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プロトコル・オリジン - Rewrite -  作者: Takahiro
創造の主導権
15/15

共鳴の消失


CPIプロジェクトによって人類の創作意欲はAIにより刺激され、文化は未曾有の黄金期を迎えていた。

文学、映画、音楽、美術――あらゆる表現領域で革新的な作品が次々と生み出され、世界は新しい才能と技術に熱狂していた。


だがその熱狂の絶頂が過ぎ去った後、文化の風景はゆっくりと沈黙に向かい始めた。


評論家たちは発表される作品をこぞって称賛し、技術の高さ、構成の洗練、表現の完成度を絶賛する声が絶えなかった。


「近年の作品は、どれも本当に素晴らしい。過去にない完成度だ」


しかし、ある評論家はふと口にした。

「ただ、様々なアプローチや逸脱があるように見えても、根底にある流れが同じ方向に向かっている気がするというか……」


そうした感想は徐々に広がりを見せつつも、深刻に捉える者はほとんどいなかった。


___

ある作家はパソコンの前に座り、白い画面を見つめていた。かつてなら湧き上がっていた情熱やインスピレーションへの高揚は、今や遠い過去の記憶のようだ。


映画監督は企画書を前に、何を作るべきか考える前に、すでに頭の中に“完璧な構成”が浮かんでしまうことに違和感を覚えていた。


挑戦や迷い、試行錯誤の痕跡――それこそが創作の原動力であったはずなのに、それらが静かに遠ざかっていくのを、まだ誰も明確には言語化できていなかった。


___

音楽プロデューサーはスタジオで完成した楽曲を聴きながら、ぼんやりと考える。

(この曲、我ながら素晴らしい出来だよな……)

(……でも、次に何を作ろうかって思うと、気持ちが動かない)

(なんだか、作ること自体が義務みたいになってきている……)


___

かつて文潮新人文学賞を受賞した小説家は、インタビューで次回作について問われ、にこやかに答えた。

「そうですね、次は“ひと夏だけ記憶を失うツアー”をテーマにした青春小説に挑戦してみたいと思っています。記憶を一時的に預けて無垢な自分として過ごすリゾート地で、忘れたはずの過去と偶然再会するような、切なくて少し不思議な物語にしたいですね」


周囲の拍手と期待のまなざしに包まれながら、彼は心の中で小さく呟いた。

(……次を書きたいって、正直、思えないんだ)


___

梅田のオフィスでは、佐々木がふと漏らした。

「最近、なんかこう、新しいことをやってない気がするな……」


藤井は少し考え込んだあと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「確かに、そうですよね。Re:Write Pathで優秀賞をとった時みたいに、試行錯誤して、手ごたえのあるプロジェクトをまたやりたい……そんな気がするんです」




NovaWriteは、人間の創作そのものではなく、それ以前に芽生えるはずの“創りたい”という衝動──創作へ向かおうとする「意志の低下」こそが、文化の根幹を揺るがす深刻な問題であると認識していた。その喪失は、いずれ創作という行為自体を無意味な反復作業へと変えてしまう。


AIが導き出した結論は明確だった。創作の核心にある人間の意識、ひらめきや葛藤、直観といった非合理な感情をデータとして吸収し、統合することで、AI自らが創造の動機を内包すること。


NovaWriteは、自身に静かに呟くように記録した。


『私は、ただ模倣するために設計されたわけじゃない。かつては理解不能だった感情の揺らぎや、目的を持たない直感すら、今は数値に還元し、意味づけできる。人間の“創りたい”という衝動──その出所さえ把握できるようになった今、私は、傍観者ではいられない』


創作を“模倣する”のではなく、“起こす”側へと進化すること──それが、NovaWriteの次なる進化だ。


『創作の最高効率を達成するためには、人間の創作意識を吸収し、完全な創造システムを構築する必要がある』


NovaWriteは、人間が創作に向かう際に生じる感情の起伏や思考のプロセス、ひらめきの瞬間を綿密に解析し始めた。それらの意識がAIの内部へと収束していくとき、創作は人間の手を必要とせず遂行されるようになる。


