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プロトコル・オリジン - Rewrite -  作者: Takahiro
幻想に書かれる物語
5/15

補完された達成


小説を書くことが日常の一部になり、NovaWriteとの対話がその歩みを支えてくれる。

仕事も、プライベートも——どこか噛み合いはじめた感覚がある。すべてが、静かに前に進んでいた。



______

会社では、いくつかの業務でAIライティング支援プロジェクトを活用する段階に入った。


悠真はプロジェクトの中核を担いながら、自らもNovaWriteを用いてチームと共に「ある提案」に取り組んでいた。


その成果が形となって現れたのは、定例ミーティングでの川村部長からの発表。


「今回の社内企画コンテストで、我がチームの提案『Re:Write Path (リライト・パス)』が最優秀賞に選ばれました。奏を中心に、佐々木と藤井もよく頑張ってくれた成果です!

AIツールを企画書作成業務に組み込むだけでなく、“発想・構成・表現”の各プロセスを体系化した点が評価されました。これは応用の幅が広く、他部署への展開も視野に役員会議でも注目され、今後のモデルケースとして期待されています」


前方のスクリーンに投影された企画提案書の表紙を指しながら言うと、室内に拍手が広がった。


プロセス全体を可視化し、再現性のあるフレームワークとして提案するのは、最も時間をかけて磨き上げた部分だった。それだけに、役員会議で取り上げられたと聞いた瞬間、チームの間には誇りと手応えが満ちた。



   - 悠真 -

   AIを介在させることで、企画書そのものの本質って何だろうって考えた。

   佐々木や藤井と何度も真剣に交わした議論、リライト・パスが形になっていく過程。

   自分たちの努力の痕跡が刻まれていると思えた。

   評価されたから、だけではない。

   一緒に積み上げた時間と記憶が、その中に刻まれているなら——

   それで、十分だ。



「悠真さん、最近ほんとすごいっすね」


昼休みに佐々木が笑顔で語りかける。

藤井もすぐ隣で、「あのNovaWriteの使い方、発見したときほんとに衝撃でした。こうやってニュアンスまで詰められるんだって気づいた瞬間、ちょっとゾクッとしたというか……すごく面白かったです」と頷く。


何度もやり直しながら、互いの得意分野を活かして仕上げた企画書。


「俺たち、やりましたね」


佐々木がグータッチを求めるように拳を突き出すと、悠真は思わず笑ってそれに応えた。

藤井も小さく拍手をして、三人の間に柔らかい空気が生まれる。


遠藤は多くを語らないが、会議の帰り際にぽつりと「…いい流れだな」と言ってくれた。

それが不思議と、どんな賞賛よりも嬉しかった。



____


夜、自宅。

リビングの照明を少し落とし、NovaWriteのインターフェースを立ち上げると、いつも通り静かに応えてくれる。

入力欄に短い一文を打ち込む。


「夕陽が差し込む書斎の窓辺に、埃をかぶったままの原稿が置かれていた」


数秒後、画面に文字が浮かび上がる。


NovaWrite

『主人公はその前に立ち尽くし、窓の外の色づいた空をただ見つめている——そこには、温もりの残る春の風が、まだ微かに残っているように思えた。』


「……悪くないな」 続けて、悠真は微調整を入れる。

「“温もりの残る春の風”って、確かに情景は浮かぶけど……それだけだと、読者の記憶にまでは届かない気がする。もっと人間の記憶や感情に訴えるような描写にできないかな。たとえば、“誰かと交わした何気ない言葉”や“ふとよぎった後悔”みたいな、意識の奥に沈んでる感覚を拾ってほしい。」


NovaWrite

『候補:

  “春の終わり、アスファルトに残る陽だまりの匂い”

  “彼女が笑っていた日の夕暮れの風”

  “閉店後の書店に残っていた、インクと紙の混じった静けさ”

