学校に行けなァイ!
オヤジにマンションを追い出された僕は、例に倣って原宿の街にCBを駆り立てた。ジャケットを置いてきたのは正解だった。日が暮れてから、いっそう蒸し暑くなってきている。
この街で若い女の子に適当に声をかけようと考えていたが、時刻は午後七時、原宿も潮のひくのが早い街だ、若い娘どころか、人影も薄い。
僕は原宿を諦め浜のほうまで行ってみようかと考えながら、近くの軽食店の前まで来たところで、僕の視線はその店の入り口で一人立っている女の子を捉えた。僕は店の向かいの路地にCBを停め、遠くから女の子を観察した。少し赤みがかったブリーチのショートヘアに端正な顔立ち、目尻はやや釣り上がっていてキツめだが、そこが魅力的でもある。それに青のタンクトップにミニ・スカートという刺激的な衣装が僕の目を惹いた。レースアップのサンダルがやけに似合っている。
見たところ二十歳くらいか、化粧を落とすと、もっと若いかもしれない。
僕は青いグラサンを掛け、さっそく道路を横断し、彼女の前に立ち声をかける。
「お姐さん、こんにちは」
「あんた誰?」
お姐さんは、見た目どおりクールな口調で訊いてきた。別に警戒した様子はない。
「僕は亮。一人で居ても暇だったから声かけてみたの。お姐さん、お連れさんは?」
「いないわ。なんで?」
「晩御飯、僕が奢りましょうか?」
「それで口説いてるつもり?」
「イエ〜ス」
「ガキンチョ」
「あいたたた」
僕はグラサンをはずしてオーバー・リアクションでよろめいた。
「あれ、意外とカワイイ顔してるね君」
彼女は僕の顔を見て食いついてきた。
こうなればしめたもので、僕はグラサンをジーンズのポケットに挟み、背を伸ばして言った。
「食事の後に、バイクでドライブなんていかがでしょう」
「ふふ、いいわ。じゃあ奢ってよ」
「はいな〜」
それから僕達は店で食事をとり終えると、CBに跨って横浜までぶっ飛び、そこから海沿いに浜松まで走りぬいた。
「涼し〜」
彼女はメットを脱ぎ、髪を潮風にさらしてはしゃいだ。
僕は海の見えるモーテルの前でバイクを停め、ポートから夜景を眺めた。
姐さんは僕の前に立ち、セーラムに火を咥えた。僕はすかさずその背後から手を伸ばしてジッポの火を差し出す。
「ありがと」
彼女は言って火をうつし、フッと煙を吐いた。
僕はそのまま自分のマイルドセブンに火をうつし、パチンと蓋を閉じてポケットにしまった。
「亮、あんたイカしてるよ」
姐さんは僕を振り返り、微笑みかけた。こうして並んでみると、彼女がかなり長身だと分かる。踵の高いサンダルを履いているせいもあるが、頭の位置は僕とそれほど変わらない。それに、思ったよりスタイルがいい。
僕も笑みを返し、言ってみた。
「ねえ、これから暇?」
「まあ、暇かな?」
「なら、これから二人で楽しいことしようよ」
僕が言うと、彼女は悪戯っぽい表情で返してきた。
「ナニかな、楽しいことって」
「ぷあぷあ〜」
「バカ」
彼女は笑って僕を小突いた。
「でも、別にいいよ、アタシ一人暮らしだし。ウチに来る?」
「ワンワンッ」
喜びの鳴き声。
「犬みたい」
「くぅ〜ん、くぅ〜ん」
僕は犬のマネをしていて、自分で『キモッ!』と叫びたくなった。女を一人おとすには、これぐらい自分を下げないといけない。が、もう大詰めだ。
「じゃあ行こうか。案内してよ」
僕はフル・フェースを被ってCBに跨った。
姐さんがケツに跨る感触を確かめると、僕はバイクを発進させた。
「どちらまで?」
「吉祥寺のほう」
「あいあいさ〜」
彼女に言われるまま、僕はバイクを走らせた。
姐さんの自宅は、吉祥寺の人気のない小さなマンションの五階にあった。表札には『南』と書かれている。
2LDKの部屋の中は、正直今時の女の子らしくない、整然と家具が配置された部屋だった。まあ、僕はそのほうがいいんだけど。
ともかく二時間ほどで用を済ませた僕達は、ただベッドの上で寝そべっていた。
僕が横に寝ている姐さんを見やると、彼女は裸のままシーツを抱き込んで寝息を立てている。暗がりでよくは見えないが、やはり素顔はとても幼い。
僕はもう一度シャワーを浴びたくなり、そっと立ち上がって、服をもってバス・ルームに行き、ヌルめのシャワーを浴びてから、タオルを一枚拝借し、それで水気を拭き取って服を着た。
僕は寝室には戻らず、ソファに腰掛けて濡れ髪をタオルで拭いていた。と、突然ポケットの中のケイタイがバイブした。部屋の時計を見ると、ただいま深夜の二時。こんな時間に電話をかけてくるのは……
「もしもし?」
『亮か、俺だ』
龍之介オヤジ。
「なにさ?」
『今どこだ?』
「ホテルの中」
『ウソつけ』
「ウソ、知らない女の子の部屋の中」
『なるほど。やるな、お前も』
「そんなことを言いに電話したの?」
『まさか。今戻ってこれるか? 仕事の話しだ』
「今から?」
『ハッスル中か?』
「いんにゃ」
でもハッスルが済んで眠たいんですけど……。
『じゃあ戻って来い。待ってる』
言い終わると、オヤジは電源を切った。
僕は溜息をつくと、ケイタイをしまい、近くに落ちていたチラシの裏に自分のメール・アドレスを書き込み、『またドライブしたくなったらメールして』と残し、眠い目を擦ってマンションを出た。
仕事の話しとなると、どうせ朝まで続くことだろう。
はぁ……これじゃ、明日も眠くて学校に行けなさそう。