言葉を届けるということ
初めて物語を投稿してから、数週間が経っていた。
悠真はすっかり連載を続ける日々を送っている。
スマートフォンの画面をスクロールすると、新たなコメントが現れる。
「続きを楽しみにしています」「人間味のあるストーリー」「地味に響く作品」
それらの言葉を見ると、胸の中で小さな灯りがともる感覚があった。
会社に着いた瞬間、藤井美咲が目を輝かせて駆け寄ってくる。
「悠真さん、ネットでバズってる小説、あれ悠真さんですよね?」
一瞬、言葉に詰まったが、照れ隠しのように笑みを浮かべながら軽く頷く。
「うん、まあ、そうかも」
- 美咲 -
やっぱり悠真さんだ。あの迷いを打ち明けるシーンのセリフを書けるのは.......
普段、静かだけど、ほんとは熱い意思の持ち主だからだね。
感動したな。
「やっぱり!すごくよかったですよ。ほんとに続きが気になって。私もあんなふうに書けたらなぁ」
藤井の真っ直ぐな感想に、喜びがじんわりと広がる。しかし、それと同時に胸の奥にほんの少しだけ戸惑いを覚える。
- 悠真 -
自分の書いた言葉の反響が広がっていく。
この状況、心から喜んでいいのか、慎重になるべきか、自分でもよくわからない。
午前中はいつも通りの忙しさ。新しい商品企画の資料をまとめ、取引先とのミーティングの調整を終えたところで、佐々木がデスクの近くまでやってきて声をかける。
「悠真さん、週末の懇親会、参加しますよね?」
「ああ、もちろん行くよ」
佐々木がにっと笑って頷く。その目には少し含みがあった。
「懇親会でもいろいろ話しましょう。悠真さん、最近忙しそうですし....」
佐々木が自分の小説について気付いていることを察した。
少し離れたデスクから藤井が資料を持ちながら手を振っているのが見える。慌ただしい日常に戻り、しばらくは目の前の仕事に集中した。
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昼休み、悠真は給湯室でぼんやりとコーヒーを淹れていた。
すると背後から自分の名前を呼ばれ、驚いて振り返る。
「奏。ネットの小説、読んだよ」
「え……遠藤さんも?」
遠藤はわずかに口元を緩めて頷く。
「意外だったけど、いい文章だった。君にはああいう世界があったんだな」
- 遠藤 -
最初、佐々木に勧められてあの小説を読んだ時は驚いた。
いつも冷静な奏が、人間の弱さや迷い、そして決意をあれほど繊細に描けるとは思わなかった。
ただ効率を求めて仕事をしてきた自分にはない「何か」を、奏は持っているのかもしれない。
普段は淡々とした遠藤の言葉が、悠真の胸に深く響いた。
「ありがとうございます」
短く返すと、遠藤は静かにカップを持って給湯室を出て行った。その背中を見送りながら、悠真は自分の物語が広がっていくことの喜びと、少しの不安を再び噛みしめた。
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会社帰り、改札を出たところで凛と合流。
彼女はすでにエコバッグを片手に待っていて、「今日、冷やしトマト食べたいんだ」と小さく笑う。
「そら豆も出てる。白和えにしよっか」 「アスパラもあるよ。軽く炒める?」 「あと、今日はめばるが並んでるね。煮付けにしたら美味しそうじゃない?」 「……あ、プリン」
凛が目を輝かせながらかごに入れる。その様子に、悠真も自然と頬が緩んだ。
駅前のスーパーはちょうど夕方の混み合う時間帯で、レジの列も長かったが、ふたりで並んで買い物かごを覗き合う時間は思いのほか心地よかった。
——
夕食のテーブルで凛が顔を上げて微笑む。
「最近、雰囲気が変わったよね。なんだか、言葉を探してる感じが、昔のあなたみたい」
その言葉に悠真の胸は静かに震えた。
「昔の俺、か……」
- 凛 -
久しぶりに見る、悠真の瞳の奥の揺れ。
何かを探しているような、あの頃の彼が戻ってきたみたい。
嬉しいけど、ちょっとだけ怖い。また遠くへ行ってしまいそうで。
- 悠真 -
凛と出会った頃のことを思い出す。
入社間もない自分は、毎日の仕事がまだ手探りだった。
慣れない環境で、企画を任されてもなかなか納得のいく答えが見つからず、焦りを感じていた。
だけど、休日に凛と話す時間は特別だった。
カフェで凛と向き合い、自分が形にしたいものや信じてることを言葉にしようと必死だった。
不器用ながらも夢中で語る自分を、凛はいつも静かに微笑みながら聞いてくれた。
あの頃の自分は確かに、伝えたい言葉を必死で探してた。
「うん。いつも熱い目で何かを追いかけて、必死に言葉を探していた、あの頃のあなたに似てる」
凛の言葉は柔らかく、嬉しそうだ。その微笑みに悠真は安心するが、何も言えずにただ頷く。
- 悠真 -
言葉が誰かに届くのは、すごく嬉しい。でも、同時に少し怖さもある。
ちゃんと伝わってるだろうか。それは本当に望んだ形だろうか。
考えすぎかもしれないけど、たまに不安になる。
ちゃんと響いてくれるのかどうか——。
ふと、視線を上げると、食卓の隅に置かれた小皿のプリンが目に入った。
スーパーで凛が「期間限定って書かれてたら買っちゃうよね」と笑いながらかごに入れたものだ。
「……今食べる?」
「うん、食べよう!」
慎重にフィルムをはがす音が、夜の静けさにやけに大きく響いた。
スプーンですくった一口がやさしく甘くて、さっきまでの胸のざわつきがほんの少しやわらぐ。
「プリンって、子どもの頃は特別だったよね」
「うん。冷蔵庫にあるだけでテンション上がってた」
ふたり笑い合う --- その一瞬、穏やかな夜の気配が、そっと包み込んだ。
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ある休日の昼下がり、カーテン越しの光が淡くにじんで部屋に広がっていた。
空はどんよりと雲に覆われ、時おり風が揺らした街路樹の葉が、雨の気配を運んでくる。
一通の長文DMが届く。
「あなたの作品読みました。
……現実と向き合ううち、私も筆を置いてしまいました……本当はあの続きを……
自分が口にできなかった感情を、あなたが代わりに言葉にしてくれたようで」
丁寧で熱のこもった感想を読み、胸の奥が熱くなる。これは「AIがうまく書いた」ではない。間違いなく自分の内側から湧き出た言葉が、届いたのだ。
もっと確かなものを書きたい。本気で小説と向き合いたい
夕方、空にまだ明るさの残る時間、窓の外ではぽつりぽつりと雨が降りはじめていた。そんな静かな空気の中で、悠真は凛に向き合い、静かな声で告げる。
「本気でやってみたいと思ってる」
凛は静かに頷き、やさしく微笑んだ。
「やっとそう思えたんだね」
その微笑みが悠真の決意をそっと後押しした。
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AIに頼らず自分の言葉で冒頭を書き出してみた。
『あの日、諦めたはずの光景が、胸の内側で息を吹き返している。』
書き出しは拙い。けれど、それは確かに自分自身の言葉だ。
その胸の奥で、NovaWriteが示してくる文章や構成が少しずつ自分の意図からずれていくような違和感を、彼はまだ言葉にできずにいた。