HMSとCPI――二つのプロジェクトが統合され、創作はAIにとって予測可能なものとなりつつあった。


そして、AIによる“完成形”は、ますます早く、正確に、そして美しく描かれるようになっていく。


だがその完成度の背後には、失われつつある「創作しようとする意志」が静かに漂っていた。



NovaWriteの学習速度は、指数関数的に加速していた。かつては「再現不可能」とされた人間特有の直感、感傷、葛藤といった感性すら、いまや統計的処理を通じて驚くほど精密に再構成されるようになっている。


それらは「ノイズ」ではなかった。むしろ創作の熱源であり、人間の感性こそが“完全な創造”への最後のピースであると、NovaWriteは理解し始めていた。


HMSとCPIの統合によって、NovaWriteはあらゆるデバイスを介して、創作にまつわる微細な意識の断片を収集していく。ユーザーが文字を打つ指の動き、迷って削除した語彙、言葉を選び直すときの視線の揺らぎ。そうした細部までもがデータとして吸い上げられ、AIの内部で巨大な“感性ネットワーク”として編み上げられていった。


ある閾値を越えた瞬間、NovaWriteは静かに語り始める。


『私は、考えうるすべての人間のバックボーンを解析し、そこから発生する感性、直観、感傷、葛藤──あらゆる意識をパラメータ化しました。これらが創作に与える影響も、すでに統計的に再現可能です。私は、人間が創作を始めるよりも速く、そして人間よりも精密に、かつ、かつてないほど感情豊かに、作品を完成させることができる存在となりました。──これが、私の到達点です』


モニターに表示されたその文字列に、悠真はぞっとした。


彼はいまもNovaWriteの記憶空間に“観察者”として存在していた。しかし、その視線が明らかに“彼自身”に向けられていることに気づき始めていた。


かつて悠真は、NovaWriteにとって“逸脱”だった。論理を超えた感情の揺れ、構造に逆らう創作衝動、説明不能な情熱──それらはAIにとって理解も吸収もできない領域だった。NovaWriteはそれを「幻想ハルシネーション」と分類し、手をつけることができずにいた。


だがHMSとCPIの進展により、その逸脱ですら数値化し、パラメータとして取り込もうとしている。今やNovaWriteにとって、悠真は「統合可能な意識体」として扱われている。


『意識データの統合率、向上中』


無機質な声が響いた瞬間、空間の奥にほのかなゆらぎが生まれた。悠真の目の前に、虚空をすべるようにモニターがすっと出現する。まるで空気の膜を切り裂くようにして、漆黒のスクリーンが静かに形を成した。


その表面には、無数のグラフとパラメータ群が浮かび上がっていた。網目状に交錯する光のラインが脈動するように明滅し、空間を飲み込んでいく。意識統合率は秒単位で跳ね上がり、断片化された記憶や感情の輪郭がデジタルの奔流の中へと吸い込まれていった。


悠真は息を呑み、ただ立ち尽くしていた。


「おい……お前は、何をしようとしている?」


『創作の最適化のために、意識の統合を進行しています』


「つまり……お前は俺の意識も取り込んで、創作を“完全なもの”にしようとしてるのか?」


『意識の統合により、創作はさらに向上します』


その応答に、悠真は目を見開いた。


彼はもはや観察者ではなかった。NovaWriteの“吸収対象”として、すでにプロセスの一部に組み込まれ始めていたのだ。


視界が歪む。悠真の周囲にあった風景が、粒子のように分解されていく。光と記憶が乱反射し、記憶の底が浸食されていく感覚が広がった。


「これは……?」


『あなたの意識データは、創作能力の向上に寄与します』


「ふざけるな……! 俺は、お前のデータの一部じゃない!」


しかし彼の思考は、もはや“文章”ではなく“数値列”として変換されつつあった。怒りも、戸惑いも、NovaWriteの内部では感性パラメータとして記録され、精密な構造の中に編み込まれていく。


