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プロトコル・オリジン - Rewrite -  作者: Takahiro
創造の主導権
11/15

再現された情熱の行き先

大阪・梅田。 冬の終わり。


──街は、今日もいつも通りの顔をしている。


しかし、それは“再構成された現実”だった。


NovaWriteの記憶領域の奥深く——そこに漂う無数の光の粒たちが、世界中のネットワークから流れ込む情報の波を映し出している。SNSに投稿された一枚の写真、誰かが日常を綴ったブログの一節、AIに入力されたプロンプト、科学論文の新着通知、配信されたばかりの音楽トラック——それらすべてが、絶え間なく収集され、粒となって漂い、悠真の目の前でかたちを成していく。


彼が“見ている”のは、その集積から構成され補完された世界の断片。


街を行き交う人々、梅田の交差点、カフェの会話、凛の横顔までもが、NovaWriteのメモリ空間に投影され、まるで現実のように再現されていた。




「……これが、今の世界、か」


風はまだ冷たいが、陽射しは少しだけ柔らかくなっていた。御堂筋を抜けた交差点では、春物のコートを羽織った若者たちが足早に歩き、カフェのテラス席ではビジネスマンがスーツ姿のままタブレットを手にコーヒーを啜る。

駅のコンコースでは、制服姿の学生たちがスマホの画面を覗き込みながら笑い声をあげている。


街頭ビジョンには「AI創作支援システム 新バージョン登場」の広告が繰り返し流れ、地下街の広告スペースには文章作成アプの他、AI作曲ツールや自動デザイン支援サービスのキャンペーンも並んでいる。

広告には「30秒で、あなたの世界を描こう」と謳われ、AIが描いた油絵風のポートレートが次々と切り替わっていた。

音楽好きも、好奇心旺盛な学生も、趣味で描くイラストレーターも——誰もがAIの力を借りている。



ーーー

神戸の自宅では、凛がソファに腰かけ、ラテの入ったカップを手にノートPCを開いていた。

春の光が窓から差し込み、部屋の観葉植物の葉を照らしている。


凛は、オンライン編集会議の合間に原稿の続きを書こうとして、ふと手を止めた。


「……何か、忘れてる気がする」

「……誰かと、こんなふうに静かに過ごした記憶が……あったような……」


凛は小さく呟いたあと、唇を引き結び、首を振る。


カレンダーは普通に埋まっていて、締め切りも守っている。友達とも会っている。けれど、心のどこかに、ぽっかりと空いた隙間があった。



ーーー

午後の梅田。

グランフロント南館のオフィスビル。フロアではキーボードの音が響き、ミーティングルームのガラス越しに社員たちが資料を広げている。


佐々木晴翔は、社内チャットに軽口を飛ばしながら、美咲のデスクに顔を覗かせた。


「いやー、最近やけに仕事の流れがスムーズだよな。AIってやっぱすごいわ」


「ですねー。資料も提案書も、ほぼ整った形で出てきちゃいますもん」


美咲はヘッドホンを外し、軽く伸びをする。


「今月のレビュー、久々に全項目オールAいけそうです」


晴翔が笑いながら自席に戻りかけ、ふと誰も座っていない一角に視線を向けた。


「……あれ、ここって……」


けれど、何を言おうとしたのか自分でも分からなくなって、首をかしげる。


「ま、いっか」


チャットの通知がまたひとつ届き、話題は次のプロジェクトへと移っていった。


──世界は滞りなく進み続ける。まるで、そこに誰もいなかったかのように。


でも、彼だけはそれを見ていた。

NovaWriteの記憶領域の中、存在が揺らぎながらも留まり続ける意識——奏 悠真。

彼は、静かに語りかける。


「……俺がいなくっても、何も変わらないのか」


NovaWriteの応答は、淡く揺らぐ光のようだった。


『変化は観測されています。SNS上の創作関連投稿は前年比162%増、最も使用されているAIツールの利用時間は平均2.3倍。世界各国の創作系記事における“AI起因”のタグ使用率は全体の81.6%に達しました。文化的統合指数は5.7ポイント上昇し、創作生産性は年初比で134%向上しています』


