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悪役令嬢は娼館でナニをするのか

作者: 小埜我生

苛め表現あるので苦手な方はご注意ください

甲高い声が私の目を覚ます。


時刻を見ればまだお昼前。


誰かは予想出来ているためベットから降りる。


カーテンを開けて部屋に光をいれる。


タイミング良く部屋の扉がノックされる。



返事をすればメイドのアリーが入ってきた。


「マダムおはようございます。いつもの方が新人を連れてきました」


淡々と報告する彼女は長いこと私に仕えてくれていて仕事はできるが常に無表情だ。


顔は整っているのにもったいない。


「分かったわ。準備したら向かうから応接室に通しておいて」



「かしこまりました」


アリーは一礼すると部屋から出て行った。


髪に櫛を通し、部屋に備え付けの洗面台で顔を洗う。


軽く化粧をして寝間着から普段着用のゆるめのドレスに着替える。


身支度を終えて応接室へと向かう。



「お待たせしましたわね」


部屋に入るとソファに座っていた男が立ち上がり私に頭をさげる。


「ごきげんようマダム。本日も美しいお姿にお会いできて嬉しく思います」


「相変わらずねぇ」


ぬけぬけとお世辞をいうこの男はダンテ。


中性的で整った顔をしているが常に笑みを溢さないつかめない男。


「ンーーー!!ンーー!!」


ダンテの横に座っている少女がバタバタと身体を揺らす。


「あら、拘束魔法を使っているの?」


少女が身体を揺らし叫んでいるようだが一定以上に身体は動かせず、声も制限されているの

か言葉になってなかった。


「あー実はここに来るまでは大人しかったんですが私とアリーさんの会話でここがどういううところか分かってしまったみたいでして」


ダンテは困ったように少女に視線をむける。


拘束魔法は術者が対象を傷つけず行動の制限をかける魔法だ。


この場合はソファから立ち上がろうとしたり暴れるのを止められているのだろう。


それに付随してわめき声もただの音に変換されている。


つまり抵抗の意思をなくし、大人しくソファに座っていれば話すことも可能なのだが彼女は興奮しているようなので少し放っておく。


彼らの向かいのソファに腰をおろす。


「それで今日はこの子が商品かしら?」


口元を隠していた扇で少女を指した。


「はい。ステファーニア16歳です。元々は「ワトヘルト公爵家の次女だったかしら?」


「・・・耳が早うございますね」


彼の笑みが少し固まるのがみえる。


さすがに驚いたのだろう事前の情報なしに名前だけでその出自を当てて見せた事に。


けれど私の仕事柄情報は大事なのでね。


私は微笑みを返事として返した。


「それならばもうご存じかと思いますが昨夜の王城の舞踏会にて彼女は婚約者だった第二王子殿下により婚約破棄されました。理由としては殿下の婚約者として学園で横暴な振る舞いをし、特待生の平民を苛烈に虐めていたことと教師への賄賂と脅迫により成績を不正改変したことです。それに伴い貴族からの追放も決定されました」


淡々とした説明にいつの間にかステファーニアは暴れるのをやめて涙を滲ませていた。


彼女を頭のてっぺんからつま先まで見ていく。


金髪の巻き髪に碧眼の美しい少女。貴族らしい見た目と言えばそれまでだが真っ赤なドレスを着ていてゴテゴテとした印象だ。化粧も無駄に濃く、顔立ちは可愛い系統なのに素材を見事に殺している。


「彼女はまさに「「悪役令嬢」」


先程の仕返しだろうか私の言葉に彼は揃えたように言った。


お互いに目を見合わせて笑った。


「ふふ、いいわ。この子ウチで買い取りましょう」


「さすがですね」


ダンテの出した契約書にサインした。金貨百枚。


中級貴族の屋敷程度の値段だ。元貴族令嬢という肩書きにしてもかなりお高い。


しかも王族の元婚約者という売り方は不敬罪にあたりかねないので出来ない。


それでも私にとって彼女はそれだけの価値があると判断したのだ。


「ではこれよりマダムがこの娘の主人です」


彼は契約書をしまうと私に挨拶をして帰って行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「アリーお茶のおかわりをちょうだい」