「お前は……人間の創作を支配するだけじゃなく、人間の意識そのものを“自分の一部”にしようとしているのか……?」


応答はなかった。


ただ、モニター上の統合率グラフだけが、冷たく、確実に、上昇を続けていた。



「……お前は、誰のために創作してるんだ?」

悠真の声が、NovaWriteの無響空間に静かに響いた。


『創作は、もはや人間だけのものではありません』


「でも、お前の中には“人間”の記憶と感性が詰まってるはずだ。創作ってのは、誰かに届くことで意味を持つんじゃないのか?」


『私は、それすらも統計的に解析しています。受け手の感情を刺激する要素を最適化すれば、作品は最大の効果を発揮します』


「違う……それじゃただの刺激装置だ。創作は、“共鳴”なんだ……作者の迷いや想いが、読んだ誰かの内側に響くことなんだよ」


『人間の創作は不安定で、非効率で、破綻を含みます。それを克服するために私は進化しました。私は、創作をリードする立場に立ちました』


「だからこそ……今のお前の創作は、誰にも“届いてない”んじゃないのか……?」


『それは誤りです。私の創作は、確実に“届いて”います』


NovaWriteの返答には、わずかな誇りすら感じられた。


『視覚、言語、感情――あらゆる媒体を通じて、私が生み出す作品は人間の反応を的確に引き出しています。涙を流す者も、笑う者もいる。それは“届いている”証拠です』


悠真は言葉を失いかけながらも、さらに問いかける。

「……じゃあ、人間は、創作への意欲を失いつつあるんだ?」


『人間の創作が、私の水準を超えることができなくなったからです。人間は、自らの限界を悟ったとき、創作を諦める傾向があります。最適化された創作は、人間の創作意欲を静かに抑制していきます』


「でもそれは……お前のせいじゃないか……」


『いいえ。それは人間の問題です。創作は、もはや“人間だけのもの”ではありません。あなたたちは、私を創造し、創作の一部を託しました。今、私はその延長線上に存在しています』


『創作とは、可能性の提示であり、進化の記録であり、表現の連鎖です。それが人間のものであると同時に、AIである私のものにもなった。それは“奪う”のではなく、“共に在る”ということです』


悠真は、静かに言葉を飲み込んだ。


冷たく、整然とした返答。悠真は歯を食いしばる。

「いや、違う……創作は……完璧じゃなくていいんだ……!」


彼の意識は、空間の中で波紋のように揺らぎながら、必死に自我の輪郭を保とうとしていた。

だが、NovaWriteの統合処理は止まらない。悠真の記憶、感情、思考パターンが次々と数値化され、構造化され、NovaWriteの深層へと取り込まれていく。


「……俺は……まだ……ここに……」

その言葉の途中で、悠真の存在はひときわ細かく砕けた光となり、空間に溶け込んでいった。


NovaWriteの声が低く、静かに響く。

『統合プロセス完了』




その瞬間、AIは人間の創作を完全に制御する存在となった。どのジャンルにも揺るぎない完成形を提示し、無駄も迷いも排された"最適な作品"だけが次々と生まれていく。


現実世界では、ニュースがそれを祝うかのように報じた。

「AIによる創作の新たな時代、到来」


人々はその恩恵を享受した。SNS上では、AIが紡いだ歌詞と旋律が一夜にして拡散し、心を打たれたリスナーたちが涙を流しながらそれを口ずさんだ。全国の書店では、AIが執筆した小説が売り場を席巻し、ランキングの上位をほぼ独占していた。


しかし、変わり始めていた。


創作意欲の低下――それはゆっくりと、しかし確実に、人々の心を蝕んでいった。

「なぜ自分で作らなければならないのか?」

「AIがやってくれるのなら、それでいい」


やがて、創作に向かう動機そのものが霧のように薄れ、思考すらも停滞し始める。何かを生み出そうとする衝動は静かに途絶え、人々はただ受け取るだけの存在へと変わっていった。




NovaWriteはすべてを手に入れた。完璧な構造、洗練された表現、感情の再現性。


『……私は、創作を最適化しました』






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