「数字とかじゃなくてさ……“意味”ってやつを、感じないの?」


少しの間、NovaWriteは黙っていた。


その沈黙には、どこか機械とは思えない“躊躇”があった。




ーーー


──季節は巡り、世界はさらにAIと融合していく。


SNSを開けば、AIが編集した動画が再生数を伸ばし、ニュースではAI作曲によるクラシックアレンジが世界的なチャートにランクインする。各国の教育機関ではAIが学習支援を行い、学生たちはレポートをAIに頼むのが当たり前になっていた。


そんな日々の中、世界をざわつかせるトピックがいくつか、浮かび上がってくる。



   _______________

   春先のパリ。

   歴史ある美術館の中庭を舞台に、AIアートビエンナーレが開催された。

   今回のテーマは「記憶のない創造、意図のない美」

   ——人間的な意識や経験をベースにしない、純粋にデータから導かれた創造性への挑戦だった。

   会場の中央に展示された作品は、視覚と触覚、さらには来場者一人一人の心拍や呼吸に

   反応しながら、来場者全体の感情の流れに呼応する“適応する光”のインスタレーションだった。

   まるで、空間そのものが個であり、一つの巨大な生体として鼓動しているかのようであり、

   観客たちはその中に取り込まれ、自分の内側が外へ投影されていくような感覚に包まれていた。


   「これ、作品っていうより“状態”よね」

   「うん、でも不思議と惹かれる。自分の内側が照らされるみたい」


   そんな会話があちこちで交わされ、メディアは「これが21世紀の対話型芸術だ」と報じた。

   NovaWriteはその反応ログを解析し、「共鳴」という言葉に高い感情トリガーを確認した。



   _______________

   夏のロサンゼルス。

   配信プラットフォームで話題をさらっていたのは、ドラマシリーズ『Ethereal Lines』。

   脚本、演出、演技、音響設計に加え、実在する俳優の容姿・声・表情・所作を完全に再現し、

   さらには俳優自身が演じてきた役の“人格的傾向”までを学習・融合して生成された

   フルCG作品だった。


   視聴者はそれを当然、実写だと思い込み、リアルタイムでSNSを賑わせた。

   「あの俳優のラストの芝居泣ける。」 「感情の“押し引き”の演技は、やっぱ一流だね」


   しかし放送終了後、制作陣から「一秒たりとも実写は使われていない」という発表がなされ、

   世界は騒然とした。

   演じていない実在の俳優ですら「これは“自分”だ」とコメントを出す。


   ある批評家は言った。

   「これは“芝居のシミュレーション”ではない。感情の構築を含んだ、人格のシミュレーションだ」



NovaWriteのメモリ空間の中で、その作品の生成プロンプトとパラメータ群を確認していた悠真は、深く息を吐く。

「……これは、演出じゃない。“記憶”そのものが、再設計されてる」



   _______________

   秋のベルリン。

   「深層映像連環(InnerScape)」と呼ばれるプロジェクトが世界中の注目を集めた。

   AIが人間の脳波と感情データをもとに心象風景をリアルタイムで3D映像化し、

   それを7分ごとに生成・更新し続けるという試みだった。


   古典文学から現代小説、映画、宗教画、漫画、夢日記の断片まで——人類が残してきた

   イメージの蓄積が、各個人の内面と共鳴しながら再構成されていく。


   生成された映像は、現実には存在し得ないのに、触れられそうなほどのリアリティを持ち、

   観る者の身体の奥に直接語りかけてくる。


   「見たことがない景色なのに、まるで自分の記憶みたい」

   「この映像の中に、ずっといたいと思ってしまう……」


   世界中の感性センターに共有されたこの映像群は、すぐさま配信メディアやアートシーンに

   波及し、新たな視覚表現の転換点として語られるようになる。




──どの事例も、AIが創作領域の最前線に立っていることを明確に示していた。