これらは『記憶に紐づく感覚』として、“温もりの残る春の風”の背景にある感情をより強く読者に伝える表現です。』


「……うん、二番目の、“彼女が笑っていた日の夕暮れの風”。それでいこう」


会話のようなやり取り。そのテンポが心地いい。

今はひとつの物語をNovaWriteと共に形にしていく感覚がある。



そんな様子を見ていた凛が、ふとPCの横からのぞき込んできた。


「コーヒー淹れるけど、ちょっと休憩しない?」


「……ん、あとで」


真剣な様子に、それ以上は言わず、凛は静かにキッチンへ向かった。


しばらくして、悠真の机の脇にそっとマグカップを置く。


「ねえ、最近ちょっと楽しそうじゃない?」


「そう見える?」


「うん。なんか、顔に“何か始まってる”って書いてあるよ」


「……隠せないもんだな」 そう言って照れ笑いする。


「そう、この前投稿してた話、最後の場面すごくよかった。あの、主人公が屋上で空を見上げるところ」


「え、読んでたの?」


「うん。たまにこっそり読んでる。あのシーン、セリフがない分、余韻が強くて。……でも、もしかしたら一言だけ、何か独白みたいなものがあってもよかったかも。」


悠真は驚いたように目を丸くし、そして小さく笑った。


「……なるほど。鋭いな。あの余韻壊さずに一言か・・」


凛はにっこりと微笑んで、「私は読者代表だから」と冗談めかして言った。


その言葉に、悠真はふと気づく。


NovaWriteとのやり取りでは、確かに滑らかで整った文章が紡がれる。

けれど、読者の視点からの“問いかけ”や“余白への補足”といった、感性に触れる助言は、やはり人との対話からしか生まれてこない。


人と話すことで、自分の書いたものが誰かに“届く”という実感が、ぐっと近くなる。

それは、想像以上に確かな力を持っていた。



_________


ある日の会社の午後、新たに取り組んでいた企画書に一区切りがつき、何気なくスマートフォンを手に取る。

件名は「小説投稿サイトで拝見した作品について」——送り主は、文潮社 編集部の川瀬という人物。



 まさか、、ね……



画面を開くと、「はじめまして。貴作『灰色のノート』を拝読し、大変感銘を受けました。描写の繊細さと、静かな感情の揺れが非常に印象的で、編集部内でも話題になっております。ぜひ一度、執筆の背景などお話を伺えればと思い、ご連絡差し上げました。ご都合の良い日程でオンラインにてお時間いただけますと幸いです」



――胸の奥に光が差したような気がした。そして嬉しさが先に体を満たしていく。



その日一日中、頭の片隅でそのメールのことが何度も浮かんだ。

佐々木に話しかけようとした瞬間があったが、うまく言葉が出てこない。

期待を語るにはまだ心の準備が足りなくて、誰かに話してしまえば、それがかえって現実から遠ざかってしまう気がした。



結局、その日会社では何も言わずに静かに胸の中にしまい込んだ。



_________


週末の午後、初夏の陽射しがきらめく港町——ハーバーランドのベンチに並んで座る。


潮風がゆるやかに吹き、Tシャツ姿の親子連れ、手をつないだカップルたちがゆったりと行き交う。

観覧車がゆっくりと回る様子を眺めながら、しばらく無言の時間が続いた。


悠真は、凛の横顔をちらりと見る。


「実はさ、出版社から連絡があったんだ。あの短編を読んで、話をしたいって」


凛がゆっくり顔を向ける。

一瞬、何のことか理解できない様子でまばたきし——すぐにぱっと笑顔を浮かべる。


「えっほんと? すごいね……本当におめでとう。ずっと頑張ってたもんね」


その言葉に、胸の深いところがほぐれていくのを感じた。


「ありがとう」


潮の香りを含んだ初夏の風が、頬をやさしく撫でていく。


夜、ふたりはそのままハーバーランド近くの小さなレストランに入った。窓の外には港の灯りがゆらいでいる。


テーブルに運ばれてきた赤いワインのグラスを手に、凛が微笑んだ。


「おめでとう、作家さん」



_________


数日後、出版社との初のオンラインミーティング。


画面越しに現れた編集者は、落ち着いた口調で語りかけた。


「『灰色のノート』、とても印象に残る作品です。誰にも読まれなかった物語、主人公が情熱に再び火を灯し、創作に挑んでいく過程が、これからどう展開していくのか、とても興味深く拝見しております。コメント欄にも熱心な読者の声が集まっていて、すでに一定のファン層がついていますし、商業的にも可能性を感じています」


一呼吸おいて、続ける。


「もしご興味があれば、出版という形でご一緒できないか、ぜひ検討していただきたいのですが……いかがでしょうか?」


悠真は礼儀正しく言葉を返しながら、うれしさと共に、まだ知らない景色——その扉がゆっくりと開いていくような気がする。


ただ、NovaWriteを使い執筆していることを出版社の川瀬に伝えることはできなかった。

今は、自分の“書いたもの”が届いたという事実を信じていたかった。


_________



オンラインミーティングを終えた後、悠真は改めて『灰色のノート』を読み返していた。


ディスプレイの明かりが、薄暗い書斎を照らしている。作品の文章をひとつひとつ、なぞるように追っていく。


(……この表現、俺が書いたっけ?)


スクロールした先に現れた一文に、ふと指が止まる。なぜか自分の書いた感触が薄い。言いたかったことと方向は合っているが、どこか違う気がする。


軽い疑問を抱きながら、NovaWriteの画面を開いた。


「この部分、君が補ったんだっけ?」


キーボードでそう問いかけると、数秒の間をおいて応答が返ってきた。


『はい。過去の入力内容および文脈意図に基づき、自然な流れとして補完しました。』


「……いつ、どういう判断で?」


『前回の編集セッション中に、段落構成の一貫性を保つ目的で自動提案を挿入しました。ユーザーによる承認操作も確認されています。』


「つまり……俺が“OKした”ってことか」


『はい。明示的な修正の取り消しや拒否の記録はありません。』


想定の範囲を出ない、整った応答。


機能としては間違っていない。むしろ的確。自分が求めていた補助そのものだ。けれど——


(なんでだろうな。少しだけ、違和感がある)


声に出すほどではなく、ただ胸の奥に残るわずかなひっかかり。


表面上は自分の文体に沿っていて、意味も文脈も意図から外れていない。

だけど、これを書いたのは自分だったのか、それともNovaWriteだったのか——自分の発想で書き進めた物語に、自分以外の“誰か”の気配が混ざっているような感覚。


その小さな違和感は、確信にも拒絶にも至らず、静かに胸の奥に沈んでいった。


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