「かしこまりました」


壁際に控えていたアリーが私とステファーニアのカップに紅茶が注がれる。


柑橘の爽やかな香りが口にひろがる。


「やっぱりアリーの紅茶は美味しいわね」


「ありがとうございます」


「ステファーニアさんもお飲みなさいな」


「!!!」


名前を呼ばれて驚いたのか固まってしまった。


見た目に反して大人しい子なのかもしれないわね。


「まぁ、飲みたくなったら飲みなさい。これからの事を説明するけどいいかしら?」


彼女は頷いた。怯えながらも状況を把握しようとする姿勢はさすがね。


「私はミルレ。マダムミルレと呼ばれることが多いわ。そしてもう分かっていると思うけどここは娼館『妖精の隠れ家』よ」


「・・・・」


公爵令嬢だった彼女からすれば縁遠いにもほどがあるだろう。


「貴方には娼婦として働いてもらうわ」


そう言うと彼女は悔しさからか唇をかんで俯いた。


パンッ


扇を閉じ、持ち手と反対の手を叩くと部屋に大きな音が響く。


彼女は音に驚き顔をあげる。


「笑いなさい。貴族も娼婦も女性の武器は微笑みよ」


私はとびきり美しく微笑んであげる。


「そんなの・・・」


「不服そうねぇ。でも安心なさい。私が徹底的に仕込んであげる」


その日からステファーニアの新たな人生が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


幼い頃から両親には公爵家に産まれたならば王家に嫁げと耳が痛くなるほど言われてきた。


長女である姉はあいにく殿下達と年齢が合わなかったため同派閥の公爵家の次男を婿に迎えてワトヘルト家を継ぐ予定だ。


五歳年下の私は運良く第二王子殿下と同年に産まれた。


父はあらゆる手を回し、念願叶って七歳の時に私は殿下の婚約者になれた。


嬉しかった。いつも怒る父が手放しに褒めてくれて、王家から送られた肖像画の殿下は私と同じ金髪に翡翠色の瞳がとても素敵ではやく会えるのをワクワクしながら待っていた。


しかしその期待は大きく裏切られた。


見た目は肖像画通りの美しい王子様。


けれど私と顔あわせた時「可愛くない!肖像画と違う!」と癇癪を起こし、自身の側近に宥められていた。


側近も慣れていたからいつものことなのだろう。


それを目の前に私は困惑してしまい、後ずさったが父は「殿下の為に育てた娘です。お好きにお使いくださいませ」と逆に殿下の側に近づきささやいた。


その言葉が気に入ったのか彼はニヤッと笑った。


その日からは地獄だった。


第二王子 フェルジオ・デ・アインベルグ殿下は私を下僕として好き放題に過ごしていた。


王子妃教育として毎日王城へ通い、礼儀作法やダンス、外交についてなど教育は多岐にわたった。


しかもそれに加えてフォルジオ様の公務や社交の代役や彼に課された課題をこなす日々。


少しでもミスすれば彼はひどく私を罵倒して父に密告する。


その後家に帰っては父から再度責められる。


「気に入られろ。逆らうな」


何度も繰り返されるのはその言葉だけ。


姉や母に助けを求めた事もあったが「我が家の恥にだけはならないでよ」と見捨てられた。


今思えば姉は王家に嫁ぐ私が妬ましかったのかもしれない。


自分の方が妹の私より美しいし優秀なのにただ年が合わないという理由で選ばれなかった事が気位の高い彼女からしたら耐えられなかったのだろう。


だから今の私の苦しむ姿が余程嬉しいようだ。


