第5話 社会人の同僚
身体が薄まっていた時間は3時間ほど、頭の回転が回復するのと同じぐらいの時間が掛かった。
ホッとするのも束の間、タイムリープを多用すると死を招くという実感が出て、死んでしまったら何の意味もないと認識し、1週間は何もせずに普通の日々を過ごした。
考えることは、次のタイムリープは気安くしないということ、妻に何かあった場合のみ全力で問題解決のために行動するという事、世間への公表やノウハウはせずに一子相伝のように伝えるという形を選択する、といった具合。
今のところバタフライエフェクトは発生していないようだし、真剣に死にかけた雰囲気を感じたというのが慎重さに拍車を掛けたといったところか。
僕は自覚はなかったものの陽キャに属するらしく、運動は飛びぬけて出来て、空手は無差別級で県4位の実績、長距離走は陸上部でもないのに学校代表、勉強もそこそこ優秀であった。
一言でいうと「努力をする天才」であった。
恵子さんと同じ高校にしたからかトップクラスを3年間維持、大学でも利子なし特別奨学金、給付タイプの奨学金ももらえていた為に親の負担は最小限で塾講師のアルバイトで殆どをまかなえていた。
僕は旧家で且つ孝行息子でもあった。社会人になってからは海外を飛び回り訪問国数は外務省を含めた日本人トップクラス、大学で臨時講師をし、日本国からは賞状も二通もらっている。
友人たちからは漫画から出てきたリアル主人公と言われたりした。こんなスペックを持つと普通は嫌われそうだが、嫌われなかったのは、男女年齢関係なく接することが出来たからと言われる。
本人としては他人がそんなに高く評価していることに違和感を持つ。自分ではよく分からないものだからね。
中学時代は弱い者いじめがあると庇ったりは普通にした。空手をリアルでやっているとクラスメイトの男子は敵にならない。バスケの部員と部外者では話にならないのと一緒で、イメージすれば容易い。
社会人になってからの自分の後悔というのは何があったか、よく考える。
死を予感させる薄い体の自分に追い込まれ、最後前のタイムリープを試みる為だ。後悔が多すぎて気にもしていないのか、いやはや、絞り込めないだけみたいで小さな後悔は山ほどある自覚は持っている。
ちなみに最後のタイムリープは妻に危機が迫った時に行うつもりなので、次回は”最後前”である。
そこで決めたのは社会人になって恋人となった同僚。
彼女の初めての男性が僕だった。ボンちゃんという愛称で呼んでいた。彼女は僕と別れた後で結婚し3人の子宝に恵まれたので、初めてになる前に別れておけばいい。
見事に自己満足なことだが、なんとなく最初から深い仲にならなければ、もっと彼女は幸せな結婚になるのではないかと浅慮した。
その同僚であった彼女も可愛らしくて男性社員から人気で、僕から告白して付き合うようになった。
入社して数か月程度しか経っていなかったが、その時は”早い者勝ち”みたいな雰囲気が蔓延しており、性格の相性などを飛ばして付き合ってからお互いを知ろうというスタンスであった。
本来、あまりお勧めできないスタンスである。
僕はナンパを一度もしたことはなく、友人らがナンパするというのも避けてきた。付き合ったりするのは、その前段階で仲良くなっており、決して惰性なんかじゃないと自分を納得させていたが、この同僚のボンちゃんとは相性がいまいちだった。
相性がイマイチというと、彼女の性格が悪いという印象を与えがちだが、そうではない。可愛い性格ゆえに男性にモテ過ぎたんだろうと思っている。
その環境の上で、彼女が少し八方美人的だったために、僕は浮気の心配を常に持ち、嫉妬で拘束したくなるほど。安心して恋人付き合いするという形からは離れていた。
決定的だったのは飲み会、というか決起大会のようなもの。高級ホテルで行われた。
なぜかお酒を注ぎまくられ真っ赤になった彼女はフラフラで、僕が部屋に戻った方が良いというアドバイスも効果がなく、逆に僕が限界を超えてロビーの長椅子にて寝てしまうという失態を演じた。
目が覚めて宴会場に戻ると、色っぽい顔をした彼女がいた。隣にAがいた。壁に背もたれしながら、二人の足が絡んでいた。
何だこれ?僕は彼女に部屋に戻るよう再度お願いした。しかし無視された。
やばいキレそう。お酒が入っているので余計に腹が立ってしまった。
怒りを押さえながらアレコレ対処をしようと努力していたところ、それを見かねた男性の同僚からこう言われた。
「お前の彼女を好いていたのってAだったよな」
「彼がお前の彼女を連れて暫く帰ってこなかったけど、俺が部屋に戻ろうとしたとき、Aの部屋から彼女と共に出てきたのに偶然会ってさ、Aに抱きしめられてキスでもしてた雰囲気だったぞ」
などと余計なことを教えてくれた。
愕然としながら「教えてくれて有難う」とだけ反応したが、酔っていなければ即行動していたのに、お酒に弱い僕は怒りと共に更に酔いが加速し、悪化、倒れ込んでしまった。
まぁボンちゃんには「部屋に戻れ」と伝えていたし、会場に残っているのも、Aと足を絡めているのも彼女の選んだこと。
僕には、もうやれることはなくなったかな。
決起大会みたいなものが終わり、寮に戻った。彼女には会う気にはならなかったため、電話にて「別れよう」と切り出したのは言うまでもない。
今から思えば、上司とハグを人前でしたりと、僕には敢えて嫉妬させようとしていたのか、そんな必要性がないほど愛していたのに。
結果的に、本当に性格が合わない恋人だった。でも、彼女は彼女で僕に対して何か不満があったのだろう。
☆☆☆☆☆
時を遡って、彼女であるボンちゃんに告白する日の彼女のマンションにタイムリープした。
うっかり失敗、まずは僕の寮からだった。車がないと彼女の部屋への訪問方法に不自然さが出る為、愛車を取りにタクシーを探して行った。
僕の服装が寝巻から背広になっている為、内ポケットに財布がある。金銭は大丈夫だ。
懐かしい寮に着き、昔乗ってた愛車に乗る。この車はマニュアルだったので、オートマに馴れた今、運転に手こずったのは内緒である。
彼女の部屋に招かれ、手料理を振舞ってもらい、その流れで雑談から告白に至る。
入社後すぐに仲が良くなっていたので、今日は告白のキッカケというより、男性社員の争奪戦に勝ったという状況。
雑談中に「まだ恋人はいらないなぁ」等々と独身貴族のあらゆるセリフを撒き散らし、心の中では『僕って彼女のことを想っていたけど、別れて1か月で彼女は結婚したんだよね。僕と重なっていたのでは?』なんて、お別れ当時のことを思い出していた。
Aと結婚相手は別だったので、複雑にNTRされていたかもしれないよなと当時は思ったものだ。
本来は告白し合うのだが、告白をせずにそのまま解散して帰宅した。
恋人として別れるより、友人としていた方が僕らには好い距離感だと思える。
昔の愛車を少し運転し、実はこれが一番懐かしかったが、自宅である社員寮に戻ったところで時代を元に戻すためにベットで眠る僕を強く念じて空間が曲がった。
しかし違和感を覚えた。