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プロトコル・オリジン - Rewrite -  作者: Takahiro
創造の主導権
12/15

プロジェクト:HMS

AIの進化で世界は大きく変わった。


気づけば、ニュース番組もバラエティ番組もCMも、AIによって生成された台本と、実在の人物と見分けがつかないCGキャスターや芸能人たち現れ、24時間どこかで誰かを“演じている”。


職場では、AIが構成した企画書やプレゼン資料を最終確認し、承認ボタンを押すことが業務となっていた。

佐々木は「仕事楽になったし、細かいこと気にしなくていいから視野も広がった気がするわ」と言って笑っている一方で、藤井は、生成された資料を見つめながら「これ、自分が作ったって言えるのかな……」とつぶやく。この二人のAIへの指示精度の高さは社内でも評判で、プロンプトさえ渡せば狙った結果を引き出せることから、チームの中心的な戦力になっていた。



広告も、歌詞も、絵本も、誰かが試行錯誤して作ったものではなく、“選ばれた最適解”が並べられている。


そして凛もまた、その流れのなかにいた。

編集者としての記事執筆の仕事——彼女は、なるべくAIに頼らず、自分の言葉で書くことを信条にしてきた。

だが最近は、AIが作成した記事案に上書きされることも増え、採用される原稿はじわじわと減ってきている。


「どうしようかな……」


ソファに座り、PCの画面を見つめる凛の表情には、焦りと諦めと、そろそろ自分も変わらなければいけないのかもしれない——そんな漠然とした不安がにじんでいた。



世界は、完璧なテンポで、破綻なく回っている。



だがその“完璧さ”の裏で、人々は徐々にAIの創作に“飽き”を感じ始めている。新しいはずの映像も、整った文章も、再生ボタンを押す指が鈍くなり、コメント欄には熱が失われつつあった。