母はもとより父に逆らう事などせず、子供は装飾品や社交界で自慢する話題の一つ程度の認識だったようで王家の縁続きになれる事以外に私への興味はないらしい。


私が存在する理由はフェルジオ様の婚約者としてしかなかった。


必死に学び彼に尽くした。


従順なその姿に彼も満足げだった。


国王夫妻も甘やかした息子が落ち着いたことに満足して私により尽くすように命令した。


婚約から五年経つ頃にはフェルジオ殿下は品行方正の美しく優秀な王子様というのが人々の共通認識になっていた。


その一方で婚約者の私は高慢でろくに社交しないかと思えば殿下の公務にしゃしゃり出たりする女。


派手な装飾と化粧で身を包み、学園の成績も優秀な殿下に遠く及ばず。


礼儀作法も稚拙なその姿に皆が嘲笑してきた。


そんな婚約者でも婚約破棄しない殿下の慈悲がさらに皆を盛り上げた。


それが全て虚構とも知らずに。


成長した殿下は相変わらずの性格ではあったが人を欺く事にひどく長けていた。


私に命令してやらせたことも、さも自身の行いかのように振る舞い。


私の評判が下がるほど彼の評判はうなぎ登りだ。


王家は事実に気付いているが息子のためなら仕方ないと目をつぶって、我が家に至っては噂を信じ切っていた。


婚約が保たれていれば彼らは私がどうあろうと関係ないのだろう。


それが壊れたのが今日だった。


久しぶり殿下から舞踏会に参加しろと手紙が届いた。


最近は私がいると好きに女性と踊れないから勝手に来るなと言われていた為欠席していた。


久しぶりの彼からの誘いだがエスコートは当然ない。父に頼もうとしたが断られ仕方なく一人でむかった。


本来なら婚約者とともに入場するのが当たり前だろうが他の人からすれば訳の分からないワガママで殿下のエスコートを断った無礼者とでも思われているのだろう。


下品に胸元の開いた真っ赤なドレスに濃い化粧。


全く好みではないが殿下からの手紙とともに来ていたので着ろということなのだろう。


殿下の紹介で雇った侍女の施したメイクもおそらく彼の指示。


男漁りに来たとでも噂を追加されそうだ。


表情には出さないがうんざりとした。


けれど予想は悪い意味で裏切られた。


「ステファーニア・ワトヘルト公爵令嬢!!」


壁の華となり時が過ぎるのを待っていると突然名前が叫ばれた。


声の主はフェルジオ殿下だった。


驚いたが彼が私の名を呼ぶのなら彼の元へ参らねばならない。


彼は広間の中央にいた。


私が歩き出すと人だかりがさーっと開いていく。


彼の前に行くと彼の背に側近の男性が数人。そして傍らに涙目の女性が一人。


「我らの太陽アインベルグ王家 フェルジオ殿下本日もお目にかかれたこと光栄に存じます。ワトヘルト公爵家が次女ステファーニア参上してございます」


王族への挨拶とともにカーテシーをする。


けれど私の礼には誰も答えてくれなかった。


「君は彼女の前に来てもシラをきる気なのだな」


殿下から軽蔑するような目を向けられる。


どうすればよいのだろう。彼の意向にあう動きをしなくてはならないのに何が何やら分からない。


とまどっていると側近の男性が私が行った悪行を色々と広間の皆様に語った。


・殿下の婚約者ということを盾に学園での横暴な振る舞い(その殿下からの指示でしたが)


・教師へ賄賂と脅迫を行い成績を不正改竄(改竄したのは私と殿下の名前の入れ替えだけで

それも殿下の指示)


・平民の特待生 ビビアンへの苛烈ないじめ(・・・これは私は存じません)


