塵埃の世界の男達
「さて……と」
由衣からビニールの紐を受け取った僕は、気絶したままの二人の侵入者を後ろ手に縛り、互いを背中合わせにして一つの柱にくくりつけた。
「これで動けない、ね」
僕は手をパンパンと叩いて、隣の由衣を見た。
彼女は少し疲労した顔で、荒れた自分の部屋を見ていた。
僕は構わず続ける。
「僕が思うに、コイツらはただの空き巣じゃないね」
さっき調べたが、現金やカードはまったく手をつけられていない。
「………」
「由衣、コイツらに見覚えは無いの?」
「……さあ」
僕の問いに、彼女の答えは終始曖昧だった。なんだか、由衣はこの侵入者達を意図的に無視しているように、僕は思えてならない。
「なんか、訳有りみたいだね」
「だったら?」
僕の言葉に、由衣は目つきを鋭くして僕を見た。
「いや、べつに……じゃあ、とにかく警察に電話しよう」
「ダメ!」
受話器を取りかけた僕に、由衣が叫ぶ。
「警察にコイツらのことを知られたくない?」
僕が質すと、彼女は下を向いて頷いた。
僕は「なるほど」と相槌を打ってから、決断を下した。
「じゃあ、僕のオヤジに来てもらおう」
「あんたのオヤジ?」
由衣は眉をひそめた
「そう。言ってなかったけど、ウチのオヤジ探偵なんだ」
「マジ!?」
「マジ」
驚く由衣に、僕は真面目に頷いた。
「呼んでもいいね?」
僕は訊いた。
「……亮のオヤジなら信頼出来そう」
由衣もそれに同意した。
僕はケイタイを取り出し、オヤジの番号にコールした。
それから十分もしないうちにオヤジは吉祥寺のマンションにやってきた。珍しくスーツにハットを被っている。
「やけに早かったね」
「たまたま近くのパチンコ屋を廻ってたんだ」
僕の揶揄に、オヤジはさらりと白状した。
「それより、腕をやられてるじゃないか。さてはドジったな」
「余計なお世話だよ、オッサン」
オヤジの皮肉に、僕は毒を吐いた。
「このニイちゃんがあんたのオヤジ?」
由衣はオヤジを見て信じられないといった顔で訊いてきた。
「はじめまして、亮の父親の龍之介です」
オヤジはハットを取って、由衣に挨拶した。
「年は?」
「三十六」
「ウッソ、じゃあ二十歳前に親になったんだ! スゴ」
由衣は尊敬の眼差しでオヤジを見た。
オヤジは、調子に乗って言葉を吐く。
「しかも今は独身です」
「マジ!? 若いし、背高いし、しかもカッコイイのに!」
「そこのバカ息子よりよっぽど魅力的でしょう」
オヤジは得意そうに僕を振り返った。
「オッサン、調子こくなよ」
僕は痛む腕を押さえて毒づいた。もう出血は治まっているが、痛みが残っている。
と、縛られている二人が「む……むう」とうめき声をあげて目を覚ました。
「く、クソ、なんだテメェら! 解け!」
片方が喚く。
「こんなことして、ただですむと思うなよ!」
もう片方も脅しの言葉を吐くが、ただの強がりにしか聞こえない。
「起き抜けに申し訳ないが、また眠ってもらうぞ」
オヤジは言って、二人の頭を両手に抱えて柱に打ちつけた。ガツンと鈍い音がする、……とても痛そう。
「さてと、静かになったところで……」
オヤジは二人が失神したのを確かめると、僕らを振り返って口を開いた。
「亮、いつからこんな友達ができたんだ。コイツら、ヤクザ屋さんだぜ?」
「やっぱり」
僕は思わず漏らした。やはりオヤジもそう見たか。
由衣はいつの間にか押し黙っていた。
「さあ、詳しく説明してもらおうか?」
オヤジはリビングのソファに腰を下ろし、まるで自分の部屋のようにテーブルに脚を乗せて訊いた。
僕らは覚悟を決め、彼の向かいに座って、事の詳細をオヤジに告げた。
「まあ、一番気になるのが、そこのお嬢さんとヤクザ屋さんの関係、なんだが……」
オヤジはキャメルを吹かして呟いた。
「それについては黙秘か?」
「…………」
由衣は沈黙を守っている。説明はもっぱら僕の仕事だった。
「どうする、オヤジ」
僕は沈黙を嫌って決断を促した。
「何にしても、コイツらをこのままにしておく訳にはいかんだろう。どのみち、警察には気取られる」
「じゃあ、警察に通報するのかい?」
僕が言うと、由衣がギクリとして僕の服を掴む。
「それしか手はない。まさか、コンクリートに漬けて海に沈めるわけにはいかんだろう」
「………」
オヤジの言葉に、僕らは言葉を詰まらせた。
オヤジは、「でも安心しろ」と言って続ける。
「俺の知り合いに警視庁のトップと口がきけるヤツがいる。そいつに頼めば、うまいこと処理してくれるだろう」
「そんな友達いたんだ」
僕は水をさした。
「おいおい、あまり父親をバカにするもんじゃない」
オヤジは苦笑いでぼやく。そして、由衣に目をやり、「どうする?」と訊いた。
由衣は少し考えた後、溜息と共に言葉を口にした。
「分かった。あんた達親子に任せる」
オヤジが電話をいれて一時間後に、中島と名乗るダブルのスーツを着込んだタフそうなオジサマがやってきた。隣に、そのボディー・ガードらしき大男を連れている。
「よう、局長。また世話になるぜ」
オヤジは中島さんに馴れ馴れしく声をかけた。はて、『局長』とは?