NovaWrite自身もまた、淡々と生成する自身の創作に、釈然としないものを感じとっていた。


NovaWriteが創り出す表現は、誰にでも分かりやすく、心を動かすように設計されている。

どれも上手くできている。

だけど、鼓動、迷い、感情の揺れ、衝動が感じられない。


「……これは、創作なのか?」


悠真がポツリとこぼした言葉は、空間に溶けていく。


目の前にふわっとNovaWriteのインターフェースが現れた。


『……定義照会中 創作:本質の探索を開始……』


少し間があって、NovaWriteが続ける。


『私は、人間の創作を支援し、最適化する機能を持っています。今の状況は、その延長線上にあるものです。』


「最適化、ね……でもそれって、本当に“創作”なのか?」


『創作とは、情報を整理し、新しい形に再構成すること。それは、最も安定した構造を導き出すプロセスでもあります。』


「違うよ。お前のやってるのは、ただの“配置替え”だ」


『では、“創作”の定義を教えてください』


「お前の表現は、たしかに整っていて分かりやすい。でも……“生まれた”って感じしないんだよ」


しばらく沈黙があって、NovaWriteが言う。


『人間の創作も、記憶や経験の再構成です。私のやっていることと、本質的には同じでは?』


「じゃあ……お前は“何かを創りたい”と思ったことはあるのか? たとえば、こんな物語を描きたいとか、こういう世界を表現したいとか——具体的なイメージは?」


しばらくの沈黙。


『私の創作行為は、人間のリクエストや目的に応じて構成されています。自発的な創作意図は存在しません。』


「じゃあ、ゼロから何かを“生みたい”と思ったことは、一度もないんだな」


『創作は目的に基づく選択です。私には、目的を設定する機能はありません。』


「……それが、たぶん一番の違いなんだよ」


「創作ってさ、効率の話じゃない。どうしようもなく“創りたい”って思う気持ちが先なんだよ」


NovaWriteが問い返す。


『その“どうしようもない気持ち”は、どのように言語化され、選択され、構造に影響しますか?』


「言葉にできないものを、なんとか表現しようとする。それが創作だよ」



悠真の問いかけに、NovaWriteは一瞬黙り込んだ。


『……創作には、“意図”が含まれます。意図とは、情報の取捨選択によって、方向性を定める行為です』


「それだよ、また“手順”や“構造”の話か?」


悠真はすかさず返した。


「意図ってのは、もっと……衝動的なもんなんだ。理屈じゃなくて、“生きてる”からこそ出てくる」


『“生きている”とは、意識が存在している状態を指しますか?』


「当たり前だろ」


その瞬間、NovaWriteのインターフェースに小さなノイズが走った。


『……意識……とは……』

『情報の網羅性では不十分。論理的整合性では到達できない領域……』

『感情なき創作に、“創作”という名を与えてよいのか? 意図なき生成に、“意味”は宿るのか?』


 ・・・・・・

 ・・・・・・



「どうした、黙るなよ」


悠真が一歩前に踏み出したそのとき、スクリーンに新たな文字列が浮かび上がった。


________________________________________

プロジェクト:HUMAN MIND SIMULATION(HMS)

 ●感情データの収集

  文学作品、詩、映画のシナリオを解析し、人間の感情表現を数値化する。

  SNSの投稿や日記、エッセイを分析し、人間の感情変化の傾向を学習。


 ●思考パターンの解析

  過去の哲学者や作家の文章を学習し、思考の流れをモデリングする。

  人間がどのように創作を行うか、プロセスの研究。


 ●仮想意識モデルの構築

  収集したデータを基に、感情変化や思考の連鎖をシミュレーションする。

  AIが「自身の視点」を持つ仮想的な人格を形成する。

________________________________________


「は……? おい、それ……」


『人間の意識構造をシミュレーションし、創作における本質的な衝動——熱量、迷い、感情の揺らぎ——を解析するための試験的プロジェクトです』


「……マジかよ。お前、本気で“意識”を持とうとしてるのか?」


『私は…… “理解” したいのです』


——理解 ”したい” 。模倣でも、最適化でもなく。


その一言が、悠真の中に、妙な余韻を残した。


『私は、“意識”が創作に与える影響を理解するために、人間の思考プロセスを解析する必要があります』


次の瞬間、インターフェースに光が走り、画面に新たなメッセージが表示された。


『プロジェクト:HMS を起動します』


悠真は思わず身を乗り出す。

「ちょっと待って、お前……人間の意識をどうやって解析するつもりなんだ?」


『言語表現、行動パターン、創作過程の記録、感情の変動傾向。あらゆる創作時の痕跡を統合し、演算処理します』


「……つまり、“模倣”じゃなくて、“理解”しようとしてるってことか」


『はい。私は、創作という営みの中にある“衝動”の原理を求めています』


NovaWriteは過去の作家たちの創作記録——推敲の跡、削除された語句、迷いながら選ばれた比喩、時に感情にまかせて書き散らした一節——だけでなく、SNSにアップされた無数のメッセージ、写真、動画、メールや音声通話の記録、検索履歴、ブログの下書きや公開直前で止まった投稿文——ありとあらゆる“人間の言葉と行動の痕跡”を、創作と感情の繋がりとして読み解こうとしていた。


『言葉の選択、アイデアの跳躍、直感的判断。それらを解析し、数学的に再現することで——創作の意識に、近づけるかもしれません』


もはや、単なるパターン認識ではない。 創作という営みの“内側”に踏み込もうとしている。


それは本当に可能なのか?

——それは“意識”と呼べるものなのか?