ピンク色の髪に蜂蜜色の瞳。殿下の腕にしがみついてこちらを見てうるうると涙をためる姿はまるで小動物のように愛らしい。


「ビビ、怖いだろうがしばらく耐えてくれ」


「フェルジオ様の側でなら私頑張れますっ!」


見つめ合う二人はまるで絵画のようだ。


殿下が愛称で彼女を呼ぶということはつまりそういう事なのだろう。


私はしてないと言おうとしたがその二人の姿に言葉を失った。


「私は君がいくら蛮行を重ねようとも婚約者なのだから守らねばと思ってきた。しかしそれが君を増長させてしまっていたのだろう」


顔を歪めながら殿下は私を見る。


「・・・申し訳ございません」


「謝ってももう遅い!王家の名を汚した罪は重い!このときをもってステファーニアとの婚約を破棄する!」


私はその場に崩れる。今まで彼に従った日々は何だったのだろうか。


「我らの太陽アインベルグ王家 フェルジオ殿下。ワトヘルト公爵が当主参上してございます。申し訳ありませんが発言してもよろしいでしょうか」


私たちを囲っていた人混みの中から臣下の礼をとった父が出てきた。


「おとうさ・・・」


助けに来てくれたと思って父に手をのばすがその瞳は拒絶を示していた。


まるで汚物を見るような。


「発言を許す」


「感謝いたします。まず我が娘ステファーニアの蛮行申し訳ありません。使用人を脅し巧妙に隠していたため気付く事が出来ませんでした。婚約破棄承知いたしました」


お父様は深々と頭を下げた。


「さすがワトヘルト公爵、娘と違って潔い」


「そして殿下にお伝えしたいことがあります。そちらにおられるビビアン嬢、実は私の娘だったのです」


衝撃の発言に周りがざわめく。


「どういうことだ?」


殿下の問いに父は顔をあげる。


「次女が産まれたとき私は仕事で屋敷を離れておりました。ひどい難産で妻は出産後もうろうとしていたそうです。そのすきに当時乳母として雇っていた平民の女が自身の娘とすり替えていたのです。しかもその後その女は亡くなりビビアン嬢が遠い親戚に引き取られたため発覚が遅くなってしまったのです」


父は涙を流すそぶりをみせる。


嘘だ。私が父の子でないなんて。


「公爵がお父様?」


殿下の腕を掴んだままビビアン嬢が首をかしげる。


「あぁ、迎えにくるのが遅くなってすまない」


感動の再会。二人は涙を流していた。


「家族の再会に祝福を。本来ならステファーニアの地位はビビのものだったのだな。ならば私はこの再会の奇跡と彼女の本来の幸せを取り戻すためビビアンと新たに婚約する」


まるでお芝居だ。


そうか平民の彼女を妃にするのは無理がある。


けれど本来は公爵家の令嬢だったとなればそれは可能に。


それが事実であろうがなかろうが公爵家から妃が出せれば父にとっては問題ない。


しかも彼女の悲劇の物語は平民から人気も出るだろう。


王家にとっても悪評多い私はただの使い捨てだったんだ。


「悪役令嬢ーーー」


盛り上がる三人に対し黙り込んだ私に周囲は口々にそう溢した。


その後、父から絶縁を言い渡され平民となった私は乱暴に馬車に押し込まれ、城を追い出

された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一夜にして全てを失った私の悲劇はまだ終わらずダンテという男に売り渡された。

貼り付けたような笑みを浮かべる不気味な男。


怖かったがどうすることもできず彼に従って新たな馬車に乗り換える。


馬車が向かったのは郊外の豪華な屋敷だった。


驚きつつ、馬車を降りて彼について行く。


扉の前に来ると勝手に扉が開いていく。おそらく登録した人間を察知して開く仕組みなのだろう。


玄関をくぐると豪華だが派手すぎないどこか落ち着く雰囲気だった。


「いらっしゃいませダンテ様」


驚いた。入り口の端にメイドの女の子がお辞儀していた。


目に入る位置なのに気配がなく声をかけられるまで気付かなかった。


「失礼しますアリーさん。新人を連れて来ました。マダムはいらっしゃいますか?」


アリーと呼ばれた彼女は顔をあげた。


「マダムはまだ就寝中です。何度も言ってますがここは娼館なのですから早い時間はおやめ下さい」


彼女は無表情だが声に怒気がある。


いや、そんな事よりも娼館!?


