即席高校生探偵(アイ)
高校三年の六月、僕は十八回目の誕生日を向かえた。この季節、普通の高校三年生なら、受験勉強に躍起になっているはずだが、学校の授業も真っ最中の火曜日の午後、僕はなぜか、渋谷の街を行き交う若い女の子の、スカートから伸びる脚を、ただずっと眺めている。
僕個人の考えで言えば、端的に言って、僕なる人間はここに居るべきではなく、他の生徒達と共に勤勉に勤しむべきだと思っている。が、しかし、今の僕にはそれもかなわない。
なぜなら、僕は今、お仕事の真っ最中だから。
僕は自動販売機で缶コーヒーを買って、愛車のCB400SSにもたれ、タブを開けて、マイルドセブンに火をつけた。コーヒーを喉に流し込みながら、煙をぷかぷか吹かしていると、僕の視線が五十メートル前方の煙草の自販機で、煙草を買いに来たと思われる五十代前半くらいの頭の禿げ上がった男の姿を捉えた。
「おっと……ご登場かな?」
言って、僕は空になった缶を捨て、仕事用にいつも持ち歩いている双眼鏡を取り出し、それを覗きこんで男のアップの顔を網膜にやきつけ、ジーンズのポケットにしまってあった一枚の写真を手に取り、視線をそこに落とし、写真に写っている人物と見比べる。
間違いなく、同一人物。
僕はケイタイをレザージャケットから取り出し、通話ボタンを押した。
『もしもし』
すぐに男が出た。
「もしもし……そう僕。ご本人、確認したよ」
僕は相手に言った。
『了解。今からそちらにむかう』
言い終わると、相手は通信を切った。
僕はケイタイと双眼鏡をジャケットにしまい、煙草を落として、こけおどしの青い色眼鏡を掛け、自販機の前の男に向かって歩を進めた。
そして、彼との距離五メートルのところで、声をかける。
「おじさん」
「え?」
男はこちらを見やった。二人の目があう。男の目の位置は、僕より十センチほど低い。僕の身長が百七十五だから、彼は六十五かそのあたりだ。
「誰だよ、君は?」
男は僕を見て、少しビビったようすで訊いてきた。肩まで伸ばした茶髪に青のグラサンが、僕をヤンキーっぽく見せているのだろう。ま、ホントの僕は、とっても真面目な十八歳なんだけどね。
「奥さんが心配していますよ、有田さん」
僕は彼の名を口にした。とたんに、有田と呼ばれた男の表情が驚愕のものに変わる。
「なぜ……私の名を!?」
「奥さんから、あなたの捜索依頼を受けた者です。リストラされて、家族と顔を合せにくいのは分かりますが、そろそろ、帰ってあげたらどうですか?」
「妻から依頼を……? そんな、君みたいな若い子が……まさか」
「嘘ではありませんよ」
と、これは僕ではない。有田さんを挟んで、いつの間にか僕の向かいに立っていた大男が言った言葉。僕は彼を見た。身長は僕よりさらに十センチ高い、出で立ちは黒のジャケットにグレイのジーンズ、年齢は三十六、顔立ちはかなり男前だ。
有田も彼を振り返る。
「ま、正確に言うと、依頼を受けたのは私だが」
大男は腕を組み、僕達二人を見つめながら言った。
有田さんが、まだ自分のおかれている状況が分からない様子で、僕と大男を見比べていると、自販機の陰から、二人の女性が姿を現した。左の人が有田さんよりちょい年下くらいで、右の人が僕より二つ、三つ上くらい。二人は親子のご様子。
「あなた」
年配の女性が有田に声をかける。
「美恵、栄子……!」
有田さんが呟く。ちなみに、恵美さんが奥さんで栄子さんが娘さん。
「お父さん……もう、帰ってきて」
栄子さんが涙目で訴える。
「あなた……もう、いいじゃない。ね?」
有田婦人も娘に続いて言う。
「おまえたち……!」
有田さんは感極まった表情で呟き、そして三人は人目も気にせず抱擁を交わした。
感動的なシーンだが、僕らの仕事はここまで。
僕と大男は、目で合図を交わし、そっとその場を後にした。
さーて、仕事が終わったのはいいけど、これで新学期から合せて十日も学校を休んでしまった。このままでは大学進学どころか、高校卒業まで怪しくなってきたね。ちょっとこの仕事を続けるのも考えないといけない時期に来ているのかね、僕も。
――おっと、自己紹介がまだだったね。
僕の名前は伊崎亮。今は都内の中堅高校に通う傍ら、オヤジの仕事の手伝いもしている。
その親父の職業は探偵、人探しやその他の調査を専門にしている。で、この僕がしょっちゅう助手にかりだされている訳。まったく、学校まで休ませて、どういうつもりだろうね、あの馬鹿オヤジは。
ちなみに、そのオヤジというのが僕の横を歩いている大男、伊崎龍之介その人だ。