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第8話 神を信じる巫女は誰に祈る

 


 王都中央神殿《ルシエール大聖堂》。


 荘厳な天蓋の下で、今日も一人の少女が、静かに祈りを捧げていた。


 薄布の儀式衣に身を包み、床に膝をつくその姿は、まるで“神の人形”だった。


 


「──主よ。どうか、この国に正しき光を。人の心が道を誤らぬよう……」


 


 少女の名は、リリス・マリエル。


 神の声を聞くとされる“神託巫女”。王家とも繋がりを持つ神殿の聖女として、絶対的な信仰と尊敬を集めている。


 だが、それは同時に──彼女自身を“信仰の牢”に閉じ込めていた。


 


 誰かを信じることは、心を委ねること。


 だから、リリスは人を信じなかった。


 唯一信じられるもの──それは、“神”だけ。


 


 そんな彼女の元に、“異端”がやってくる。


 


 



 


 


「──このような神聖な場に、“詐欺師”が現れるとはな」


 迎えたのは、神殿の最高司祭であり、リリスの保護者ともいえる老僧。


 レオは恭しく頭を下げた。


 


「畏れ多い場に立ち入ること、許しを乞います。ただ──どうしても、リリス様に直接お会いしたくて」


「何の目的で?」


「“神”について、少しお話がしたいのです」


 


 老僧が目を細めた瞬間、神殿の奥から声が響いた。


 


「……よいでしょう。話を聞きます」


 


 カーテンの奥から現れたリリスは、神託の巫女としての神々しさを纏いながらも、どこか興味を引かれたようにレオを見つめていた。


 


「あなたが、民の間で“聖導師”と呼ばれている方ですね?」


「ええ。……まったく、心外ですが」


 


 リリスの表情が、ほんのわずかに緩んだ。


 他の者が言えば傲慢に聞こえるその言葉が、この男から発せられると、なぜか“誠実”にすら思える。


 


「あなた、神を信じますか?」


 


 突然の問い。


 レオは一瞬沈黙し──そして、はっきりと答えた。


 


「いいえ。俺が信じるのは、“信じさせる力”だけです」


 


 その言葉に、神殿の空気が凍る。


 だが──リリスは怒らなかった。


 むしろ、なぜか“心が震える”のを感じていた。


 


「……なぜ、私に会いに来たのですか?」


「君のような“本気で神を信じている人”に会いたかった。そして、聞きたかったんだ」


 


 レオは一歩、リリスに近づく。


 


「君の神は、本当に君を“救ってくれる”のか?」


 


 その問いに、リリスは言葉を詰まらせた。


 答えは、当然“はい”のはずだった。


 だが──“本当に?”と心の奥で誰かが囁いた。


 


「……そんなの、決まって──」


「なら、神が君をずっと独りにしているのは、なぜだ?」


 


 それは、ずっと心の奥に隠していた“不満”だった。


 誰にも言えなかった“寂しさ”だった。


 なぜ、自分は“神の声”を聞けるのに、人と向き合うことは許されないのか。


 なぜ、自分は“誰にも心を許してはいけない”のか。


 


 ──レオの言葉は、刃ではなかった。ただの“問い”だった。


 だが、リリスの信仰を揺らがせるには、それだけで十分だった。


 


 その夜、リリスは神殿の中で、眠れぬまま月を見上げた。


 頭から、あの男の言葉が離れない。


 


「……私は、何に祈っていたの……?」


 

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