第一章8話『後継者』
【登場人物】
1.弓波露零(主人公)
2.生明伽耶(藍爛然)
3.神結心紬(藍爛然の従者)
4.シエナ(藍爛然の従者)
「大体あなたはいつも杜撰が過ぎるんです」
「そうですよ! ただでさえ水鏡は他より二人も少ないんですから一人だけサボろうとしないでください!」
一方的な弾丸トークになりかねない熱を帯びた言葉が乱入した従者達から立て続けに飛んでくる。
そうして室内に持ち込まれた熱気にあてられた露零は部屋に押し入るや伽耶を責め立てる二人に驚きを隠せないでいた。
心紬はともかくダウナー系で口数の少ないという印象だったシエナも一緒になって主君を責めているのを見るに、三人の関係性は少なくとも単なる主従という上下関係の繋がりではないのだろう。
それを証明するかのようになだめようとする藍爛然は一切動じることなく二人の顔を交互に見ると少女の時と同様に、しかし今度は十分に間を取ると、落ち着いた口調で二人から熱を取り払う。
「それはちゃうで、ようできた従者がおるから頼りにしてたんや」
「全く、あなたって人は……いつも都合がいいんですから」
読心内容の共有が部屋に押し入ってきた従者間でされていない。
だからこそ発した読心を連想させる第一声が共感仲間を作る一方で、別視点では失言となってしまったことに疑いの余地はない。
そんな起こりを補足という名の後手最善手によって軟着陸、事なきを経たと考えているだろう主君にシエナは少なからず思うことがあった。
(それで言い繕えたつもりですか? 最善手も後手に回れば次善策、最前線に立てなければ二又猫に格下げされるというのに。私のように……)
いや、たとえ後手の回ろうがその後の対応には一分の隙も無く、あまりに完璧だっただけにシエナが抱える内面の闇がほんの僅かに顔を覗かせたのだ。
そんな古傷由来の心の闇がダウナー要素を増幅させ、敬愛して止まない主君の言葉のはずが呆れるという冷めた対応で現れる。
しかしそれとは別に頼りにされたことが一種の愛情表現として彼女の心の奥深くに届き、露零がこれまで見ていた貼り付けたような不愛想な表情は笑顔に変わり、猫耳もゆらゆらと揺れていた。
そしてそれは心紬も同様だった。
無意識に頭を左右にゆっくりと揺らしている彼女の姿はまるで水やりされて喜ぶ花のようで、その様子を静かに見ていた露零は二人に怒りや不満の感情が一切ないこと。
伽耶の水平線のように果てしない、どこまでも澄んだ包容力をひしひしと肌で感じていた。
(血が繋がってないって言ってたけどみんなとっても楽しそうでまるで家族みたい。私もいつかあんな風に――)
「ちょい落ち着き、まだ話は終わってないで。そういえば二人ともえらい距離歩いてここまで来たんやってなぁ。疲れてるやろ? そこ、座ってええよ」
帰城直後で顔を出したというわけではないのだろうか?
あるいは水鏡一番の諜報能力を誇るシエナ以外にも情報を得る手段があるのかもしれないが、二人の行動をおおむね把握していた伽耶が指差したのはさっき従者がお茶菓子を置いていた机に付属した小さな椅子だった。
その椅子は二人分用意されていて、おそらくお茶菓子を準備する前に疲れているであろう二人のために彼女が準備してくれたのだろう。
室内にいるだけで常時、美容液や保湿液が素肌に触れているような心地よさ。
まるでヒーリングスポットのような夢の環境に本日付で従者として身を置くことになる露零は先輩従者であるシエナの方を見ると「ありがとう」と今日一番の笑顔で感謝を伝える。
真っすぐな視線、純真無垢な表情で伝えられた感謝の言葉に先輩従者は照れ臭そうにしながら「……どうも」と小さく一言だけ答えると彼女は存在感を消すためスッと二歩三歩と後退する。
そこに直前のやり取りで主君に見せた笑みはなく、相変わらずの素っ気ない態度に戻っていたがその様子を微笑ましそうに見ていた伽耶は二人から咎められた「自己紹介」と『後継』の話を切り出しやすい空気をお茶菓子を食べている間に軽く談笑を交えることで再度作っていく。
そうして全員がお茶菓子を食べ終えると、そのことを圧倒的な空間認識能力で確認した彼女は一息ついた後、再び話し出す。
「ほんなら改めて自己紹介しよか。ウチは水鏡の城主で自由を謳う藍爛然、生明伽耶や」
机を挟んだ対面から見た伽耶の風貌は淡いレモン色の長い髪に深い緋色の瞳。
手入れに一切の妥協を許さないのだろうことを感じさせるその髪は一本一本にまで神経が通っているかのような、それぞれに独立した凛々しさが宿っていた。
顔立ちは社交的の言葉そのままに笑顔の似合うたおやかな顔。
服装は群青色を基調とした軽装で、その上には薄い羽織を、腰には長くも短くもない刀を携えている。
「藍爛然って御爛然と何か違うの?」
「おっ、意外と鋭いやん。御爛然は一言で言うたらウチらの総称なんや。よう一括りにされるし困惑するんも当然やわな」
決して下に見ていたというわけではないが露零の疑問に少し意外そうな反応を示す伽耶。
終始歓迎ムードとは言い難い場面も何度かあったが、情報格差で一人取り残されている少女に愛想を尽かすことなく最後まで懇切丁寧に説明をしてくれる姉の姿に少女はどこか懐かしさを覚えていた。
しかし一方の姉は何を思ったのか、次に控える二つ目の話をする前にある人物に話を振るとそのまま彼女に説明責任を丸投げする。
「ほんなら後継の件は…そうやなぁ。心紬、あんた話したって」
「えぇぇぇ!!」
「やれやれ……」
意図はともかくここに来ての投げやり発言。
主君からの半強制的な無茶ぶりに名指しされた心紬は動揺を隠しきれず、シエナは心底呆れ果てていた。
そんな二人の困惑した姿を見た露零も(みんな、お姉ちゃんに合わせるの大変そう…)と身内びいきを加味してもなお目に余る、奔放すぎる姉に振り回される二人に内心同情していた。
しかし従者という立場上、己が仕える主君直々の指名を断れるはずもなく、名指しされた彼女はすぐに気持ちを切り替えると《話し手》の役を引き継ぐ。
「この國、水鏡には不在の者を数えても四人しかいないんです。誰でも國に入れるわけじゃないので伽耶様の後継者候補は長らく不在だったんです。そこでお願いしたいのはあなたに次期後継者となって頂きたいんです。急な話ですしもちろん無理にとは言いませんが……」
――――つもりが完全に一度流れをぶった切ってしまい、急な対応力の無さを心底恨みながら心紬は気まずそうに話を切り出す。
辛うじて場の空気は保たれているものの、少女の反応次第ではいつ気まずい空気に飲まれてもおかしくないこの状況。
沈黙という名の淀んだ空気が徐々に室内を満たしていく中、突如シエナは障子を半開きにし、部屋の空気を喚起する。
……のかと思いきや。
そのまま彼女は部屋の外に上半身を乗り出すと障子の外側に立て掛けていた一本の白銀色の弓を手に取り再び室内に戻ってくる。
(シエナさん今、身体伸びてなかった??!)
半身である猫の性質が反映された特殊体質なのか、露零の目にはシエナの身体が伸縮したように映っていた。
――――ただ、そう見えただけかもしれないが。
そんなことを考えていると張本人が腰を下ろすことなく歩き近付いてきて、彼女は露零の目の前で立ち止まると今さっき取ってきた、外に立てかけてあった弓を片手に話を進める。




