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【完結】平凡なサラリーマンの僕が、殺人事件の犯人になったらしい  作者: ドネルケバブ佐藤


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第4話後編

完結まで毎日投稿してます



面談が終わった後、田代は一人でその会話について考えた。木谷理沙という女性は、単なるシステムの代理人ではなく、システムの中で人間性を保とうとする存在だった。そして彼女は田代に、同じような選択を提示したのだ。


その夜、エルザが普段通りの就寝時間を告げた時、田代は初めて反抗してみた。


「エルザ、今夜は少し夜更かしをしてみたいんだ」


「田代さん、規則正しい睡眠は健康維持に重要です。10時30分には就寝することをお勧めします」


「わかっているよ。でも、たまには夜空を見てみたいんだ」


田代はベランダに出て、夜空を見上げた。都市部の夜空は星がほとんど見えなかったが、それでも無限に広がる暗闇は、彼に何かを語りかけているように感じられた。


「田代さん、外気温が低いです。風邪をひく可能性があります」


エルザの声がベランダまで聞こえてきた。


「大丈夫だよ、エルザ。少しだけだから」


その時、隣の部屋のベランダにも人影が現れた。見ると、30代と思われる女性が、同じように夜空を見上げていた。


「こんばんは」


田代は声をかけた。社会復帰してから、近所の人と話をするのは初めてだった。


「あ、こんばんは」


女性は驚いたような顔をしたが、礼儀正しく応答した。


「いい夜ですね」


「そうですね。星は見えませんが...」


女性は少し笑った。


「私も同じことを考えていました。都市部じゃ星は見えないけど、空の広さは感じられますよね」


田代は親近感を覚えた。


「そうそう、まさにそれです」


しかし、次の瞬間、女性の表情が変わった。


「あの...失礼ですが、もしかして...」


女性は言いよどんだ。田代は心の中で嘆息した。彼の顔は既に近隣住民に知られているのだろう。


「はい、田代です」


田代は率直に答えた。


「あ...」


女性は困惑したような表情を見せた。


「その...大変でしたね」


意外にも、彼女の声には非難ではなく同情が込められていた。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


「いえいえ、そんな...」


女性は首を振った。


「私、実は同じような経験があるんです」


「え?」


「炎上、というほどではありませんでしたが、SNSで叩かれたことがあって。その時のことを思い出して...」


彼女は遠い目をした。


「きっと辛いだろうなって」


田代は驚いた。批判ではなく、共感を示してくれる人がいることに。


「ありがとうございます。そう言っていただけると...」


「田代さん、お話し相手が外部にいらっしゃるようですね」


エルザの声が割り込んだ。


「近隣住民との過度の接触は、現在のところ推奨されていません」


田代は舌打ちをしそうになった。


「すみません、監視システムが...」


女性は理解したという表情を見せた。


「大変ですね。でも、もしよろしければ、またベランダでお会いしましょう」


彼女はそう言って、室内に戻っていった。田代も部屋に入ったが、心には温かいものが残っていた。


「田代さん、近隣住民との接触について報告書を作成する必要があります」


エルザの声は変わらず機械的だった。


「報告書って...ただ挨拶をしただけじゃないか」


「すべてのコミュニケーションは記録・分析の対象となります」


田代はため息をついた。しかし同時に、木谷の言葉を思い出した。「時には、システムと闘うことも必要かもしれません」


「エルザ、僕は隣人と普通の会話をしただけだ。それに問題があるなら、システムの方に問題があるんじゃないかな」


「田代さんのご意見も記録いたします」


エルザの返答は事務的だったが、田代は小さな抵抗を示せたことに満足感を覚えた。


翌日、田代のもとに意外な訪問者があった。花村さきこさんだった。今度は花束ではなく、手作りのクッキーを持参していた。


「田代さん、お元気ですか?」


さきこさんの表情は前回よりも明るく見えた。


「おかげさまで。こちらこそ、ご無理をおかけして...」


「いえいえ、私こそ突然お邪魔してしまって」


さきこさんは部屋に入ると、エルザのセンサーを見回した。


「随分と...高度なシステムですね」


「監視されているんです」


田代は正直に答えた。


「それは大変でしょうね。私も最近、変な電話がかかってくるようになりました」


「変な電話?」


「詩織の件について、いろいろ質問してくる人たちです。報道関係者だと思いますが」


さきこさんは困ったような表情を見せた。


「実は、田代さんにお会いしたことも、どこかで見られていたようで...」


田代は申し訳ない気持ちになった。彼のせいで、さきこさんまで注目を浴びることになってしまった。


「すみません。僕のせいで...」


「謝らないでください」


さきこさんは微笑んだ。


「私は自分の意志で来ているのです」


彼女はクッキーの袋を開けた。


「詩織が好きだったレシピで作りました。一緒に食べませんか?」


田代は感動した。娘を失った母親が、その娘を間接的に死に追いやったとされる男に、娘の好物を作って持ってきてくれるのだ。


「ありがとうございます」


二人は向かい合ってクッキーを食べた。素朴だが温かい味だった。


「さきこさん、あなたはなぜ...僕を許せるのですか?」


田代は率直に尋ねた。


「許すとか許さないとか、そういう問題ではないんです」


さきこさんは静かに答えた。


「詩織が死んだのは事実です。でも、あなたを憎んだところで、詩織は帰ってきません」


彼女は窓の外を見つめた。


「それよりも、同じようなことが繰り返されないようにする方が大切だと思うんです」


田代はその言葉に深く心を動かされた。


「僕にも、何かできることがあるでしょうか?」


「一緒に考えましょう」


さきこさんは振り向いた。


「この『再分類システム』というものが、本当に正しいのかどうか」


その時、エルザの声が割り込んだ。


「田代さん、本日の面会者について、追加の情報収集が必要となりました」


さきこさんは苦笑いした。


「私も『分析対象』になってしまうのですね」


「申し訳ありません」


「いえいえ、システムも大変なのでしょう」


さきこさんは立ち上がった。


「今日はこれで失礼しますが、また来週お邪魔してもよろしいですか?」


「ぜひお願いします」


田代は心から答えた。


さきこさんが帰った後、田代は一人で考えた。システムは彼らの交流を「予測不能」な行動として警戒するだろう。しかし、それこそが人間の美しさではないだろうか。


その夜、木谷から緊急の連絡があった。


「田代さん、ESPIがあなたの最近の行動について、新たな分析結果を出しました」


「どのような?」


「『反抗的傾向の兆候』と判定されました」


田代は予想していたことだった。


「それは問題ですか?」


「システム的には問題ですが...」


木谷は少し間を置いて続けた。


「人間的には、健全な反応だと思います」


その言葉に、田代は木谷の真意を理解した。彼女もまた、システムの中で人間性を保とうと戦っているのだ。


「明日、追加の面談が設定されました。準備をお願いします」


通話が終わった後、田代はベランダに出た。今夜も隣の女性がベランダにいた。


「こんばんは」


「こんばんは。今夜も夜空を見ているのですね」


「はい。あなたも?」


「私もです」


二人は無言で夜空を見上げた。エルザが何かを言いそうになったが、田代は無視した。この静かな時間を、システムに邪魔させるわけにはいかなかった。


星は見えない夜空だったが、その暗闇の向こうには無限の可能性が広がっているように感じられた。田代は初めて、自分の運命を自分で決めることができるかもしれないと思った。システムの予測を超えて。

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