第9話 王女と巫女、影に蠢く野望
王都の深夜──誰もが眠りに落ちる時間。
その静寂の中、二つの場所で、同じ男の名が囁かれていた。
「……レオ・アルバレスト」
一人は、王宮の姫君。
もう一人は、神殿の聖女。
◇
リュミエール宮南棟、第二王女の私室。
窓辺に腰かけたセリシアは、月明かりに照らされた小鳥の籠を見つめていた。
それは、数日前まで“ただの装飾”に過ぎなかった。
だが今は──なぜか自分と重ねて見える。
「“選ばせてあげたい”……あの人、簡単にそんなことを言って」
誰もが彼女に“命令”しかしなかった。
“嫁げ”、“笑え”、“従え”。それが王族の務めだと教えられてきた。
そんな中で、レオだけが──“選べ”と言った。
「……馬鹿みたい。たった一言で、こんなに……」
手を伸ばし、小鳥の籠の扉を開ける。
鳥は、一歩も動かない。外の世界を知らず、籠の中がすべてだと思っているから。
「私も……同じ、かしら」
◇
一方、ルシエール大聖堂。
神殿の奥の小部屋で、リリスは祈りを捧げていた。──形式だけの、空虚な祈りを。
「……信じていた。神がいれば、それでいいと思っていた。だけど──」
“本当に救ってくれるのか?”
レオの言葉が、胸を刺す。
彼の瞳は、偽りに満ちているはずなのに、どこか本物のように感じられてしまう。
リリスは顔を伏せる。
自分でも気づかぬうちに、神よりも“彼の声”を思い出していた。
「神よ……私は、誰に祈ればいいの?」
◇
翌朝。
王宮と神殿、それぞれの場所から、密かに命令が下った。
「レオ・アルバレストを、正式に王族の顧問候補として迎え入れること」
「聖導師レオに、神託の代理権を一時付与すること」
表向きには王国の民意を反映した措置。だが、裏では──王女と巫女、それぞれが独断で動いていた。
──ふたりはまだ気づいていなかった。
自らがもう、“籠の鳥”ではなく、彼の手のひらの上で踊る存在になっていたことに。
そして、レオ自身も──ふたりの心が自分に傾きつつあることを、確かに感じていた。
「よしよし。順調に“駒”は揃いつつある」
満足げにワインを口に含みながら、レオは呟く。
だが、その視線は冷静だ。
情などではない。欲望でもない。
──すべては、支配のため。
“誰もが自分を信じ、愛し、従う”世界のため。