第1話 幼馴染の引越し前にかける言葉
このお話は、研究者で医学博士である僕が、大学医学部付属病院の院長先生から第三内科で老年科を作ることから始まった。偶然にタイムワープが出来る薬を開発してしまったのだ。
老年科はご高齢の方々を治療する科目ではなく「どうして人間は死ぬのか?老いるのか?」を研究する専門科目。研究は産卵したら100%死ぬサケ科サケ属を用いたもので脊髄幹細胞を利用していた。
僕は、普通にその薬を試すのだが、実験室では再現できないからと、自分を被検体にして日頃から悔やんでいた過去の後悔を解消してみようと実施。
ある時、暴走した薬のせいで体が半透明になって、もしかしたら過去だけではなく異世界にも行けるんじゃないか?と妄想が蔓延った。
後年の為、僕の経験をお話ししていこうと思う。
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ある日、筋肉痛とアレルギーの薬の飲み合わせが不思議な効果を発揮して過去に短時間戻るという経験をした。最初はまさに驚愕という状況に追い込まれたが、練習みたいに数回の体験をして慣れてきた。
僕としてはこんな経験も薬の飲み合わせも学会に発表するレベルの発見だと思うのだが、まずは自分自身で効果を感じて自信をもってアレコレするという嗜好に陥った。
実際にこんなことが起きるなどと夢物語としては想像で楽しんだことはあるが、実際に経験するとなると他の見方が出来て分析もはかどるというものだ。
ちなみに僕はハードな仕事を長らくしてきた。新しい興味の出た事象というのは格別で、思いっきり集中して極めたいという研究者体質が一般の人とは異なっている感性なのかもと思う。
さて、おいおい詳しい状況はレポートにまとめることにするが、まずは体験を繰り返し、どうしてこんなことが起きたのか理由の解明またはアルゴリズムを解き明かして適切な学会などで一般公開、またその前にタイムリープでいじった過去のせいでバタフライエフェクトが大きく起きないかの検証なんかもやっていかねばならないだろう。
とまぁ巷にあふれるタイムリープ物は古今東西にわたって存在しているし、自分の経験するタイムリープがどれかに合致すれば自分自身に起きるであろうトラブルや環境への作用など把握もしやすいと期待する。
根本的には気軽に若い頃の後悔したことを解消するという細やかな出来事を無かったことに出来ればいいなという軽い気持ちでやっていこうと思う。ちなみにタイムリープは8時間ほどで終わり、寝る前に強く念じて入眠すればその場面の若き自分に憑依し、なるべく影響の出ないよう短い時間で事を済ませてベットに戻るという具合であり、これなら若き自分の記憶のない時間とか最小限に出来る。
この先、長い時間をタイムリープしたらどうなるのか?なども検証したいと思ってはいる。現在の僕は満足した生活をしており、美人な妻を失うような下手は打てないと凄く思っているのも長くタイムリープしたくないという理由になっている。
どれぐらいの線引きが良いのかはタイムリープを実際に何度もしてキャリアを積んでからというのが先入観無しで大切だろう。
無謀に楽しんで後悔をやり直すのに無警戒では手遅れになるほどの致命的な失敗を起こすかもしれないからね。
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さて今夜は中学時代に戻ろう。
後悔としては、初恋の女の子が中学2年生で引越直前に僕と学校ですれ違う際に声をかけてくれたことに遡る。喜んだと共に驚いてしまい、気の利いた返事が出来ずに最後の接点は終わってしまった。何故かこのことを長年後悔していたのだ。
女の子は僕の初恋で、クラス一どころか学校で一番モテていた娘であった。
アルバムで昔の写真を観てもそんなにモテていたのが信じられないほどだが、学級委員で賢く奇麗で可愛いかったというのは確かで、なぜか学校の男子諸君は揃ってその娘に夢中になっていた。
とはいえ僕も彼女の写真を撮ろうと通学路で待っていたりしてシャッターチャンスにその娘と目があってしまい、焦って断念したことがあった。幼馴染ゆえ、小学校の頃はスカート捲りもやっていた。
子供だから笑えるけど気持ち悪いよね。引越し前に僕に声をかけてくれるんだから堂々と頼めば良かったのに。そもそも告白ぐらいしておけばと思わぬこともない。あまりにも彼女がモテすぎて付き合いたいとかはなかったなぁと振り返る。
いやはや黒歴史である。
最初の攻略は井口綾子さんに決定 ↓
ベットに入ってどれぐらいの時間が経ったであろうか。
僕は中学2年生の3学期に出現した。場所は学校のロビーで出入り口があり、そう、彼女と最後に交わす言葉のあった後悔した場面である。
彼女とすれ違う際に、彼女から「〇〇〇〇さん(ニコッ)」と当時僕が付き合っていた恋人の名前を茶化すみたいに言われ、あまりにも意外な声掛けに返事も出来ずに振り返り、彼女はさっと扉をくぐって去ってしまった。
彼女の引越しは当時知らず、どんな意味が込められていたのか聞こうと追いかけもしなかったので、後にそれが最後の会話みたいになってしまった。同じクラスでなかったことで僕らの接点は無くなっていたんだ。
彼女は会話を試みるのではなく、摩訶不思議な出来事と捉えていたが後年、妻に話したところ「それは貴方のことが好きだったんだよね」と言われ、なぜか心がざわついて、今に至ってしまう。
数分、壁に寄りかかって待っていたところ、彼女が外から扉へ向かって歩いてきた。この場面だと僕も出入り口に向かって歩く。彼女とすれ違う際に「〇〇〇〇さん」と呼びかけられ、よし来たと僕は彼女に向って振り返る。
「井口さん、もうすぐ引越するんだよね?新しい場所でも頑張って。身体に気をつけてね」
言えた。別に愛を告白するのではなく、連絡先を聞くのでもなく、思いやりの一言である。彼女、井口綾子さんは目を見開き、うるうるした表情をしていた。
よし、僕の願いは叶った。元の時代に戻ろう。僕は眠っている自分の姿を強く思い起こした。すると空間がぐにゃりと曲がって気が付けばベットの上で寝ている僕に戻っていた。成功だ。
変なバタフライ効果が発生していないか確認することにしよう。美しい妻が隣で眠っている。妻が井口さんに代わっているというような展開はなく、ひとまずホッとしていた。
井口さんと何とかなろうとか、全く想定しておらず、単に自己満足なタイムリープの一つの経験値値なにか記憶に新しい出来事が挿入されているかどうかは未だ自覚できないが、明日に起きたらよく考えてみよう。
もっと会話して仲良くなればいいのに等々考えてみたが、それでは彼女の人生に影響を及ぼしてしまう万が一の可能性を鑑みて、やはり後悔を解消するにしてもホンの短い時間だけと自分で自分をいさめる。
そんなことを反芻しながら気軽に二度寝に入った僕であった。