第7話 悪い予感は唐突に訪れる
愛妻は隣で泣き続けている。彼女の肩や背中に触れようとしても手が素通りしてしまい触れることが出来ない。
自分の身体をよく観ると暗いながらに半透明のままであり、仮眠をとったと思いきや深夜になっている為10時間ぐらいは経っていると思われる。
ここは冷静に考えるべきだと、まずは妻の鳴く声がするので僕の鼓膜は物理的に音をキャッチしていると言える。霊魂のような存在になっているわけではなさそうでホッとできる安心材料だ。
しかし触ることが出来ないのは不安材料、なぜだ。
妻が鳴いている理由を聞こうと声を出すが妻には聞こえていないようだ。僕の声帯は空気の振動を起こせない、つまり物理的存在ではなくなってしまっているという事。少しヤバいと感じ入る。
ボールペンは持とうとすると少しだけ動かせる。文字は書けなかった。
次にどうしてこんな半透明の身体になってしまったのか、を考える。最初の薄まった身体やその上位互換な半透明、タイムリープが今の時間に近ければ近いほどマズかったのでは?と自問自答する。
バタフライエフェクトも何十年と昔の小中高なら無問題でも社会人や結婚してた元妻に至るとさすがに歴史の修正力というものが働くのだろう。
それが最悪の結果=僕の死=を呼び込むのなら僕の自業自得ともいえる。
慎重に物事を運んでいるつもりが、最近では何かに操られるかの如く元妻の後悔まで処理してしまった段階で致命傷になってしまって、今の生活を壊すことに繋がったのだ。
そう考えると後悔を無くすために最も後悔することを選択して選んでしまったといえよう。冷静さは理系研究者である性格の特権みたいに思えるが、メモ書きすらできず、妻に触りも何もできないので、自宅を出て近くの公園にて問題を如何に解決できるかの思索をしよう。
公園に着き、ベンチに座ってボーっとする。
頭の回転は早い方だったのに今はやはり普段の30%以下程度の思考能力しかない。これは困った。ベンチにすら座れなくなったらどうしよう。
最後にタイムループをとっておき、妻の危機、暴漢に襲われたりの命を守るという役目が出来なくなってしまう。何とか回復しないだろうか。
誰もいない公園、来年の夏のお祭りに行ってタコヤキやヤキソバを食べることも出来ない。山や渓流へ行ったり、海に行ったり。妻と魚を採って遊ぶことが出来なくなったと想像したら凄まじい現実感が襲ってきた。
現実を感じた際に、徐々に記憶力や脳の回転が始まった。しかし以前の通りではなく単純に認識能力が現れただけ。
タイムリープのような夢物語の世界を気軽に考えてしまった迂闊さ、些細な変化の作用をしただけで後戻りできない身体になってしまいそうな今現在、恋愛なら時間が解決できそうなのに、今回の後悔は時間が経てば人生終了と思う。
すでに僕は死んでいるのかもしれない。
末期がん患者さんが死を受け入れる時間の話は知っているが、僕も今は現状を受け入れることは出来ないだろう。
さて自宅に戻って妻にだけは何らかのメッセージを残したいと思う。
★★★★★
【手紙】
愛しの妻へ
どうやら僕は死んでしまったようだね。
たぶん床に倒れていたか、椅子に座って死んでいたのを妻が発見してくれたのだろうと思う。でも僕は魂みたいなものになって生きている模倣みたいな形で存在はしているみたいだ。
妻の泣き声が、触れることは出来なかったけど、いまだ音が聞こえるので鼓膜の存在があり、物理的存在ならばこれが元に戻る解明の糸口になるかも知れない。
今は何が何だか分からないけど、戻るためにあがいてみたいと思う。
黙っていたけど最近、目覚めが悪く3時間ほどはボケーっとなっていたよね。あれ実はタイムリープが出来るようになって過去に少しだけ戻り後悔をした出来事を修正していたんだ。
最初は風景を観て懐かしいだけだったのが、ほんの少しだけ後悔した出来事を修正していったんだ。でもやりすぎてしまったらしい。少しと思っていたけど、歴史の修正力に負けてしまったらしい。
タイムリープのきっかけは筋肉の鎮痛剤とアレルギー系錠剤の飲み合わせで、そのまま寝て希望する”時”を強く念じるとその時の若き自分に憑依みたいにできること。
市販薬では作用機序は明らかになっているから飲み合わせでも想定外の効能は発揮できない筈なのに、だけど実験では僕も経験してたけど凄い効果が出たりするよね。
コロナやエロモナスのような恒常菌タイプのウイルスが、他の病原菌と一緒になると、単独ではすぐに治癒するのに惨たらしい結果を生むようなのと同ケースかな。
何とかペンを握ってメッセージを書いていたけど、妻にはよく話していた医療の基本の話、希望的観測だけど過去の僕に会うことが出来れば殴ってでも止めてほしい。
一生、幸せにすると約束したけど、途中下車してしまって、ごめんね。愛してるよ。
妻を愛する旦那より
★★★★★
タイムリープを可能にする薬剤の飲み合わせを、メッセージのヒントから実践した妻が過去に一度だけ戻り、無事旦那のタイムリープを止めさせたのは別の講釈で。
【了】
いやまて。
to be continued......