第4話 虚言と剣、手を取り合う
王都から東に半日ほどの距離にある辺境の村。
そこに、突如として現れた“魔物の群れ”が原因で、人々は恐怖に沈んでいた。
魔物といっても、現れたのは牙の鋭い狼型の獣が十数体。騎士団が出張るほどの脅威ではない。だが、村にとっては致命的だった。
「お前がこの村に行きたがった理由、ようやく理解できたわ」
アメリアが冷ややかな視線を投げる。
彼女はレオの“監視役”として同行し続けていたが、すでに何度もその奇妙な行動に翻弄されていた。
レオは村の広場に立ち、既に村長と話をつけていた。
「この村はもうすぐ、“神の奇跡”によって救われる。そう、聖導師レオ様がね」
「誰が聖導師よ」
「俺だよ」
彼は満面の笑みで、アメリアの肩をぽんと叩いた。
「君には、“神の盾”って肩書きをあげよう」
「……冗談じゃない」
だが、すでに人々は信じ始めていた。
広場には「聖導師様」「救いの人」と噂が流れ、集まった村人たちは、彼に祈るような眼差しを向けている。
中でも、一人の母親が子どもの手を握っていた。
「聖導師様……どうか、村をお救いください……」
──これは、嘘だ。嘘にしかすぎない。
だが、それでも“信じさせれば”、それは力になる。
「よし、そろそろ“奇跡”を起こす時間だ」
レオは小さな石を掲げ、口にした。
「この《祓石》は、神の恩寵を宿す特別な聖石。これを村の中心に埋めれば、魔物たちは近づけない」
「……石ころじゃない」
「しっ。今は“神の石”だよ」
彼は人々に見守られながら、堂々と村の中央にそれを埋めた。
村人たちは息を呑み、静まり返る。
だが、魔物は止まらない。
遠吠えとともに、村の外れからファングたちの群れが姿を現した。
村人たちの顔に、恐怖が広がる。
──このままじゃ、嘘は崩れる。
そう思った瞬間、レオの隣をすり抜け、アメリアが駆け出していた。
「全員、後ろへ下がれ! ここは私が引き受ける!」
抜き放たれた剣が、陽光を反射する。
そして──
「“神の盾”アメリア、参る!」
その言葉が、空気を変えた。
まるで、本当に神に祝福されたかのように、アメリアの剣は光を帯び、動きは冴え渡る。
一閃。ファング一体が沈む。
二閃。三体目までが地に伏した。
「な、なんだ……あの騎士、神の使いじゃ……!」
「すごい……! 本当に神が守ってくださってる……!」
──違う。
レオは内心で笑う。
信じたのは、村人たちの方。彼らが「アメリアは神の盾だ」と思い込んだ瞬間、彼女の力は引き上げられた。
“虚言成真”が作り出す、集団信仰による現実の変質。
「……これが、俺のやり方さ」
やがて魔物はすべて倒され、村は救われた。
夜。焚き火の前でアメリアは、剣を研ぎながら静かに言った。
「私、あんたのやり方は好きじゃない。でも……誰かを救ったことは、事実だわ」
「じゃあ、そろそろ君も“信じ始めた”ってことか?」
「……調子に乗らないことね」
彼女はそう言いながらも、レオの顔をまっすぐに見ていた。
そこには、敵意でも嫌悪でもなく、わずかな迷い──それは、信頼の芽。
詐欺師は、その芽が育つのをじっくり待つ。
それが、心を堕とす一番の近道だから。