仏のかお
ホラーを書こうとしたら結婚式してしまいました。あはははは☆★☆
睡蓮が花開くとき、音がするのだと私は聞いて、そのままザブザブと上野の不忍池にザブんと身を投じ、蓮の花に語りかけた。
「ねえ、本当? あなた、鳴るの?」
私を追えずに、見合い相手が110だの119だのを呼び出している声が、五月蝿かった。
「これでは、何も聴かれないわね」
私は泥中にあおむけに浮かんだ。
時代は令和、7年を数える、初夏の事だった。
泥中の私の振り袖は、台無し。
見合いも、これでは破談だろう、と私は安堵していた。
花の声を聴こうとしない相手なんて、私の方でも厭だったから。
*****
私の事を入水自殺未遂、気が触れた、相手に落ち度はない、と報じるニュースにも聞き飽いた頃、私の元にまたしても見合い話が持ち上がった。
あれだけやってみせたのに、逆に好事家を呼んだか、と訝しんだのだけれども、見合い相手は私より15も年若い、線の細い、成人したての青年だった。
「貴女だ、と、思ったんです」
会ってみると、くしゃくしゃのニュースペーパーを握り締め、青年は情けなくズタズタと泣いていた。
「蓮の花の声を聴くため、飛び込んだのでしょう、ぼく、僕にも、解る、わかる、からぁっ、あ、貴女、なんです、貴女だ、貴女だけが僕の………」
青年の声は嗚咽で聞き取れなくなった。
「……そうね、そのようね」
私は青年の手を取った。
「あ、き、汚いです、鼻も涙も、ぐちゃぐちゃだ……!」
「そんなこと、構いやしない。だって、貴方、私の夫君さまになられるのだもの」
ぎゅっと、白く細い、彼の手を私は握り締めて、言う。
「病めるとき、健やかなるとき、富めるとき、貧しきとき。私達夫婦はずうっと一緒に生きていくのだわ。……ねえ、私、今生で出合えると思っていなかったわ。私の大切なあなた」
「は、ぼ、僕なんかが、そ、そんな……」
私は、水分で溢れた彼の顔を上に向かせて、額をつけた。
「ふふふ、みぃつけた、私の、あなた」
彼は、泣き笑いのような、崩れて戸惑った顔をして、私の手を取った。
「吾がなにせのきみ」
「素晴らしい人、うつくしい、僕の妻君」
私達の座る座敷に、庭から、涼風が吹き付けてくる。
丁度良く、立派な柱が私達の座敷の隣に在るのを私は、見付けた。
「ね、かけっこしましょ、あの柱まで!」
私は彼を立たせる。
彼は、私が指差す柱を確認すると、やっと笑顔を見せてくれた。
そうして、二人、立ち上がり。
悪戯っぽく、顔を見合わせると、私達は同時に走り出した。
「なんと美しい才媛だろう!!」
意外にも、駆けっこに勝ち、先に柱の陰から話し掛けたのは、彼の方だった。
「なんて素晴らしい、いつくしき君なのでしょう!」
負けじと私も、柱の反対側に回り、彼に恋を告げる。
二人、ようやく、今此処で出合った。
この婚姻は、なんのとがもなく、遂行されて、然るべき。
私達は、とうとう、結びを成した。
これから先は、語るのも、野暮。
めでたしめでたし