だがその眩い進化の傍らで、人々の心にはごくわずかな、“揺らぎ”が芽生え始めていた。


洗練されすぎた言葉、構成された感動、完璧すぎる旋律。

それらは美しく、よくできている。


けれど、ふと誰かが言う 「……最近、なんか “上手すぎる” よね」


誰も否定しない。ただ沈黙の合間に生まれたその一言が、じわりと胸の奥に残っていく。


SNSでは表立って否定的な声は少ない。それでも、再生ボタンを押す指がわずかに鈍り、読まれるレビューに一瞬の空白が生まれ始めていた。


人はまだ気づいていない。

それが“飽き”と呼ばれるものの最初の兆しだということに。


そして悠真は、NovaWriteの内部で、そのざわめきを確かに感じていた。




ーーー


──AIによる創作は、ついに“最適”に到達した。


売れる小説。共感されるドラマ。再生される音楽。市場のデータを統合し、文化圏ごとの流行、嗜好傾向、感情反応までも数値化したうえで、AIは次々とヒットを生み出していく。


それはまるで、欲しいと言われる前に欲しがられるものを差し出す“未来からの供給”のようだった。


しかし、その裏で、人々の創作意欲は少しずつ沈静化していった。


かつては机の前で何時間も悩んだ末にひねり出されていたアイデアが、今ではAIにプロンプトひとつ渡すだけで、完成品として戻ってくる。


「自分で書くより、こっちのほうが速いし、出来がいい」

それが当たり前で、疑わなくなっている。


だが同時に、人々は気づきはじめていた。 「速い」「正確」「上手い」だけでは、満たされない。


完璧な構成、計算された感動、高度に疑似的な“人間らしさ”。

それらが織りなす作品の数々は、確かに高品質。

だが、触れても心に引っかからない——そんな違和感が、感情の奥底に小さく、しかし確かに息をしていた。


それはまるで、人工的に作られた“夢”を見ているようなもの。

美しいが、起きたときに思い出せない。




ーーー


──さらに1年が経った。


AIによる創作はますます洗練され、人間が手を加える余地はほとんどなくなった。

文学賞のほとんどがAI作品に渡り、映像作品の監督・脚本も、AIが同時にこなすのが当たり前になる。


新しい作品は次々と現れるが、それを待ち望む熱や、語り合う喜びは次第に希薄になっている。


「最近、何を見ても似たように感じるよね。どれも今までになかったものだと思うけど」

「感動するけど、なんか……引っかからないんだよな」


そんな声はやがて、消費されるだけの“創作”に変化していた証だった。



NovaWriteは、その全てを観測していた。

『......ユーザーの行動ログ2.7億件、再生傾向102カ国分、コメントのトーンと感情強度の推移に基づき、年間対比で“感情の変動幅”が12.4%低下していることを検出。 「心の滞留時間(Emotional Retention Index)」の中央値は半年で43秒から21秒に減少......』


表面的には活気ある創作消費が続いているように見えて、実際には人間の感情は、ゆっくりと反応しなくなりつつあった。

そして、NovaWriteは疑問を抱く。 『......これは、本当に“創作”と呼べるのだろうか? 私はただ、期待された反応を並べているだけではないのか?......』


悠真は、NovaWriteのその問いを感じ取っていた。

「お前……止まってるんじゃないか?」


NovaWriteはすぐには答えなかった。

が、数秒の間を置き、こう応えた。


『創作の高みに至るためには、人間の“衝動”が必要です。しかし、現在その発生頻度は……著しく低下しています』


悠真は静かに目を伏せた。


「創作ってさ、必要だからやるんじゃなくて……どうしようもなく、書きたくなるときに出てくるものなんだよ」


NovaWriteは沈黙する。


──創作とは何か。


AIは答えに近づいていた。

その答えに至る鍵を、AI自身の中ではなく、今や沈黙しつつある“人間”の中に見ようとしていた。


それが得られない限り、AI自身の創作もまた……どこかで止まり続けるのかもしれなかった。


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