第1話 死の間際、神は笑った
──金の香り、嘘の声、そして裏切りの引き金音。
「……お前さ、本当にバカだよな。最後まで“あたし”のこと、信じてたんだ?」
銃口の先に立つ女が笑っていた。薄く艶やかな紅の唇を歪め、まるで勝ち誇った女優のように。
如月玲央は、銃弾が心臓を撃ち抜く直前まで、微笑んでいた。
廃ビルの屋上。闇夜に溶ける都心のビル群を背に、玲央はゆっくりと膝をつく。白のスーツに広がる鮮血が、まるで高級なワインのように静かに染みていく。
「信じてたわけじゃないさ。ただ、“そう見せた方が、お前が気持ちよく撃てると思って”な」
「……は?」
「ほら、撃つなら気持ちよくしてやらないと、女っていろいろ拗れるだろ?」
女の手がわずかに震えた。
それを見て、玲央は満足げに笑う。血が喉に逆流し、言葉が掠れてもなお、その表情だけは変わらなかった。
「ったく……最後まで詐欺師だな、あんた」
「そりゃそうさ。死ぬまで“俺”は、“俺”であるべきだろ?」
夜の風が吹き抜ける。
東京の片隅、誰にも知られず、誰にも悼まれず、伝説の詐欺師・如月玲央は死んだ。
──だが、終わりではなかった。
◇
……光も闇もない空間だった。
視界も、体も、声も、すべてが宙に溶けていくような不思議な感覚。
だが、ただひとつ──声だけがあった。
「ようこそ、“言葉の器”よ」
「……誰だ?」
反射的に答えた瞬間、玲央は自分が“まだ考えられる”ことに気づいた。
死んだはずの自分が、思考している。
夢か、幻か、それとも──
「面白いな、お前。嘘を吐き、信じさせ、そして世界を騙す……。その才能、ちょっと借りるぞ」
「……神様気取りか?」
「神様だよ。お前の言うところの、“異世界の神”ってやつだな」
呆れたように、玲央は虚空で目を細める。
「異世界転生ってか? ずいぶん安いオチだな」
「案外、お似合いだろ? お前の“嘘”が現実になる。そんな世界で、もう一度遊んでみたくないか?」
──その瞬間、玲央は笑った。
命を賭けた数百億円の詐欺劇のラストシーンよりも、誰かに裏切られたあの瞬間よりも。
今の方が、遥かに楽しい。
「……いいね。悪くない。人生二度目ってのも、そう悪くない」
そして、光が差し込んだ。
重力が戻り、皮膚が熱を帯び、心臓が脈打つ。
かつて詐欺師と呼ばれた男は、再びこの世に生まれ落ちた。
──名を、レオ・アルバレスト。
新たな世界で、言葉ひとつで人の運命を変える“最凶の嘘つき”として、虚構の王が目を覚ました。