第2話 異世界の詐欺師、始動
目を覚ましたとき、まず感じたのは“臭い”だった。
土と汗と、腐った何かが混ざったような、都市のスラムを思わせる空気。
「……あー、なるほど。異世界って、こんなに臭うんだな」
転生後の第一声がそれだったのは、詐欺師らしいと言うべきか。
レオ・アルバレストとして生まれ変わった如月玲央は、石造りの路地裏──いや、どう見ても貧民街──のゴミ山の中で、静かに身を起こした。
服はボロ布、装飾ゼロ。
体つきは若返ってはいるが、剣も杖もなく、ステータスも確認できなければチュートリアルもない。
だが、それでも不思議と焦りはなかった。
彼には“確信”があった。
──この世界も、騙せる。
そう思わせてくれたのは、一人の老婆とその孫だった。
「お願いです、誰か……この子を、助けてやってください……」
薄汚れた路地裏で、老婆は必死に通行人にすがっていた。
彼女の腕に抱かれた幼い少女は、青ざめた顔で荒い息を吐いている。明らかに、高熱を発していた。
だが、誰も立ち止まらない。見慣れた風景なのだろう。
レオは老婆の前に立ち、静かに声をかけた。
「おばあさん、この子の病、……“信じれば治る薬”で、治るかもしれませんよ」
老婆の目が揺れる。
「……そ、そんな……そんな都合のいいものが……」
レオは路地裏の片隅に自生していた、どう見てもただの雑草を一本摘み取った。
そして、それを両手で包むように持ち、目を伏せて祈るふりをしながら、ゆっくりと言った。
「これは“聖なる導き草”。昔、ある聖者が“人の想いに応える”と残した癒しの薬草だと言われています」
──この言葉に、何の根拠もない。ただの嘘だ。
だが、彼の中に、確かに“感触”があった。
老婆がそれを両手で受け取り、涙ながらに孫娘の口元に草を当てた瞬間──
世界が、揺れた。
草が、ほのかに光った。
少女の表情が、わずかに安らぎ、呼吸が静かになっていく。
老婆が嗚咽するように「ありがとう……ありがとう……!」と繰り返し、周囲の人々がざわつき始めた。
──“信じさせた”嘘が、現実になった。
レオは心の中で笑う。
(やっぱり……この世界、“俺向き”だ)
◇
それから数時間後──
スラム街の酒場で、レオは無料の食事を得ていた。
「聖者の奇跡」を目撃した者たちの噂はすぐに広まり、彼は“導きの預言者”としてちょっとした話題の人物になったらしい。
「なんて便利なスキルだよ、“虚言成真”。……信じさせることさえできれば、嘘が真実になる」
ただし、条件もある。
“自分が信じている”だけではダメだ。“他人が信じる”ことこそが、嘘を現実に変える鍵。
つまり──
「この世界では、“嘘の説得力”こそが、力になる」
金も魔法も剣もない。
だが、口がある。言葉がある。
そして、“信じる馬鹿”がいる。
この世界でも、彼は詐欺師として頂点に立てる。
「面白くなってきたじゃねぇか……」
レオ・アルバレスト、異世界詐欺師編──ここに、開幕。