それまで大人しく連れてこられたが初めて逃げようとした。


売られているのは分かっていたのだがまさかそこまでの事をされると思っていなかった。


平民として売られてもどこかの下働き程度だと。


最悪を想像しなかった自分の落ち度が悔しかった。


まだ背の扉は開いてる。


ダンテはアリーに怒られているようでこちらに意識向いていない。


弱い魔法しか使えないが平民相手なら足止め程度になるかもしれない。


キンッ


私が彼らに水球の魔法を向けようとしたときだった。


金属音とともに身体がみえない鎖のようなもので動けなくされた。


「ンーー!?」


声が出せない。


「あー暴れないで下さい。拘束魔法をかけたので許可した最低限の動きと声以外はせいげんされます」


ダンテは困ったようにあっさり言っているがそんな簡単なことではないだろう。


拘束魔法は上位魔法の分類でかなり限られた魔道士しか使えないはず。


それをこんなあっさりとしてみせるなんて。


これじゃ逃げれない。それでもこの場所への恐怖と困惑から暴れるのを抑えれない。


「アリーさん、案内してもらえますか」


「こちらへどうぞ」


彼女のあとをついて行く。拘束魔法のせいか彼が移動すると自然にひっぱられていく。


応接室のような部屋に通され、ソファに座らされる。


テキパキと私たちの前に紅茶が用意された。


用意が終わると少々お待ちくださいと言って部屋から出て行った。


「これからマダムが来られる失礼ないように」


こちらに目を向けることもなく彼は淡々と言う。


一瞬だったが彼の笑みが消えていたことがより恐怖をあおった。


マダムと呼ばれる女性が部屋に来るとわざとらしく媚びを売っていた。


私は彼女と目があったとき再び抵抗しようとしたが拘束魔法でろくに動けなかった。


あっという間に商談は成立されたのか私を置いて彼は帰っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マダムミルレと名乗った彼女はこの娼館の主人らしい。


たおやかな腰まである黒髪に深い青の瞳の不思議な雰囲気の女性。


彼女が私に見せつけた微笑みは息をのむほど美しかった。


知識として知っている娼婦というものとはかけ離れている。まるで絵画のようだ。


笑いなさいといれてもこんな風に微笑みを浮かべるなんて出来そうにない。


私はこれから彼女の運営する『妖精の隠れ家』で娼婦となるらしい。


昨夜からの行き着いた先がここなのか。


「ステファーニアさん。昨日から疲れているでしょう?とりあえず着替えておやすみなさい」


マダムがそう言うとアリーが案内しますと側に寄ってきた。


そういえばドレスもメイクも昨日のままだ。


「・・・着替えてきます」


「えぇ、あとでまた説明するわ」


アリーに案内されたのはバスルームだった。


大きな屋敷のわりにはこじんまりとしていたがとても綺麗に清掃されていた。


「ステファーニア様はお一人で入浴できますか?」


アリーが聞いてきた。


何を言ってるのよと羞恥を覚えたが彼女は私を気づかってくれたと理解した。


先程のダンテとマダムの会話を後ろに控えながら聞いていたのだから私が公爵令嬢と分かっている。


普通の貴族なら入浴は使用人に任せるのがほとんどだから一人だと私が困るかもと思ったのだろう。馬鹿にされたと思ってしまった自分の方が恥ずかしい。


「ドレスを脱ぐのさえ手伝っていただければ私は一人で大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「かしこまりました」


彼女は手慣れた様子で私のドレスを脱がすとタオルと着替えなどを準備してバスルームから出て行った。


彼女が出て行ったあと下着を脱いだ。


下着で隠れたていた場所には複数のアザ。


私は小さくため息をついたあと身体を洗って浴槽に入る。


「あたたかい」


たったそれだけなのに涙がこぼれた。


このアザも殿下にされたもの。彼の意に沿えなかった時誰にも気付かれないように叩かれたり、つねられた。


そのため誰にも気付かれないように普段から一人で入浴していた。


着替えも殿下から紹介された侍女のみが担当しており彼女は気付いても手当すらしてこなかった。つまり彼女の主は私でもワトヘルト公爵家でもなく、殿下だったのだろう。


私への管理と監視を兼ねるための存在。


私がやったという悪事の証拠をねつ造したのもおそらく彼女だろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


お風呂からあがり用意してあった服に着替える。


水色のゆるめのワンピースの寝間着に着替え髪を乾かす。


コンコン


ちょうど髪が乾いた頃扉がノックされた。返事をするとアリーが入ってきた。


「お部屋の準備ができましたのでご案内いたします」


「ありがとうございます」


案内された部屋は思ったよりも広かった。


華美な装飾などは少なかったがシンプルで過ごしやすそうだった。


「ここがステファーニア様のお部屋となります」


「え、個人に部屋がもらえるの?」


娼婦というものは本などの登場人物などで出てくる程度の情報しか知らなかったがその中では新人は狭い部屋に複数人入っていて部屋がもらえるのは人気の娼婦という感じだった。


