第2話 農家、ボコボコにされる
午後の訓練は、地獄のような暑さの中から始まった。
まずはランニング。五キロ。
農作業で鍛えられた足腰なら余裕――と油断していた俺は、三周目あたりで思い知る。
田んぼの往復と舗装路のランは、足への負担も呼吸のリズムもまるで別物だ。
加えて、さっきのステータス封印がまだ続いている。
(……重い。足が上がらねぇ)
隣を迷彩服の隊員が軽々と抜き去っていく。
背中がじりじりと遠ざかるたび、農繁期でも味わわない焦りが胸に溜まった。
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ランニングの後は筋トレ。
腕立て伏せも腹筋も、普段からやってない動きばかりだ。
土嚢や米袋は持ち上げられても、体自体を支える筋肉は別物。
腕は早くも鉛の棒みたいになり、汗が土にポタポタ落ちた。
「おい、新入り、顔真っ赤だぞ」
「午前は余裕そうだったのになぁ」
周囲から笑いが漏れる。俺は笑い返す余裕すらなく、息を整えるのに必死だった。
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そして、午後後半――徒手戦闘訓練。
広い土のリングに集められ、教官がルールを説明する。
素手での打撃、投げ、関節技あり。ただし顔面攻撃は禁止。
「じゃあ……お前」
水城教官が指さしたのは、午前中にニヤニヤしていた短髪の男だ。
「相手は……高山」
リングに上がると、短髪は薄ら笑いを浮かべた。
「よう、世界初のSSS完全攻略者サマ。……ダンジョンは水攻めで楽勝だったってな?」
「……戦う気満々だな」
「当然」
開始の合図と同時に、相手が突進してきた。
避けようとした瞬間、足が重くて一拍遅れる。
次の瞬間、腹に拳がめり込み、呼吸が一瞬で奪われた。
「ぐっ……!」
たたらを踏む俺の足をすくわれ、背中から土の上に叩きつけられる。
視界が一瞬白くなった。
「どうした、動きが鈍いぞ!」
追撃の拳が肩口を打ち抜く。衝撃が骨に響いた。
防御の型も知らない俺は、ただ腕を上げて耐えるしかない。
結局、数十秒で転がされ、短髪の勝ちが告げられた。
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その後も相手を変えて何度もやらされたが、結果は同じ。
封印された俺は、まるで普通の農家――いや、それ以下の動きしかできなかった。
「おい高山、SSS攻略って肩書き、返上したほうがいいんじゃねーか?」
短髪の笑い声が耳に残る。
リングの外で見ていたスキンヘッドも、ニヤニヤと俺を指差していた。
悔しい。でも、どうやっても勝てない。
農作業の体力と、戦うための体力は全く別物――それを嫌というほど思い知らされた。
(……次の演習で、絶対に見返してやる)
夕陽に照らされた訓練場で、俺はそう心に決めた。
まぁ普段使う筋肉と違えばこんなもんでしょう。