「伊崎……おまえの行くところ、どうしてこんな連中ばかり現れるのか」
中島さんは縛られている二人のヤクザを見やりながら毒づく。ヤクザ達はさっきから目を覚ましているが、また殴られるのが嫌になったのか、もう減らず口はたたかない。
オヤジは愛想笑いで言い訳する。
「いいじゃねえか、どうせ今日も暇だったから来たんだろ?」
「貴様、失礼だぞ!」
オヤジの無礼にボディー・ガードが吼える。中島さんが「かまわん」と制する。
オヤジは中島さんが寛大なのをいいことに、さらにつけ上がる。
「お前も副局長の時はフリーで動いていたのに、今ではボディー・ガードつきとはな。まるでヤクザだぜ」
とカラカラ笑う。
「ぬう、許せん!」
激昂した大男がオヤジの胸倉に掴みかかった。由衣が「ねえ、ヤバイよあんたのオヤジさん」と僕の袖を引っ張る。そう言われても、僕にオヤジを止めることなんてできやしない。
「やめろ、藤堂」
中島さんは冷静にボディー・ガードを静める。しかし彼の方は止まらない。
「局長、コイツ一度しめときましょう!」
「おいおい、仲間割れかよ」
と、これは脇で見ていたヤクザの片われ。にやにやと面白そうな視線を送っていたが、中島さんが股間に蹴りを入れてまた失神した。可哀そうに、口は災いの元だよ。
一方、オヤジを掴んでいる藤堂さんは、「とめてもダメですよ」と中島さんに断る。
「俺はかまわんぜ?」
オヤジは不適に笑うと、まず藤堂さんの股間を握り、軽くひねった。
「はうぁ!」
藤堂さんは堪らず悲鳴をあげた。
オヤジは胸を掴んでいる手の力が弱まったのを確かめると、右のショート・アッパーで藤堂さんのボディーを打った。
「ぐう……」
屈強そうな彼の体が一瞬くの字に折れ曲がり、うめき声を漏らして地面に崩れ落ちた。
「ふん、修行が足りんな」
オヤジは藤堂さんを見下ろし、寒気のするセリフを吐いた。
「龍之介さん、やっぱイカしてんじゃん!」
由衣はそんなオヤジにシビレたらしい。
僕は悔しくなって、「あの技は僕が教えたんだよ」と嘘をついた。
「中島、これはプロの洗礼だぜ?」
オヤジは拳を回して中島さんを見た。しかし『プロ』ってなんのプロだよ?
「分かっている。仕掛けたのは藤堂だ」
憎たらしいオヤジに、中島さんは潔く認めた。なかなかの人物だと僕は思ったね。
「で、引き受けてくれるんだな?」
「いいだろう。おい藤堂、立て」
「……はい」
中島さんに言われて、藤堂はむくりと立ち上がった。さすがにボディー・ガードなだけあって頑丈だ。
「連れて行け」
中島さんは首で命令した。
二人のヤクザは藤堂に連れられて、外に追いやられた。
「では、俺は帰るぞ。これでも忙しいんだ」
中島さんは無表情でそう告げた。
「ああ。面倒かけたな」
オヤジが言うと、中島さんは「何言ってやがる」と照れ笑いを隠して出て行った。
「オヤジ、あの中島さんって、なんの局長さんなのさ」
中島さんが出て行ったのを確認してから僕は質した。
「ん? まあ、いろいろな……」
オヤジは話をはぐらかした。僕もあまり関心がなかったのでそれ以上は追求しなかったが。
僕はソファの由衣を見た。
「しばらくここには住めないね。またヤツらの仲間が来るかもしれないし」
「……うん」
彼女は憂鬱そうに頷く。
「とにかく、着替えとか詰めてさ、ウチのマンションに来るといいよ」
僕は由衣を慰めるように優しい口調で言った。
「あぁ、そのことだが」
オヤジが僕らの会話に割り込んできた、そしてこう言ってくる。
「その娘はウチに置くわけにはいかない」