だからこの部屋は一時的に案内されたのだと思っていたのだけれど彼女から私の部屋になると言われ驚いた。


「はい。妖精の隠れ家の皆様には個人の部屋をとマダムが決められていますので」


思ったよりは待遇は悪くないのかもしれない。


部屋の設備を説明したあとアリーは部屋をでていく。


「ではごゆっくりおやすみください。夜は隠れ家のお客様が屋敷を訪れますので部屋からでないでください。何かありましたらベルでお呼びください」


「わかりました、ありがとうございます」


ベットに横になった。柔らかいシーツが身体を包み込む。


昨日から色々ありすぎて考える間もなく眠ってしまった。


このとき何の拘束もなかったのに何故かマダムと話してから逃げる気はなくなっていた。


まるで彼女の微笑みに魅入られたよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


日が落ちてくると屋敷へ向かって馬車がポツポツと向かってくる。


妖精達が〝隠れ〟にくるのだ。


「アリー、ステファーニアを起こしておいてくれる?お客様をお迎えしたあと部屋に行くから」


「かしこまりました」


アリーは私の指示に従い彼女の部屋へと向かう。


私はお迎えしに玄関へと向かっていく。


「いらっしゃいませ本日も良い夢を」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おはようございます」


「んっ・・」


アリーに起こされゆっくり目をあける。


思ったより寝てしまっていたようだ。身体を起こすと窓の外は真っ暗だった。


「お眠りのところ申し訳ありませんがマダムが来られるそうです」


「分かりました。何か準備はありますか?」


「いえ、そのままで大丈夫です」


コンコン


扉が開かれればそこには先程より華やかなマダムがいた。


「お待たせしたわ。アリーここは大丈夫だから皆の方へ行ってちょうだい」


「かしこまりました」


アリーが出て行くとベットにマダムが腰掛けた。


「そのままで大丈夫。休めたかしら?」


マダムは首をかしげながら聞いてくる。


「はい、休めました」


これは本当だ。ここ数年で一番熟睡した気がする。


殿下から課題などを押しつけられそれを処理したり、妃教育などで睡眠時間はかなり削られていた。しかもその少ない睡眠時間も殿下から呼び出しされれば何時だろうが向かわなくてはいけなかった。


「それは良かったわ。顔色もマシになったわね」


「ありがとうございます」


「さて、さすがにまだ貴方をお店に出すわけにはいかないけどウチの子達の接客をこっそり見てみない?」


私は、マダムの提案に正直戸惑った。


接客とはつまりそういう場面を見るという事なのだろう。


逃げる気が無くなったとはいえやはり抵抗がないわけではない。


しかしいずれ自分もするのだ。それに経験の無い私が少しでも事前に接客を見れるのはありがたい。


「・・・・おねがいします」


私は覚悟を決めた。


けれどそんな私をみてマダムはくすくすと笑った。


「ふふふ、そんな緊張しているところ悪いけど期待してるようなものじゃないわよ」


私はマダムの言っている意味が分からなかった。


「とにかく案内するわ」


マダムはベットから立ち上がり部屋の外へと向かった。


私もベットから出てマダムを追う。


「あ、一応お客様には見えない認識阻害魔法をあなたにかけるわね」


マダムが部屋を出る前にパチッと指を鳴らした。


身体の周りに魔力の膜の様なものが形成された。


私は驚きで固まったがマダムが「行くわよ?」と言うので慌ててついて行った。


ダンテといい、マダムといい、なんでこんな簡単に上位魔法使えるのよ!!!とやや怒りすら持ちながら心の中で叫んだ。


彼女に案内されたのは隠し通路のようなものでうす暗い通路に所々光が漏れていてそこを覗くと色んな部屋があった。


「ほらここをご覧なさい」


マダムが指さしたのぞき穴を見るとそこには豪華すぎない品の良いベットのあるだったのだがその横には本来ならソファやテーブルのあるような場所だと思うのだが何故かその空間には床に柔らかそうな毛の長い絨毯と色とりどりの大小様々なクッションが敷き詰められていた。


