第8話 聡、高校1年生、いやマテ、違うぞ。
……ふと目覚めると、知っている天井だった。
高校1年生の頃の部屋だ。しかも息子の。
頭が素早く回転し、ボケーっとした時間がなく喜んだのも束の間、教科書のある勉強机、子供用のタンス、学生服が目についた。やはり息子の部屋だ。
手を観ると若い皮膚が印象的だ。立ち上がると筋肉質の鍛えた肉体を感じる。軽い。カレンダーは急逝した時の年である。死んだ後、息子に憑依してしまったのだろうか。
すると息子の魂はどこに行った?僕と共存しているのか?大丈夫かこれ。
サトシ ↓
これって続編じゃないよな。少し困ったことになったぞ。妻が母親だなんて。
二階の自分の部屋を出て階段を下りる。隣は妹の部屋だ。一階で朝食をとっている声がする。まずはフラットな感覚で事象を観察しよう。分析するのはそのあとだ。
スライドのガラス戸を引き、食卓のある部屋に入る。そこには母親と妹がいた。いや妻と娘だ、精神的には。妹は息子から見ると2歳下。妻に似て非常に奇麗で可愛く育っている。朝食が用意されている。
「おはよう、聡」
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おは、おはよう……」
挨拶が下手くそだった。兎にも角にも何も考えず、フラットな精神で現状を観察することにする。
何が不自然で、何が致命的で、何が元に戻る要因になるのか。色々と分かってから皆には相談しよう。まぁいつも通りの問題対処だ。難しくはない、と信じたい。
朝食をとった後、思い出したかのように歯を磨きに洗面所に行く。流れ作業であり、どうしたものかとぼんやり考えながら学校へ行く準備をする。
いや学校って何だ?僕が通うのか?大学時代に塾の講師をやっていただけに勉強っていっても暗記物以外は勉強する必要性がない。しかし学校を休むという選択肢はなぜか思い浮かばなかった。
この時代の息子の身体にも精神が引きずられているのか不明だが、教科書をカバンに詰めて家を出る準備をする。学生服も着る。
カレンダーを確認した際、ゴールデンウィーク前なので少し通えばお休みになる。そこでじっくりと考察していこうと予定を楽観視し、足を踏み出した。
妹が「お兄ちゃん待って」と可愛い声で引き留め、母が「気をつけてね」と声をかける。僕は手を挙げてあいさつする。流れ作業継続中。
横に歩いてきた妹の由衣の手をつなぐ。由衣はビックリして手を放す。
「お兄ちゃん、何手をつないでるの!」
おや?と思えば父親の感覚で手をつないでしまった。そうか聡は妹と手をつながないのか。
全く変なところで新発見をしてしまった。仲のいい兄妹だからといって手はつながないとは思ってもいなかった。
そういえば思春期真っ盛りの兄妹、悪かったなと思う。
幸い僕には従順な娘で「よいこ」そのもの、決して一緒の洗濯機で洗わないで等々の悲しい出来事はなく育ってきた。しかし父親の感覚で接すると元に戻った際に息子が困るよな、気をつけよう。何を気をつければいいのかまだ分からないが。
「由衣は彼氏とか出来たか?」
「な、何言ってるのよ、お兄ちゃん変」
「いや変か、ごめん。可愛く育ってるから前から聞いてみたかったんだ」
「いないよ、バカ兄」
「そ、そうか」
「好きな人はいるけどね」
僕も中学2年には恵子ちゃんという彼女がいたんだよな。そう考えれば由衣に彼氏がいてもおかしくないのだが、「娘はやらん」みたいなセリフは言ってみたかったな。
以降、無言で歩き続けたら交差点で由衣が方向を変えて歩き出した。
「じゃ、お兄ちゃんも頑張ってね」
「由衣は男子に気をつけるんだぞ」
「もう何ソレ」
あっさりした会話だったが、なんやかんやと良い娘に育ったなぁと感慨深く感じていた。父親ではなく兄に対しても避けるのではなく普通に接することが出来ている。教育は間違っていなかったとシミジミである。
同じ制服の学生らに合わせて歩いて学校に向かっている。道が正直分らないのだ。送り迎えと言っても車でばかりだったから裏道などを使われると見知らぬ風景が広がる。しかし僕は今なにをやっているのだろうか。
建設的な行動を選択しているとは思えず、何か特効薬的な作業が見つかっていないので思考の海で時間をかけて見つけていくしかない。
妻に相談するのはいつか、息子の魂がどこにあるのか、僕の魂と融合しているのか、そんなこと妻に言えるのか、色々と巡っていくが、こういう作業を繰り返してきて最適解を得るのが僕の問題対処方なので、遠回りのようで近道となる筈。
「聡くん、おはよー」
後ろから声が掛かった。振り向くとご近所の聡の幼馴染である水野さんだった。近寄ってきて肩にポンと手で軽く叩かれる。
「おはよう、水野さん。今日も可愛いね」
「えっ」
いつもの挨拶をしたのに驚かれちゃったよ。