第3話 騎士の剣は誰のために
王都──そこはレオにとって、まさに“市場”だった。
情報が集まり、人が交錯し、欲望が渦巻く場所。虚言と演技で何者にもなれる場所。
だからこそ、彼はまず“名を売る”ことにした。
方法は簡単だった。
助けを求めていた貴族の馬車を、わざとらしく襲撃する山賊を“助ける”形で撃退。
──もちろん、山賊も台本通り。報酬と台詞付きのエキストラだ。
「助けてくださって……ありがとうございました!」
美しい金髪の少女が、震える声で頭を下げる。
高級なドレスに身を包み、見るからに裕福そうなこの令嬢こそ、レオが狙った“舞台装置”だった。
「いや、大丈夫。君が無事で何よりだよ」
レオは満面の笑みを浮かべながら、血のついていない剣を鞘に納めた。
だが、その瞬間。
「……ふざけた茶番ね」
背後から、凍るような声が響いた。
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは──全身を銀の甲冑で包んだ、黒髪の女騎士。
「その剣筋、素人以下。あの山賊たちは明らかに演技だった。……あなた、何者?」
レオは即座に状況を察する。
──この女、“本物”だ。
「おっと。突然現れて、その言い草は失礼じゃないか?」
「答えなさい。偽りの英雄。貴族の命を“演出”の道具に使うなど、正義に反する行為よ」
その目は真っ直ぐで、冷たい。信念を貫く剣そのものだった。
「……ふぅ。まったく、堅物は苦手だ」
レオは軽く肩をすくめた。
だが、その瞬間──笑顔の裏で、言葉を練る。
「名前はレオ・アルバレスト。“世界を変える男”さ。あなたのような強く美しい女性に出会えて光栄だよ、騎士殿」
「その口を閉じろ」
鋭い返し。それでも、レオは微笑を崩さない。
会話の“間”、表情の“揺らぎ”、視線の“焦点”──彼はすでに、彼女の情報を収集中だった。
(この手のタイプは、規律と使命で自分を縛ってる。その枷を、崩すのは……“揺さぶり”だ)
「君の名を、聞いても?」
「……アメリア・ヴァルトリン。王国騎士団・近衛隊所属」
「なるほど。正義を地でいくお名前だ」
その時、助けた令嬢──もとい“舞台装置”の貴族娘が口を開く。
「アメリア様、こちらの方は本当に助けてくださったんです! 私を救ってくれた……私の命の恩人です!」
アメリアが一瞬、言葉に詰まる。
「……そう。だとしても、私は“あなたの真実”を見逃すわけにはいかない」
「なら、こうしよう。監視していい。いつでもどこでも、君の目で“俺”を判断してくれ」
その提案に、アメリアはわずかに目を細めた。
「……あなた、監視されることを、怖れないの?」
「怖れないさ。むしろ光栄だね。君のような美人に見られるなら、多少の不便も悪くない」
「…………馬鹿」
それでも──
アメリアは剣を収め、レオに一歩近づいた。
「王国騎士として、あなたの行動を監視する。……それでいいわね?」
「もちろん」
──こうして、レオの隣に“剣”が加わった。
まだ彼女は“味方”ではない。だが、そばに置けた時点で、半分は堕ちたも同然。
詐欺師はそう考える。