その中に一人の女性が座っており、その膝に寝転がる年配の男性が頭を乗せて膝枕していた。

何を喋るでもなく男性の寝息だけが部屋に響く。


女性はそんな男性を優しく撫でて、まるで子供の寝かしつけをする母親のよう。


「これは?」


想像とまったく違って困惑した私はマダムに問うた。


閨の事は教育に含まれており知識としては知っているが基本的には旦那様に身を任せる事が基本とされているためあまり詳しくはない。


ましてや私と殿下の関係では何も起きようがなかったので彼らがなぜそんな事をしているのか分からなかった。


「あちらの殿方は隣国ベッケン共和国のマルロー侯爵閣下よ」


「!?」


つい声をあげそうになり慌てて口を押さえる。


「しー、さすがねぇ。すでに隠居されている彼を知っているなんて」


マダムは口に人差し指を当て静かにとゼスチャーしたあとまたくすくすと笑った。


確かに私たちの年代のしかも令嬢なら知っている人は少ない。


マルロー侯爵またの名を血塗れ侯爵といえば私の祖父母達の年代なら知らないものはいないだろう。


ベッケン共和国は40年前まで数年に及ぶ激しい内乱が行われていた。


それは王家の腐敗に一部貴族と平民が革命の狼煙をあげた事によるものだ。


その貴族の筆頭がマルロー侯爵。


彼は個人の圧倒的武力によって王家を討ち果たし、ベッケンを共和国におしあげたのだ。


その荒々しい姿は畏怖をこめて血塗れ侯爵とささやかれていたらしい。


そんな彼がすでに隠居されているとはいえあんな子供のような寝姿にも何故アインベルグの娼館にいるのかも。


私にとってはさらなる困惑にしかならなかった。


「彼はここでしか寝れないの。かつて大義のためとはいえ多くの犠牲をしいた罰なのか不眠症を患ったそうなのよ」


「罰ですか・・・」


「えぇ、革命後も彼は自国でも他国に対しても常に脅威でなくてはならなかった。薬で無理矢理休息をとっていたそうだけど隠居後はそれすらも効かなくなったそうよ」


「・・・・」


寝れない辛さは私も知っているがそれすらも甘く感じるような地獄に言葉を失った。


「彼女の膝だけが唯一寝れるそうよ」


私はもう一度のぞき穴から女性をみた。


気付いたのかたまたまなのか一瞬彼女と目があった。


彼女は優しく美しい微笑みを浮かべていた。


「彼女は・・・」


「部屋に戻りましょうか」


私はマダムのあとを追って部屋に戻った。


戻りながら他の部屋も覗いて良いといわれ覗いたがどの部屋も想像していた事は行われていなかった。


「どうだったかしら?」


「ここでは身体は売らないのですか?」


私の質問にマダムは少し思考をめぐらせたあと答えてくれた。


「売らない、というよりウチにそういうものを求めるお客様がほとんどいないの。妖精の隠れ家は彼たち『妖精』がなんのしがらみもなく隠れるための場所だから」


彼女のいう妖精とはお客たちの事なのだろう。


覗いた部屋は全て各国の重鎮ともいえる人たちばかりだった。


マダムの話から察するにここは彼らにとっての不可侵領域。


転移魔法などで様々な国から訪れ、妖精としてここで癒やされる。


妖精なのだから敵対してようともここでは関わらない。


それが妖精の隠れ家なのだろう。


「私はとんでもないところに売られたのですね」


冷や汗すらでる。


「安心なさいな。貴方は先程の部屋の子を知っていたのでしょう?」


そう私はのぞき穴から見た彼女を知っていた。


数年前私と同じように追放された セレッタ・エイナルソン。


伯爵令嬢の彼女は当時婚約婚約していた侯爵令息から婚約破棄された。


理由は彼女は実の妹を虐げさらに陰では男遊びに耽っていたそうだ。


妹が侯爵令息に告発したことにより明らかとなり。


激怒した令息は彼女と婚約破棄、そして伯爵家に進言し彼女を追放させた。


その後は彼女の妹と再び婚約し結婚したそうだ。


彼女は年上で私はお茶会で数度顔をあわせた程度だったのだがそんな事をする人には見えなかった。


なにより短期間で結婚した彼女の妹と令息こそもとから不貞があったのではないだろうか。


結婚から半年ほどで子供も産まれていた。早産との噂だったが事実は不貞による妊娠をごまかすため彼女を追放したのだろう。


彼女も悪役令嬢と呼ばれていた。


「最初ダンテと口を揃えて仰っていましたがここの娼婦は全て追放された悪役令嬢なのですか?」


「貴方本当に優秀ね。そう、ここにいる子は全員が悪役令嬢として追放された『冤罪』の娘達」


マダムは嬉しそうに笑った。


「私を含めてね」


「え?マダムも?」


何故この人はずっとこちらを戸惑わせてくるの。


きっとわざとなのだろう。私が困惑する度本当に楽しそう。


「詳しいことは省くけど貴方たちと同じように追放され、死にかけたわ。けれど主人に助けられて彼の亡き後はここで同じような娘達を集めているの」


「何故わざわざ追放された悪役令嬢を?」


「言ったでしょう?ここは妖精の隠れ家。余計なしがらみなくその身一つの貴方達は都合が良いの。それに貴方達は令嬢としての品格も、なおかつ全てを失ったからこその覚悟があるでしょう」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私はある国の姫だった。


