイクに跨った。
*
マンションに戻った時には、もう夜の十二時になっていた。腕の傷がまだ痛むので、簡単に消毒して、包帯を巻いておいた。
とにかく喉が乾いていたので、冷蔵庫から缶ビールを取り出してタブを開けた。
一口飲むと、煙草が吸いたくなり、ポケットを漁るが出てきたのは空のパッケージ。
僕は舌打ちしてパッケージをゴミ箱に放り投げた。そして考える。確かオヤジは自分の部屋のディスクに、キャメルをたんまり買いだめしていたはずだ。
思い立つと僕は素早く行動した。オヤジの寝室に侵入し、お目当ての物を探す。
まず手始めにディスクの真ん中にある大きな引き出しを開けてみた。ビンゴ。そこにはキャメルのパッケージが山ほど詰め込まれていた。僕は失敬してそれを二、三拝借してポケットに押し込んだ。
目的は達成したが、まだ何か物足りない。それはなぜか。僕は今日のデートで財布の中身がすっからかんになってしまったのだ。どこかに、ヘソクリか何かないものか。
僕は衝動を抑えきれず、他の引き出しも開けてみた。なかなかそれらしき物は見当たらない。もう諦めるか――そう思っていると、最後の引き出しに無造作に置かれていた封筒を発見した。
「おやおや、ついにヘソクリ発見か」
僕はしてやったりの笑顔で封筒を取り上げた。しかし、封筒は思ったより薄っぺらく、どうも札束が入っている様子でもない。
内心ガッカリしたが、それでも中身に興味を抱いて、そっと中の物を出して見る。それは一枚の写真だった。写っているのは、年頃、十六、七くらいの少女の顔写真だった。
またオヤジの新しい女か……そう思いながら写真の中の少女を眺めていると、
「……え!?」
僕は突如覚えた衝撃に、思わず驚愕の声を漏らしてしまった。
写真に写っているのは、化粧っ気がなく、見た目は幼いが、間違いなく由衣だった。
「なんで……由衣の写真が」
考えようとしても頭が働かない。
僕はそっと写真を封筒にしまい、また元の引き出しの中に収めた。
そしてしばらく一人でその場に立ち尽くしていたが、オヤジのミニ・クーパーのエンジン音が近づいてくるのを聞いて、僕は静かにリビングに向かった。
「よう、帰ったぞ」
オヤジは帰ってくるなり冷蔵庫から缶ビールを取って、ソファに座った。
僕は写真のことには触れず、彼の向かいに腰を下ろした。
「で、これからどうするの?」
僕はさっそく訊ねた。
オヤジはビールを一口で胃に収めると、缶を握りつぶして口を開いた。
「さっきも言ったように、調査は俺と中島とで進める。由衣ちゃんを狙うヤクザのグループを特定し、そして幹部を捕らえて奴らの狙いを搾り出す。後は、奴らの本拠地を潰しにかかる」
「僕は、どうしたらいいの?」
なんだかのけ者にされているような気がして訊ねる。
「お前は由衣ちゃんのボディー・ガードだ。いくら浅草の縄張りでも、いつ敵が忍び込んでくるか分からない。万一の時は、お前が由衣ちゃんを守ってやるんだ」
オヤジは口元に笑みを見せ、長い腕を伸ばして僕の胸板に拳を当てた。
僕は頷いて請け負った。
「分かったよ。で、全てが終わるまでどれくらいかかるの?」
「さあな。ヤクザの組織を丸ごと潰すのはかなり厄介だ。どんなに早くても、一週間はかかるだろう」
「一週間……」
僕は天を仰いだ。
由衣は一週間以上も、あのラブ・ホテルを出られないのだ。
「作戦は明日だ。明日に備えて、今日は早く寝ることだ」
「分かった」
僕は言って立ち上がり、バス・ルームに向かった。
脱衣場で一人になって、また写真のことが頭をよぎる。
――なんでオヤジが由衣の写真を持っていたのか……思い当たる節はないではないが、そんなはずはない――と、理性がブレーキをかける。
(悩んでも仕方がない、か)
僕は苦笑し、バス・ルームのドアを開いた。