第3話 農家、訓練に慣れてくる
訓練が始まって、二週間が経った。
最初は封印の重さに足がもつれ、息も絶え絶えだったランニングも、今では最後尾に落ちずに完走できるようになった。
腕立ても腹筋も、まだ筋肉痛は残るが、翌日まで引きずらなくなってきた。
――何より変わったのは、戦闘訓練だ。
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午前の徒手戦闘。
対面に立ったのは、例の短髪男。あれ以来、何度も手合わせしてきた相手だ。
「おい高山、今日こそ一本取らせてもらうぞ」
「こっちの台詞だ」
合図と同時に飛び込んできた拳を、俺は腕で受け止める。
衝撃は相変わらず骨に響くが、前みたいに崩れ落ちはしない。
肩と腰で衝撃を逃がすように意識する。
「チッ、防ぐのだけは上手くなりやがって」
短髪の蹴りが脇腹を狙う。俺は一歩引いて距離を取った。
攻撃を返す余裕はまだないが、以前のように一方的に殴られることはなくなった。
……結果はもちろん負け。
最後はバランスを崩した瞬間に投げられ、背中から土に落ちた。
だが、肩で息をしながらも立ち上がれる自分に、少しだけ手応えを感じていた。
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午後は筋トレの代わりに、新しいメニューが加わった。
――スキル訓練。
「今日からはお前らの持つスキルを、実戦用に調整していく」
教官の言葉に、場がざわめく。
封印は続いているが、スキルの発動自体は可能らしい。
順番に、訓練用ターゲットへ向かって各自のスキルを披露していく。
炎、風、衝撃波……色とりどりのエフェクトが飛び交い、見ているだけで迫力があった。
俺の番。
農家時代から使っていた【生育促進】で、鉢植えの芽をわずかに伸ばし、葉の色を濃くする。
「……お前、それ戦闘でどう使うつもりだ?」
「いや、そこは……工夫します」
周囲の笑い声が、またあの日の悔しさを思い出させる。
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その後、指導員の水城教官が前に出てきた。
「よし、次は天候操作系スキル持ち。前に出ろ」
俺も、農業用に覚えた【降雨】と【晴天】を持っていたので列に加わる。
訓練用の小さな区画に立ち、指示に従って雨を降らせ、晴れに戻す。
水城教官は腕を組みながら俺の手元をじっと見ていた。
「……お前、意外と細かい調整ができるな。強みになるぞ」
そう言われたのは、この訓練所に来て初めての褒め言葉だった。
胸の奥が少し熱くなる。
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最後に、第一章の攻略で手に入れた二つの新スキル――【ダンジョン内転移】と【テレパシー】――の試験が行われた。
転移は、封印下では十メートル程度が限界だが、確かに発動できた。
テレパシーは、目の前の教官へ思考を直接伝えるだけで済むので、想像以上に便利そうだ。
(……使い方次第で、戦闘にも農業にも応用できる)
夕暮れ時。
訓練場の端で、俺は一人でスキルの練習を繰り返した。
雨を降らせ、作物を育て、日差しで乾かす。
地味すぎる光景だが、俺にとっては武器を研ぐのと同じだ。
(次の演習までには……必ず形にしてみせる)
赤く染まる空を見上げながら、俺は拳を握った。
次回、レイカ目線での訓練です。