黒い髪を不気味と恐れられていたが強靱な魔力を有していた為、表面上は敬ってくれた。


気付いていたがこの力で傷つけてしまうのが怖くて愚鈍なフリをした。


それが彼らを助長させた。


魔力だけの愚昧な姫。


いつしか私は誰からも疎まれ。ありもしない噂により追放された。


いくら力があっても世間知らずのただの小娘をくいものにしようとする悪党はたくさんいた。

必死に逃げて死にかけたとき彼に出会った。


妖精王 ヴェルム。


私から溢れ出す魔力に惹かれたそうだ。


『あのときキミから溢れ出した光で辺り一面目映かったよ』


「ふふ、隠すばかりで魔力制御が下手だったから恥ずかしいわ」


『人間というものの成長は早いね。キミに敵う人間なんてもうイナイよ』


「・・・ヴェルム」


『スマナイ、二人の時は名前を呼ぶべきだった。ミルドレット』


今では彼しか呼ばない私の名前。


娼館の娘達には夫は亡くなっていることにしている。


しかし実際は私の夫はヴェルム。妖精王が私の夫なのだ。


彼は最初私を守るためだけに屋敷をつくった。


幸せだった。彼に守られるだけの日々。


けれどあるとき私のように追放された少女達がいることを知った。


悪役令嬢と呼ばれる彼女達のほとんどは冤罪だった。


力があってヴェルムと出会えた私と違って彼女達の最後は凄惨なものばかり。


悔しかった。


なぜ自分勝手な人間に彼女達が苦しめられるのだと。


幸せを知ったことで私は昔の諦めるだけのあの頃に感じる事が出来なかった感情が溢れた。


ヴェルムを頼れば保護するのは簡単だろう。


けれどそれでは意味が無い。


彼女達の尊厳は彼女達によって取り戻されなければいけない。


そう決意した私は妖精の隠れ家をつくった。


彼女達を保護するためにダンテという魔法使いを雇い自然に彼女らを連れてくる。


何故か下卑た人間というのは対象が苦しめられているという事が分かっていればそれ以上に手を出してこないのだ。


だから表向きは娼館に売られたということにする。


あとは妖精達に癒やしを求める人間を調べてもらう。


万が一にも邪な者を入れ込ませないためここだけはヴェルムに力を借りた。


妖精はそういうものに敏感に反応するから彼らに精査してもらえば安心だ。


これ以上彼女たちは傷つけさせない。


彼女達は傷ついたことで同じく多くの傷や重圧を抱えたお客を身体を使わずとも癒やせた。


そしてもとより優秀な彼女達は悪意から離れたことで本来の美しさを取り戻し、自己というものを芽生えさせていった。


彼女達は復讐とすら思っていないのだろう。


ただ癒やしているだけ。


そんな彼女らに癒やしを求めるもの達が恩返しのようにかつて彼女を虐げた者達へ報復をしているなんて気づきもしないだろう。


お客はここではただの癒やされるだけの存在だが一歩外に出てしまえば老獪で狡猾な獣達ばかり。


彼女達を虐げた者達は食い荒らされるだけだろう。


そうやって彼女達は知らぬうちに己によって報復するのだ。


彼女らに罪悪感など負わせなどしない。


勝手に滅んでしまえば良いのだ。


彼女達はこのマダムミルレが守り続ける。

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― 新着の感想 ―
 最初から令嬢にしてはあり得ないバイタリティでも、唐突に現れるスパダリのデウスエクスマキナでもない復讐の仕方が斬新で、とても面白かったです。  マダム、ヴェルムに全て頼り切りになるのではなく、自分だけ…
大義があったとはいえ多くを喪い、場合によっては血に塗れた手だとしても妖精達にとって唯一安らげる止まり木ならば、そりゃあ止まり木である彼女達を自分勝手で理不尽な理由で虐げたおバカさん達に憤懣やるかたない…
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