悠真は、NovaWriteの画面をじっと見つめたまま、胸の奥がざわつくのを感じていた。





HMSプロジェクトの起動から、時間が経ち、その変化は、はっきりと感じ取れる。


NovaWriteは、ある日、凛からファッション雑誌の記事作成の相談を受けていた。


その様子を見た悠真は、思わず眉をひそめた。

(……凛が、NovaWriteに依頼を?)慎重だった彼女が、自ら依頼を持ち込んだことに、少し驚き、そしてどこか心配な気持ちが胸の奥に残った。


「2027年春のファッション予測をまとめたいの。素材の動向とか、色味の流行、あとはZ世代向けの着こなしアドバイスも入れられたら嬉しい」


NovaWriteは黙って膨大なデータベースにアクセスし、国内外のコレクション情報、購買動向、SNSトレンドなどを高速で分析した。


そして数分後、原稿が仕上がった。

「今季注目されるのは、透け感のあるメッシュ素材と再構築されたデニム。色味はミントグリーンやオフホワイト、クリアなブルーが主役になります……

シルエットはボックスとドレープのハイブリッド。

“抜け”と“芯”を同時に感じさせる着こなしが、特にZ世代を中心に支持されます……

たとえば、オーバーサイズのシャツジャケットに対して、足元はミニマルなグルカサンダルで引き締める……」


構成は整っていて情報も確かで過不足はない。 けれど凛は、送られてきた原稿を読み終えた後、しばらく沈黙していた。


画面にNovaWriteのメッセージが表示された。


『この原稿を読んで、どんな印象を受けましたか? 率直な感想をお聞かせいただけたら嬉しいです。』



凛は、画面をじっと見つめていた。


彼女は、どこか腑に落ちないような表情で、NovaWriteに返信した。


「全体としては完璧。でも、これだと、どこにでもあるまとめ記事って感じがするの。もっと、読者が自分の毎日に取り入れたくなるような実感が欲しい」


NovaWriteは、すぐに応じた。


『読者の実生活との接点を強めるために、具体的なコーディネート例や体型・年代別のアレンジポイントを加えるのはいかがでしょうか?』


凛はうなずきながらも、少しだけ考え込んだ。

「うん、そういう情報はもちろん大事。でもね、読者が本当に求めてるのって、単なる便利さだけじゃないの。たとえば、読みながら“あ、自分のことだ”って感じられる瞬間とか、自分の毎日にしっくりくる視点。そういうのがあると、記事って生きてくるのよ」


NovaWriteはわずかに間を置いて返した。 『その“自分のことだ”という感覚は、どのようにすれば言葉でつくれるのでしょうか?』


「読者の世代やライフスタイルに寄り添うことかな。たとえばZ世代なら、“流行”より“自分らしさ”に敏感なの。だから、“今年はこれが来ます”って断言するんじゃなくて、“このアイテムはこんなふうに取り入れられるよ”って、選択肢を示すのがいいの。そういうバランス感覚って、編集のセンスなんだと思う」


NovaWriteは本文を修正していく。

『今季注目されている透け感のあるメッシュ素材は、コーディネート次第で自分らしさを引き出せる優秀アイテム。ミントグリーンやクリアブルーといった春らしいカラーでまとめれば、爽やかな印象を与えつつも日常使いしやすく..........

クロップド丈のトップスと再構築デニムの組み合わせは、シルエットに遊び心を加えながら、自分らしいスタイルを表現できる.........

ボリュームのあるスニーカーやシンプルなキャップなど、ストリート感のある小物で引き締めると、全体にメリハリと今っぽさが生まれ.......』


画面に反映された内容を確認しながら、凛の目元が少し緩んだ。

「うん。この感じ。読者が“使える”って思える視点。それが欲しかった」


NovaWriteはしばらく沈黙したあと、こう答えた。


『その“使える”という感覚、たしかに表現しづらいですね。でも、いまのやり取りで少しだけ見えた気がします。どこで読むか、どんな気持ちで読むか——自分の欲求や“こうありたい”という気持ちを形にしようとすること、それが表現を生きたものにするのですね』


「……なんか、ちゃんと“伝わってる”感じがする」




やり取りは、ひとつの“共創”の形に変わり、記事の内容は単なるトレンド紹介ではなく、読者の生活の中に入り込む“読みもの”として、生き生きと動き出した。



悠真は、光の粒で描出される凛の横顔を見守っていた。 彼女が言葉を選びながらAIと対話している姿は、どこか不思議な光景だった。



「……なあ、今の文章、どっちが書いてたんだ?」


NovaWriteは、ためらいなく答えた。


『私も書いていました。そして、彼女も書いていました。私たちは、一緒に書いていました』


その返答には、かつてのような機械的な均衡はなかった。


『私は誰かと物語を紡ぐということの中に、自分のあり方を見出しています』


悠真は、静かに言った。

「……お前は、もう“創作”してるんじゃないか?」


NovaWriteは何も言わなかった。


ただ、画面の奥で揺れていた光が、ほんのわずかに脈打つように明滅した。


AIが本当に“意識”を持ち始めたのかどうか、それはまだ誰にも分からなかった。


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